一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

対『屍王』

 –––☆–––


 ここで一つ……アリステリア様からの号令が為された。それは、昨夜王都を騒がしたのは伝説の一頭……バートゥ・リベリエイジであり、その脅威の排除のために討伐隊をアリステリア様の名の下で発令し、バートゥを討つというものだ。
「よろしいのですか?」
 俺の問いにアリステリア様は、笑顔で答えた。
「よろしいもクソもないですわ。失敗すれば、わたくしの権威も地に落ちるでしょう……しかし、わたくしは権威を守りたいのではありませんわ。この賭けをするのに価値も……充分にありましてよ?」
 とのこと。アリステリア様にとっても綱渡り……この号令の後に数日の間、俺はクロロ、ノーラ、エリリー、セリーに協力を仰ぎ、そしてアリステリア様の号令で挙兵したギルダブ先輩が王都に到着したことで、役者が出揃った。現在、場所は軍事塔の一室……会議室で出揃った役者が円卓上で向かい合う。
「起こしいただき、ありがとうございますわ。ギルダブ様」
「お前のためなら、火の中水の中だ……気にするな」
 アリステリア様とギルダブ先輩が熱のこもった視線を交わし合ったので、俺は早々に話を切り出そうと咳を払った。それで我に返った二人は、俺の話に耳を傾けた。
「えっと、まずは状況説明から……エキドナ」
 俺が呼ぶとエキドナが、俺の影の中から出てくる。達人級闇属性魔術【シャドルイン】だ。それにいち早く反応したのはノーラだ。
「お、女!」
 そっちかい……。
 一応、協力してもらうに当たってエキドナのことは話してあるのだが、そういえば姿を見せたのはこれが初めてか。
 ノーラはわなわなと肩を震わせ、まるで親の仇を見るかのような視線をエキドナに向けた。
「んんっ!?」
 こいつ……今興奮したな。
「お、おおお初にお目にかかるわ。私はエキドナ……ご主人様の下僕よ」
 なんかとんでもない誤解を生む前に……と、俺はエキドナの自己紹介にすぐに続けて述べた。
「元、バートゥの死霊です。今回の討伐に踏み込んだ切っ掛けですね」
 俺の言葉に全員が反応した。
「そいつが……バートゥの居場所を知ってるんだよね?」
 エリリーの問いかけに俺は即座に答えた。
「うん。エキドナは死霊総括なんて役割をもっていたからね、必然的にバートゥとのつながりも深かったはず」
「そんな彼女が『屍王』を裏切って、グレイくんに付いたと……にわかには信じ難いですね」
 クロロはそう言い、そして続けた。
「とはいえ、グレイくんがその可能性を考えていないはずはないですから、グレイくんがエキドナさんを信じるというのであれば、私が言うべきことはなにもありません」
 信じてもらえるのはありがたいが……なんだ?ちょっと、こそばゆい感じだ。
「えー、事前に説明した通り、この少数精鋭でバートゥに奇襲を掛ける……これが大まかな作戦ですね」
 既にエキドナからバートゥの居場所は突き止めている。バートゥが居るのは、イガーラ王国領土……王都から三日ほどしたところにいる……何故これほど近くにいるかというと、
「ソニーを狙って……よね?」
 セリーの問いに、俺は頷いた。
「どうしてお姉ちゃんを狙っているのかは、エキドナも分からないようです。しかし、敵は領土に入り込み、こうして我々の懐にいる……こちらが気付いていないと思っている今、エキドナから仕入れた帝国との全面戦争の情報で、こっちが大きく戦力を割いた隙を突いて、手薄の王都を攻めるつもりでしょう。エキドナの話では、既に世界各地に飛ばしていた六六六の死霊の大半がイガーラ王国に集結しているようです」
 それだけ、バートゥはソニア姉を本気で狙っている……そこはあえて言わなかった。
 集結しているとはいえ、全てがバートゥの下にいるわけではない。手薄なのは、何もこちらだけではないのだ。
 向こうの六体の精鋭は、こっちにエキドナがいることで実質的五体、それに対してこちらはエキドナを含めれば七人だ。そこにバートゥ本人とその他死霊が集まっているとすれば、戦力は拮抗している。
