一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

マイゴ

 パチクリと目を開ければ、見えるのは暗闇。どうやら、うつ伏せで寝ているらしく、俺は身体をクルリと反転させようとして……誰かが俺に抱き付いているのに気が付いた。こっちに移ってから、ここは俺の部屋……俺だけの部屋だから誰かが抱き付いてくるなんてことはない。というか、考えられなかった。はたして、誰が……と気配を頼りにしてみると、ソニア姉だということが分かった。
「あぁ……」
 と、渇いた喉から納得の声を上げた。そういえば、昨夜まで続いた作戦会議の後にソニア姉を釈放してもらい、そのまま屋敷に帰ってベッドにダイブしたのだが、その際に意識が半分くらいおネンネしていた俺に、「一緒に寝たい」とソニア姉が言っていた気がする。そ、そんな!俺が寝ている間に既成事実が!?ダメだよ!俺たち、血を分けた姉弟なんだから!

 んなわけねぇか。

 俺は耳に入るソニア姉の寝息を聞きながら、起こさないように身体を反転させて、視界を確保する。と、ソニア姉の寝顔と、その直ぐ隣……ソニア姉と俺の間に小さくなって寝ている猫(?)がいた。というか、ユーリだった。おい、毛だらけになるだろ……と、批難の声を上げたかったが、ソニア姉とユーリの幸せそうな寝顔を見て、口を閉じた。
 久しぶりの……日常だ。ソニア姉がいて、ラエラ母さんがいる……俺の望む平穏で二人が幸せそうな、そんな日常。と、俺がしみじみとソニア姉が戻ってきた感動の余韻に浸っているところに、部屋の隅の影からエキドナが現れ、窓のカーテンを開けた。
「ちょ、もう少し寝かしてやれよ」
 ソニア姉が明るくなって起きてしまうだろ。エキドナは、そんな俺に苦笑しながら言った。
「いえ、もう既に鐘は三回鳴っています」
「え?お昼?」
「はい。シェーレちゃんが昼食を作ってございます。ご主人様」
 ウワァ……やっぱり、夜更かしはよくないよね!昼夜逆転しとるがなぁ……。
「まあ、ソニア姉は寝かしておいてやってくれ。最近まで、家じゃないとこで寝てたんだし……疲れてるだろうからさ」
 俺がソニアやユーリを起こさないようにベッドから起き上がりながら言うと、エキドナは頷く。
「かしこまりました」
 うむ、くるしゅうないぞ。
 よくできた従者だなぁと思いながら俺は、自分の部屋のある二階から一階へ降りていく。長いテーブルのある広間に入ると、シェーレちゃんがプカプカと食事を運んでいた。これ、慣れたけどさ……かなりシュールだろ。まあ、いいや……。
 俺は気付かずにせっせと昼食を運ぶシェーレちゃんに言った。
「おはよう」
「あ、お兄ちゃん……こ、こんにち……わ」
 そういえばお昼でした。まる。何となく恥ずかしくて、顔を逸らすとテーブルにクロロが着いていた。クロロと目が合って、俺はその顔が疲れているのに苦笑した。
「クロロ。お前も寝不足か?」
 問いかけると、クロロがボーッとした感じで食事を摂りながら、コクリと頷いた。俺はそれを見て、さらに苦笑しつつ、席に座ってシェーレちゃんが用意してくれた昼食を摂った。昼食を摂りながら、俺はシェーレちゃんに問い掛けた。
「シェーレちゃん。ラエラ母さん達は?」
「あ、えっと……」
 シェーレちゃんはポルターガイスト的な何かでテーブルを拭きながら答えた。
「ら、ラエラ……さんは、お仕事です。アルメイサ……さんと、ワードンマさん……も……お仕事、です」
 みんなお仕事ね。お仕事で思い出したけど、兵士の訓練は今日からだ。だが、今回のことで俺はアリステリア公爵令嬢の直属に、ノーラやエリリーは一時的に移転、クロロは雇われの傭兵という扱いになっている。
 バートゥのいる旧教会墓所には二日後に移動……今日、明日は割と暇を持て余しているのである。
 今日はどうするかねぇ……暇だし、二度寝するのも悪くはないが、やはり落ち着かないし、外出してみよう。
 そうと決めて、俺は食事を終えたその足で
、外へと踏み出した。


