一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

コネクト

 –––☆–––


 鐘が三回と半分……夕方となって空が焼けてきた頃にエキドナがヨリトを連れて、教会の庭園まで連れてきた。
 あぁ……もうすぐでベールちゃんともお別れだと思うと寂しいなぁ……とか思っていると、ベールちゃんがヨリトを見た瞬間に俺のことを睨み、それから直ぐに花畑の中を駆け出した。
「あ」
 と、セリーがしまったというような声を上げた。
「ちょ、ベールちゃーん」
 俺は駆け出したベールちゃんを呼び止める。それで足を止めるあたり……相当頭にきてんなこれぇ……ふえぇぇん。
「ぐぅ……ぬし、グレーシュ!我を騙したのだな!?来ないと言ったではないか!」
「ご、ごめんよ?」
「ごめんで済んだら……」
 ベールちゃんが何か言う前に、ヨリトが俺とベールちゃんの間に割って入って言った。
「俺が……俺が彼に頼んだだよ。お前を見つけたら呼んでくれってな」
「っ……よ、ヨリト……ぬし、よくもぬけぬけと我の前に姿を見せられたな。我の……我の柔肌を見ておいてぇ……うぅ」
「あ、いや……その件はマジで悪かったっていうか……お前も俺の裸みたじゃねぇか!」
 ヨリト……お前は何を言っているんだ?俺はヨリトが何か不味いことを口走っているな、と思い口を挟んだ。
「ヨリト!君の裸がベールちゃんの純真無垢な柔肌と同価値だと思ってるのかい!?馬鹿じゃないの!?」
「グレイ……」
 隣で若干引いているセリーなんて放っておいて、俺はヨリトとベールちゃんの間に入ってベールちゃんを守るように、ヨリトと対峙する。
「同価値……確かに」
「納得するな馬鹿か!ぬしたち!?」
 ベールちゃんは顔を真っ赤にしてプリプリと怒っている。やぁん……シェーレちゃんの隣に置いて並べたいくらい可愛いじゃない……もう、おじさん堪りませんね!

(閑話休題)

 ヨリトの誠心誠意のDOGEZA☆が実ったのか、まだ不満そうな顔をしていたがベールちゃんは一応、ヨリトを許すつもりらしい。
 俺たちが教会に移動してから、ヨリトが俺に頭を下げた。
「本当に助かった。ありがとう!」
「いや、いいですって。こちらも楽しかったので」
 と、ベールちゃんに目を向ければベールちゃんはジロリと俺を睨み、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽ向いてしまった。
 あれまー。
「ツンデレキタコレ」
 ササッとセリーが引いたので、俺は咳払いして取り繕った。
「まあ、ともかく……今後、ベールちゃんの裸を見ちゃうとか気を付けて下さいよ?ベールちゃんは立派なレディなんですから」
「あぁ。もう、こんなことがないように気をつけるよ。ベールも、悪かったな」
「まったくだ」
 プンスカプンスカしているベールちゃんカワウィ……。
「それじゃあ、俺たちはこれで……本当にありがとな。グレーシュ」
「いいですって……それじゃあ、バイバイベールちゃん」
 もう会うことはないかもなぁ……と名残惜しんでいるとベールちゃんは、やはりそっぽを向いたままだが、ポツリと呟いた。
「ま、また……な」
「え」
 ツンデレ?やはりそうかと確信した俺は、ぶはっ!となりそうなのを抑え、笑顔で見送った。可愛かったなぁ……と、俺がベールちゃんの後ろ姿を見続けていると、隣からジトーっとした粘ついた視線を感じ、俺は苦笑しながら視線をセリーに移した。
「やっぱり、妬いてるんですかー?」
 冗談混じりに言ってやると、セリーは腰に手を当ててため息を吐き、呆れたように口を利かせた。
「ふぅ……そうかしらね」
 あら、意外に素直……というのは俺の希望であり、セリーは単純に年上としての威厳を保ちたかっただけかもしれない。案外、考えていることは俺とそうそう変わらない。
「じゃあ、僕も帰りますね」
「そうね……そうしなさい。ソニーも帰ってきたばかりだから、きっとグレイを待っているわよ」
 そうだといいけど……いや、そうだと嬉しいな。
 俺は若干気恥ずかしくなって、自分の鼻頭を掻く。それからセリーに向かって俺は言った。
「それじゃ」
「ええ、また」
 そうして俺は、セリーに別れを告げて帰路に立った。この帰路も何回目だろうか?自分で思っているよりも、俺は教会に通ってセリーと馬鹿みたいに笑って……どうにも俺はダメだな。大戦の前で、ちょっと気が弱くなっているのかもしれない……だって、こうやって年上の知人に会いに行くのなんて不安だって言っているようなものなんだから……きっと俺はこれからもずっと、怖がり続ける……戦場を。
 一度二度、戦場に出ているのだから慣れる?そんなことはない。戦場、戦いで刻まれた恐怖はたしかに心の奥底に沈み、堆積していく。


