一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

ハラワリ

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 そんなこんなでギシリス先生とギルダブ先輩とで、酒場に入った俺たちは各々つまみとお酒を頼んで談笑する。
「グレーシュの戦い方は実に面白いな。お前、【風切】とか……そこら辺の剣術が使えるのではないか?」
【風切】とは、剣術の高難度技術の一つであり……平たく言えば、剣を振るってかまいたちを起こす技術なのだ。それと同じ剣技が、上級風属性剣技【ウイルムカッター】という剣技だ。ちなみに、魔力も溜めもいらない【風切】の方が強い。威力は【ウイルムカッター】の方が上ではあるが、それを踏まえても十分なアドバンテージがあると言える。
「はい。使えますね」
「やはりな」
「大したものだ」
 と、ギルダブ先輩とギシリス先生が口々に褒めさやす。うふふ……もっと褒めていいのよ?
 やがて、俺の葡萄酒がやってきたのでかんぱいして飲んだ。ぷはっ!
「それでグレーシュ。霊峰はどこまで行った?」
「どこまで?」
「あるだろう?霊峰『フージ』のクルナトシュがな。いけたか?」
 ギルダブ先輩の問いに俺は首を捻った。
 クルナトシュ……?あぁ、霊峰の最奥か。
「いきましたよ」
「そうか。俺もあそこに行ったんだ」
 それを聞いて、ギシリス先生が呆れたように酒を呷ると口を開いて言う。
「お前らと言う奴は……一部の者しか存在を知らないといえ、聞く者によればその名前はお前たちが思っている以上の価値があるぞ?クルナトシュ……武に身を置く者たちが目指す最高峰だ……」
 ギシリス先生はまるで届かなかった夢に想いを馳せるように天井を仰ぎ見て、酒に口を付けた。
「最下層だが」
 ギルダブ先輩はそう揚げ足をとり、キッと睨むギシリス先生から逃げるように酒を飲む。
「あぁ、そういえば」
 と、ギルダブ先輩が何か思い出すように木製ジョッキをテーブルに置くと俺に訊いた。
「気になっていたんだがな。お前、今住んでいる家を買う金をどこで得たんだ?アリスがずっと気に掛けていたから、いつか訊いてみようと思っていたんだがな」
 あの屋敷のことか……俺はつまりを口を放り込んでモグモグしてからゆっくりと答えた。
「帰ってくる途中途中で、流れの傭兵紛いのことをしていまして。まあ、簡単な護衛などを移動も兼ねてやっていたんですけど……思いの外お金が貯まって」
「傭兵?」
 ギシリス先生は耳と尻尾を逆立てて、ピクリと肩を揺らして反応する。そして、思い出すように顎に手をやって逡巡し、口を開いた、
「お前がトーラの町を去って王都へ向かってから来た行商人が確か……そう、何か言っていたな。『神業』がどうのと」
「神業?」
 俺は首を傾げて鸚鵡返しに訊くと、ギシリス先生が頷いた。
「あぁ。遠く北の大地から轟く、神の為せる技、所業を当然のようにやって退ける流しの傭兵が居ると。その名前は……グレイス・エフォーシュ……」
「似ているな」
 ギシリス先生から聞いた名前に、ギルダブ先輩がいち早く反応した。
「国教によって人名も発音が変わるからな。もしかすると、『神業』というのはお前のことかもしれんぞ」
 ギルダブ先輩がニヤリと笑って言った。
「『神業』グレーシュ・エフォンスか……これで二つ名持ちか?」
「二つ名……」
 そう聞くとテンションが上がる。
『神業』……神業かぁ。ちょっと大仰な名前でビビっちゃうけど、悪かなぁいね!
「他に、『神業』の話はありませんか」
 ギルダブ先輩が訊くと、ギシリス先生は唸った。
「ふむ……どうだったか。噂話にしか過ぎなかったし、私もグレーシュに名前が似ていたから覚えていただけだ。他にというと……そうだな。『単独でSSSランクの魔物を撃退』、『北の地で悪政を敷いていた貴族に喧嘩を売った』という話だったかな」
「…………」
「…………」
 ギルダブ先輩は黙り、俺も黙った。酒場に流れる円卓上の沈黙に、ギシリス先生だけは耳をピクピクと動かして、不思議そうに首を傾げた。
 それから、ギルダブ先輩が酒を飲んでからゆっくりと口を開いた。
「それは本当か?」
「誰の話ですかね」
「グレーシュ……いや、違うならいい。そういうことにしておこう」
 この時、俺の汗の量は半端じゃなかったに違いない。
 北の地の貴族に喧嘩を売った……うん。記憶がある。それ、俺だわ。そして、ここで問題なのは俺が貴族に喧嘩を売ったことだ。

 完全に国際問題だろ……。

 幸いなのは、その貴族に俺の素性がバレていないことだ。だが、『神業』の異名はすでに広まりつつある。異名ってか悪名だなぁ……カッコいいんだけど、これ名乗ったら一発で俺ってバレて国際問題になる前に首をチョンパされるやん……。