 –––☆–––


 目的地はなく、ただ何となく王都の街道をフラフラとしていた俺はビリっと……微量の電流が走ったことを見逃さなかった。まさか、静電気でもあるまいし、これは誰かが雷の元素を撒き散らしているのだろうと俺は思った。まあ、何かの魔術を発動する気配は感じないから大丈夫だろう。そう思い、俺はフラフラと歩き続け……そして、面倒なのに呼び止められた。
「お〜い!ちょっとちょっと!グレーシュ!!」
 どうしよう、関わり合いたくない。俺の危機感知センサーがコイツを避けろ、そう言っている。俺は、俺を呼ぶ声の主を無視してテレテレと歩き続ける。そんな俺に対して、そいつは俺の進路を遮るように立ち、言った。
「ハァハァ……呼んでるんだから……止まれっつーの」
「…………」
 俺と同じ黒髪を額に浮かべた汗で濡らし、肩で息をしている青年……ヨリト・カシマ。どう見ても厄介事を抱えていそうだ。大事な戦の前で、こんな奴に構ってられない。俺は早々にお引き取り願おうと口を開きかけ、それを遮ってヨリトが言った。
「実は……迷子の女の子を探しているんだ。紫色の髪でポニテ、左目に黒いバラの装飾の眼帯をしてるから直ぐ分かる!見つけたら連絡くれ!」
 それじゃあ、宜しく!と、俺は何も言っていないのにヨリトは言いたいことだけ言って走り去っていった。
 迷子ね……まあ、見つけたらそうしよう。というか、何処に連絡するのん?
 俺がうーんっと唸っていると、ビリビリっと電流が通ったのを感じた。

 ビリっ、ビリビリっ……

 街道を歩く人々の中から電流を辿る……時折、歩く人達が静電気にあって声を上げている。明らかに不自然……気配から、この犯人と思わしき人物を探り当てて、俺はビリビリと迷惑なことをしている奴に文句でもいってやろうと……、
「なーはっはっはっ!さぁ、ぬしに我が力を満たす権利をくれてやろう!」
 ビリリっと、紫色の髪を一つに結んだ黒いバラの装飾をした眼帯を身につけた隻眼の少女が帯電した状態で頭の痛いことを自身ありげに言っていた。
 露店の前に立つ少女は、店主に向かって言っていたのであろう。店主も、そして周りの通行人も思わず振り返って足を止め、耳と目を疑った。

 ビリリ、ビリリっビリリ……

「何か、ご入用かい?」
 店主は努めて平静を装っているが、頬に流れた汗までは隠せない。商人ですらこれなのだ。通行人などは、その少女の身から考えられないほどの存在感に呑まれしまっているだろう。店主がそれに呑まれていないのは、商人としての意地か……ともかく、それは賞賛すべきだろう。だが、そんなことを意に介することなく少女は、傲岸不遜に言い放つ。
「さぁ、早く店棚にある果実を我に寄越すがよいぞ。我はそれを欲しているのだ」

 ビリリっ

 少女から迸る電流が店主のその商人の意地すら削ぎ落とし、強制力を発揮する。店主の腕が動いたあたりで俺は少女に近づいて、その頭を後ろから小突いた。
「あた」
 さきほどまでの態度はどこへやら……少女は間抜けな声を上げた。その声に周囲の人々が我に返って、戸惑いながらも歩き出す。俺は、金袋の紐を解いて赤い果実……リゴットを一つ買った。
「どうも」
「あ……あぁ」
 店主は未だに冷や汗が引かないようだ。それだけ、少女の気迫に圧されていたといえる。少女は暫く頭を抑えていたが、直ぐに俺に鋭い刃物のような視線を送ってきた。
「ぬし……この我によくもこんなっむぐ!?」
 少女が何か言う前に、俺は少女の口にリゴットを押し込んだ。見た目リンゴのような果実は俺の手のひらサイズの大きさだ。それを押し込まれたら、口を利かせることもできないだろう。

 ビリリっ

 もがもがとリゴットを食べる少女の姿を見て、俺は眉根を寄せた。恐らく、この子がヨリトの探し人……俺が眉根を寄せた理由はそれだけではない。少女の纏う覇気、存在感、いずれも最近感じたことがある……。