 –––王都イガリア–––


「それにしても、珍しいな。ベールが知らない人にあんなに懐くなんて」
「なっ、懐くなんてことは我にはありえぬ!適当なことを抜かすな!たわけ!」
「はいはい」
 ヨリトはベールを連れて、夕暮れの王都を歩く。
 ベールはヨリトの言葉にひどくご立腹だが、そんなベールを見るヨリトの目は優しいものだ。
「いや、なんてーかな。お前の過去が過去だからさ……心配だったけどよかったよ」
「…………」
 ベールは暫く押し黙ったが、やがて口を開いた。
「まだ、知らない人は怖い……よ。でも、でもね……グレーシュさんはなんだか……すごく安心するの。なんでかは……分からない、けど」
 しおらしいベールに対し、ヨリトは空を仰ぎ、夕焼け空を見つめる。
「んー、そっか」
 と、ヨリトはただそれだけ返した。
「弱そうだから……かの?なーはっはっはっ!」
 ベールはいつもの調子に戻ると、そんなことを言った。この場にグレーシャーがいたらなら、肩を落としたであろう。
 ヨリトはそんなことを思い、苦笑して言った。
「どうだろうなー。確かに、強い感じはしないけど……雰囲気とか見た目だけで判断しない方がいいぞ?」
「ふんっ、見た目はともかく雰囲気?むしろ、雰囲気……覇気こそが強者の証であろう!」
 まあ、たしかに……とヨリトはベールからメラメラと出ている覇気にさらに苦笑しつつ、グレーシュが内に秘めている何か・・に思考を巡らせる。 
 覇気は感じず、特段強そうには見えないが……ヨリトの目には映っていた。服の上からでは分からないが、それでも無駄の省かれた鍛えあげられた身体……グレーシュの一挙手一投足の中に横たわる無意識の内の合理的なまでの身体操作……普通に生活しているだけなのに、まるで常に戦時下・・・にいるような……鬼気迫る感覚。
 ベールは感じないなどと言っていたが、それは間違いだ。感じないのではなく、感じられない。あまりにも次元の高すぎる気迫に。
 例えば、農民は嵐を予感できるが町人は?商人や旅人なら出来るやもしれない、だが、常に損と隣合わせの農民は天候に常に気を張っている。同じ農民なら分かっても、何も知らないものからすれば、そんな鬼気迫る感覚を感じることはできまい。
 それと同じで、常に戦場にいるような覇気……否、狂気を纏うグレーシュから何も感じないのは当然のことであり、ベールがこういうのも悪くない。
 だが、ヨリトには感じられた。その片鱗ではあったがたしかに感じたのだ。ヨリトも、ここへ来た当初・・・・・・・はそのような覚悟を持っていたのだから。