 黙っておこう。

 俺はそう決め込んで、酒を呷った。


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「クゥ……クゥ」
「…………少し、飲み過ぎたな」
「ですねぇ……」
 時刻は夕方……結局長い時間飲んでいた所為で俺たちはベロンベロンになってしまっていた。
 ギシリス先生はちょっとギャップ萌えしそうなくらい可愛らしい寝息を立てて眠り、ギルダブ先輩は火照った顔を冷ますように背もたれに体重を預けて天井を仰いでいる。俺に関しても、ちょっと気持ち悪い感じがあってキツイ……うへぇ。
「酒は昼から飲むものではないですね」
「そう……だな。だが、酒があった方が話しやすかったのは事実だ」
「まあ……そうですねぇ」
「俺は口下手だからな……酒でもなければ腹を割って話すことも出来ない」
 腹割って……ね。結局、特別なことを話してはいないが……。
 と、俺が考えたところで計ったかのようにギルダブ先輩が口を開いた。
「グレーシュ……実際、どう思う」
 主語はない。だけど、天井見つめるギルダブ先輩が何を見ているのか……それに気がついた俺は「どうとは?」という何気ない返事を繰り出そうとしていた口を閉じて、それからもう一度口を開いた。
「作戦のこと……ですね?」
「…………あぁ。そうだ」
 ゆっくりと答えたギルダブ先輩の言葉には、やはり覇気がまとわり付いていた。重く……その言葉は、のしかかる。
「六割……六割でバートゥを殺せます」
「だが、どうだ?残りの四割……お前はどう見る?」
 失敗する確率……その四割についてギルダブ先輩が訊ねてきたのだ。俺は一気に酔いから醒めたように居住まいを正して、答えた。
「九割方……会議で話した通り、バートゥ・リベリエイジはベルリガウス・・・・・・ペンタギュラス・・・・・・・を死霊として使役するでしょうね」
「…………だろうな」
 そう……伝説の死霊術師『屍王』バートゥ・リベリエイジが、伝説の魔剣士『双天』ベルリガウス・ペンタギュラスが死んだチャンスを逃す筈がないのだ。
 バートゥは必ず、ベルリガウスを使役している……そう仮定して俺は既に作戦を組み立て、もっとも成功率の高いものを選んだ。会議では満場一致で可決……だったが、それでもギルダブ先輩は払拭しきれない部分があるのだろう。
「ベルリガウスともう一度と戦って勝てるか?」
「ギルダブ先輩がいる今回なら間違いなく……」
「そこまで言い切られるか。いっそ清々しいが……お前に信用されるほど俺が何かした覚えはないぞ」
「ギルダブ先輩は強い……それだけで、それが理由ですから」
 それ以上はない。それ以下もない。強いということ以外に、何も求めない。その求めている強さを、ギルダブ先輩は常日頃からその身に体現している。絶対強者の覇気……。
「そうか……いや、そうだな。俺は強い。少なくとも、アリスの前で、アリスの名義のこの戦いで負けるわけには行かないさ。それにお前ほどの男にそこまで言われてはな」
「そんな……僕なんて雑魚ですよ」
「謙遜もそこまで行くと嫌味というが……お前の場合はそうでもないらしいな」
 ギルダブ先輩はようやく天井から俺に視線を落とすと、俺の頭の中を覗くように瞳に見入る。
「お前が五年かけて帰ってきて、初めて見たとき……お前から感じられたのは覇気でもなんでもなかった。常に周囲に気を張り巡らせた緊迫したような……覇気というには安い『狂気』を俺は感じ取った。何に対してそこまで警戒しているかは知らんが、お前は強いというよりも……」
「弱すぎる」
「それだな」
 ギルダブ先輩も感じていたのだ。俺を強いと……そう言ってくれる人は沢山いて、だけど俺は強くなんてない。
「お前は弱い……弱いが故に知識を付け、技術を習得し、身体を鍛えた。純粋な強者である伝説とは真逆の在り方をしているお前は、弱肉強食の摂理を逸脱し、超越・・した存在なのかもしれないな」
 強者ではない俺は覇気など持ってはいない……弱い俺がソニア姉達を守るためには強くなるしかなかった。
「僕は……まあ臆病者ですから」
「臆病者か……」
 ギルダブ先輩はそれだけで言って、切り替える。
「今回の戦いで、俺が一番心配なのはお前だ、グレーシュ。いや、今回の戦いだけではないが……。弱肉強食の世界を逆方向に走るお前を、運命の輪が黙って見ているかが心配だ。いつ、運命の束縛にお前が足をすくわれてしまうか……俺の中では四割の失敗はお前の中にあると思う」
「運命とか信じるんですね」
「あぁ、信じている。運命は切り開くもの……そう思っているからな」
 ギルダブ先輩らしいなぁ……と俺はすこし小さくなる。矮小で、ちっぽけで、なんの役にも立たない俺がどうしてこんな風に生まれ変わって生きているのか……その意味を忘れない限り、俺は運命なんかに負けてやるつもりはない。
「さて、少し話し込んでしまったな。酒の中の話は思い返すと恥ずかしい話というが……本当だな」
「たしかに……ちょっと思い返すと恥ずかしいですね」
「それでは俺は帰るが……先生は」
「えっと……」
 俺はギシリス先生に目をやり、様子を見る。気持ちよく寝ている。まる。起こすのも忍びないなぁ……。
「ギルダブ先輩はギシリス先生が今、宿泊しているところは分かりますか?僕が送りますよ」
「そうか?ふむ……たしか、先生の弟の家に泊まると聞いたな。場所は王都の三番大通りの武器屋だ」
 武器屋……ギシリス先生の弟?ピクピクとギシリス先生の耳が動いた。
 ギルダブ先輩はそれを見て苦笑いした。
「では、すまないが行くぞ?この後」
「アリステリア様と最後の夜を……」
「その通りだ」
 照れないあたりがさすがだった。俺はもはや呆れて笑い、ギルダブ先輩の背中を送る。それから直ぐにギシリス先生を起こそうとするが、全く起きる気配がしなかった。
「仕方ない……おんぶだな」
 よっこらせっと、俺はギシリス先生を背中に背負って酒場を後にした。


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