 ベルリガウス・ペンタギュラス


 そいつと気配の質が似ている。そういえば、シルーシア・ウィンフルーラが連れていた二人の内の一人……この子だった気がする。
 あの時は青色の髪をした少女の後ろに隠れていたような女の子に見えたが……この子は何者なのだろう。そう思った俺は、女の子が食べ終わると同時に訊いた。
「君、名前は?」
「なーはっはっはっ!無礼者のぬしに我が名を教えてやろう。そして、我が名を知って恐れおののくがいい!我が名はベルセルフ・ペンタギュラス!『隻眼』の異名を持つ我は、この拳で大地を穿ち、天を滅する!なーはっはっはっ!謝るのなら今の内……この果実を我に与えたことに免じて、許してやらんこともない」
 グゥ〜っと、ベルセルフと名乗った少女からそんな音が聞こえた。
「なーはっはっはっ!我にもっと供物を寄越すなら、見逃してやらんこともないぞ?」
 ポーズを決めて言う少女に、俺は半眼の視線を送る。仕方ない……。
「店主、もう二つほどください」
「あいよ」
 そう言って、俺はリゴットを二つ購入……それをチラつかせてやると、ベルセルフの瞳が左に右にと揺れ動く。
 オモロイ……。
「とりあえず、ヨリトに連絡しないとな……」
 と、ポツリとした俺の呟き声を聞いてベルセルフがビクッと動きを止めた。それから、口をわなわな動かして顔を真っ赤に染めた。
「ぬ、ぬしはヨリトの手先であったか!近寄るな無礼者め!あやつめ……我が柔肌を見て……うぅぅぅ……」
 頬を朱色に染める姿は、年相応の女の子らしい……黙り込むベルセルフに俺は、どうしたんもんかと思考を巡らせる。肌を見られた……ね。
「着替えでも覗かれたのかい?」
 そう訊くと、ベルセルフが俯いた。そうらしい……シルーシアも近くの酒場に入り浸っているようだし、俺の推測でしかないが……シルーシアとベルセルフはヨリトのところで匿ってもらっている可能性がある。敵国の奴を匿うって……どうにもヨリトにはお人好し属性があるらしい。やっぱり、関わり合わない方がいい。しかし、ベルセルフを見つけてしまった以上は仕方ない……こいつを送り届けるまでは面倒を見てやるか……とはいえ、敵国の奴なんてどこに連れて行っても迷惑を掛けてしまうだろう。こいつらの事情で、他人に関わり、正体がバレた日には関わった人々がどれだけ迷惑するか……となると、連れて行くならどの勢力にも関与していない独立勢力……教会にでも預けてしまおう。どこぞの最高神官様だって、この二日間は暇な筈だ。そうと決まればである。
「ベルセルフちゃんと言ったね?僕は別にヨリトの手先じゃない……まあ、知り合いではあるけどね。どうしてヨリトを避けているのかとか訊くつもりもない……一先ず、場所を移さないかな?」
 俺が言うと、ベルセルフは難しい顔をする。
「むぅ……ぬしに付いて行って、人目のないところに連れて行かれたとしても我は、ぬしを瞬殺することができるであろうな。だが、付いていくにしても、我はぬしの名も知らぬ。名も知らぬ相手に、どれだけ時間があろうが付いていく気にはなれぬな」
「それは、そうだね。君は名乗っているのに、僕は名乗っていなかった……失礼だったね。ごめん」
「なーはっはっはっ!分かればよいのだ!果実を我に与えたのだ……これくらいのことでは咎めぬぞ」
 それは物で釣っている気がしてやだなぁ……俺は買った二つのリゴットもベルセルフにやって、それから名乗った。
「僕はグレーシュ・エフォンス……教会ならヨリトも来ないと思うよ?」
 嘘だ。教会にでも預けたら、ヨリトを探して迎えに行かせる。これ以上関わるのは面倒だ。
 俺の提案に、はたして何を思ったのか分からないが、ベルセルフは得意気に笑った。
「なーはっはっはっ!そうかそうか。ならば、ぬしに我を教会まで案内させる権利を与えようぞ」
 なんというか……本当に頭の痛い子だなぁ、と俺は頭を掻いた。


 –––☆–––


 教会に着いて早々、俺はベルセルフに暫く待ってもらいって、懺悔室に入った。すると、直ぐにセリーの声が聞こえた。
「迷える子羊よ。汝の懺悔を聞きましょう」
「来る度、いつも懺悔室に入り浸る神官がいることを教会の人達に黙っている罪深き私を、お許しください」
「…………」
 俺が言ってから暫く、ゼリーは黙っていた。やがて、となりから声が響いた。
「汝、その者を自由にすべきです。その者は自由を求めています。その者の求めること、求めるものを与えなさい。さすれば、汝に幸運が訪れるでしょう」
 何という道化っぷりだろう……道化検定一級の俺でも思わず苦笑するくらいのピエロだ。
「何言ってんですか」
「別にいいじゃない……というか、どうして私が人目を盗んで入った時に限ってグレイが来るのよ」
「知りませんよ……タイミングがいいんでしょうかね」
「運命とか?」
「冗談」
 俺が言うと、セリーからクスッという小さな笑い声が聞こえた。
「そう?私は……そういうの嫌いじゃないけれど」
 それに対して、俺は何も返さなかった。セリーも別に何か言葉が欲しかったわけではなかったのだろう。セリーはコホンと話を切り出すために咳払いした。
「それで、何が用かしら?」
「ちょっと、女の子を預かって欲しいんです」
「女の子?」
 隣でセリーが首を傾げているのが分かった。
「ええ。名前はベルセルフ・ペンタギュラス……」
 その名前を聞いたセリーが、息を呑んだ。
「ペンタギュラス……ね。『双天』の娘で『隻眼』の二つ名を持つと聞くわ」
「物知りですね」
 と、聞けば皮肉に聞こえただろう。しかし、セリーから返ってきたのは少し寂し気なものだった。
「教会はね、常に力あるものを監視し続けているわ。グレイ、貴方も気をつけることね」
 別勢力の警戒は当然……なるほだ、すると最高神官ともなるセリーには自然とそういう情報が入るのだろう。
 別勢力……バニッシュベルト帝国は神聖教ではなく聖光教を国教としている国だ。国教によって言語の違うこの世界で、俺がベルセルフとこうして普通に会話出来ているのは、神聖語と聖光語の違いがちょっとして訛りだからである。
 聖光教は元々、神聖教であったが何かがあって神聖教の司祭が独立して立てたのが聖光教……という話だ。まあ、詳しい話はセリーの方がずっと知っているだろう。
「別に自分が目立って、姉や母が目立たないならかまわないんですがね」
 そう言うと、セリーの方から再びクスリという笑い声が聞こえた。
「本当に好きね」
 そりゃあね……愛してますから。家族として。


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