 –––グレーシュ・エフォンス–––


「あ、母さん。僕がやっておくよ」
「そう?助かるわ」
 夕食を終え、俺はラエラ母さんの代わりに洗い物を片付ける。ゴッシゴッシとしていると、シェーレちゃんが追加で洗い物を運んできた。
「こ、れ……」
「いいよいいよ。そこに置いておいてね」
 台所の水場には予め貯めておいた水があり、それを使って洗い物をする。節水しながらじゃないと、 また水を貯める手間が出てくるので、ここは工夫だ。
「オラオラオラオラ」
 オラオラして洗い物を片付けた後は、部屋でヌクヌクしようかなぁと考えて自室のある二階へ上がる階段の途中……ユーリがキラリと牙を煌めかせて立ちはだかっていた。 
 ん?
「ニャ」
「え」
 ユーリは爪を伸ばすと、俺に襲いかかってきた。まるで、「ソニアを助けるのが遅いのニャ!この遅漏!」と言われているみたいだ!
 リアル過ぎて泣ける……。
 じゃなくてだ。俺は襲いくるユーリの鋭い爪を躱し、階段の上下でユーリと対峙する。俺が上でユーリが下……俺が構えて、ユーリに応戦しようとしたところで、階段下からラエラ母さんがクスクスと笑いながら、俺のことを見ていたのに気がつき、恥ずかしさで目を逸らした。
 と、そこへユーリが「隙ありニャ!」とでも言うように飛びかかってくる。とりあえず、それを躱してやり過ごしてからラエラ母さんに笑いかけた。
「ふふ、仲が良いんだね〜?」
「や、やめてよ……母さん」
「ニャー!(そうニャそうニャ!冗談じゃないニャ!)」
 そうだろうそうだろう……お前もやはりそう思うか。本当にそんなことを言っていそうな複音を想像しつつ、俺はラエラ母さんが抱きしめるように持っている物に目を向けた。
「なぁに、それ?」
「ああ、これ?」
 どうやら書類物のようだが……仕事のかな?
「お仕事の書類……ちょっと、事務処理が終わらなくって」
「そっか」
 珍しいなぁ。ラエラ母さんは仕事を家に持ち込んだことなんてなかった。そして、そこで俺は気が付いた。ラエラ母さんの顔に微かだが疲れの色が見える。隠しているみたいだが、確かに疲れている。
 疲れているから、ラエラ母さんは仕事を終えられなかった。何故?どうして?考えて、考え付くことは……ソニア姉のことしかない。
「…………」
 俺がソニア姉を心配していように、ラエラ母さんだってソニア姉を心配して、不安で、怖くて堪らなかったはずなのに……俺はソニア姉のことばかりに目を向けすぎていた。

 この大馬鹿野郎がっ!

 俺はソニア姉だけじゃない……ラエラ母さんだってアルフォード父さんに任されてるじゃねぇか。どうして気が付かなかった……家族思いのラエラ母さんがソニア姉のことを心配しないわけがないじゃないか。アホだ。能天気すぎた。俺は甘すぎた……。
「ごめん……ちょっと、手伝うよ」
「え?どうして謝るの?手伝うって、いいって。これはお母さんの仕事なんだから。お母さんに任せなさいって」
 そうやって、疲れているのに無理に笑おうとする母さんに胸が張り裂けそうになる。母さんも同じなんだ……息子に心配かけまいと振舞っている。
 だから、俺はそれを尊重することにした。
「うん……そうだね。母さんのお仕事だもんね」
「そうよ。ほら、グレイは早く寝ちゃいなさい」
「うん……あ、いや。でも、その前に」
 俺は階段を降りて、母さんが持っている書類をスッと奪い取り、代わりに俺が持って言った。
「疲れてるんでしょ?これくらいはさせてよ……あ、あと肩揉みするよ!」
「あ……え?あ……う、ん。うん……ありがと……グレイ」
「どういたしましてだよ」
 困惑しながらも、それでも呆れたように、嬉しそうに、優しくラエラ母さんは微笑んで俺の名前を呼んだ。愛称か……まあ、どっちでも構わない。それが等しく、俺を指すことであることは変わらないのだから。
 俺はラエラ母さんの部屋まで書類を運び、とりあえず椅子に座ってもらって肩揉みを始める。
「ん……」
「あぁ、ごめん。強かった?」
「ううん……違うよ。気持ちよかったか……ら…………ん……」
 やがて、ウトウトし始めたラエラ母さんはそのまま椅子の上で眠ってしまった。マッサージのリラックス効果で、今まで張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう。大分疲れていたのか、椅子の上だというのにぐっすり眠っている。
 俺は起きないようにそっとラエラ母さんをベッドに移動させ、それから書類に目を通す。まあ、俺が見ちゃいけないものじゃなさそうだし、出来るところだけはやってしまおう。
「んんーグレイ……ソニア……お、母さん……頑張る……から、ね」
 と、ラエラ母さんが寝言を呟いた。ベッドに動かしたから少しだけ眠りが浅くなったのだろう。だが、直ぐに深い寝息が聞こえてきたので心配はなさそうだ。
「…………」

 頑張る……か。


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