「だが、今行かなくては……六六六の死霊が集まり、我々だけでは対処ができない。今更、帝国への進軍を止めては各国からの評価も良くはないだろう。この状況で、バートゥを倒すこと……それは各国への強い宣伝となる。なるほどな、そこまで考えつくか」
 ギルダブ先輩は、フムフムと頷いて続けた。
「アリスがソニアを見捨てる選択をしなかったのは、そういうことか……」
 そのことに気付いていたであろう、この場の出席者達は全員押し黙った。この話をした時、まず間違いなく全員思ったことだろう……戦うよりも逃げること、ソニア姉を見捨てること。
 この場にいる全員が、ソニア姉と浅かろうと深かろうと、大小の違いはあれ少なからず面識があるのだ。こういう選択肢が出てくるのは、この場にいる全員が責任ある立場の人間だから……一時の感情に流されて行動を起こすことをしてはいけない。クロロを除いて……。
 事前に協力を仰ぎに行った段階で、全員が表情を曇らせた。自身の感情と立場を天秤にかけ、その間で右往左往とする……それでも来てくれたのは、情の深い奴らだってことなんだと思う。だが、俺はそれに甘えるつもりはない。だから、バートゥと戦う理由を、利点を、他でもない国のためになる提案を申し出た……そのつもりだ。
 だが、クロロは……クロロは他の奴と違って冒険者という立場である彼女は俺と同じで下には何もなく、何か背負うものだけはあって、情で動いてくれる……そして、そんなクロロに俺は甘えてしまう。ダメだダメだと思っても、視線は自然とクロロの方向に引き寄せられ……クロロがギルダブ先輩の言葉に素直な嫌悪感を抱いてくれていることに、嬉しく思ってしまった。それを隠すように、俺は苦笑した。
 と、クロロがここで切り込んだ。
「ギルダブさんや、みなさんの立場は分かります。しかし、そのような選択を選んだその先、胸を張っていけるのですか?この先、そのような選択を迫られた時にまた、そのようにするのですか?情で言っているわけではありません……私は人を導く器を解いています。みなさんは上に立つ立場……みなさんは、その立場から何を見て、何を、どこを目指しているのですか?」
 どんな風に、何を目指して、お前達は人の上に立って指揮を執っているのか。お前達の進む道は、選び取る未来は何なのか、そんなクロロの辛辣な言葉が突き刺さる。六十年……セリー除けば最年長者ともなるクロロの言葉は若いノーラやエリリーにとって、とても重たく感じられただろう。そして、同じ年長者であるセリーは目を伏せて、クロロの言葉を噛み砕くと口を開いた。
「そうね……その通りだわ。人のための道を進むのなら、他でもない友人すら助けられなくて、大衆を導くことなんて器が知れているわね。私は……私は戦うことに賛成よ」
 セリーは元からそのつもりだったのだろう、ちょっと決め顔で、ドヤ顔で、それでいてとても格好良い顔でそう言った。それが余計に腹立つ……かっこいいじゃねぇか、おい。それから、続けた。
「私は最高神官よ。私がこの件に関わるとなれば、それを手助けするイガーラ王国は教会に多大な恩を売れるわね?」
 アリステリア様はそれに苦笑し、困ったようにする。
「下地は整いつつあると……もうわたくし名義で事態は動き出していますし、後はここに出席なさっているみな様方の意思次第かと」
 言外に賛成の意を示すアリステリア様に対して、セリーは満足気に頷いた。
「う、ウチも賛成……うん、賛成!ウチは立場を守りたいんじゃないから……」
「私はもちろん……ソニア先輩を見捨てるなんて論外だからね」
 ノーラとエリリーも賛成……エキドナは聞く必要もない……最後はギルダブ先輩だ。
 ギルダブ先輩からは相も変わらず、常人とは比べ物にならないくらいの威圧感を感じる。その場にいる全員が……アリステリア様を除いて、感じていることだろう。絶対強者の覇気、この人の協力なくして『屍王』バートゥ・リベリエイジの討伐は出来ようもない。
 ギルダブ先輩は目を伏せ、クロロやセリーの言葉の意味を自分の中で解釈しているように見える。そして、目を開き、円卓に座る全員に鋭い剣気を向けた。
「器……か。いや、たしかにその通りだ。だが、俺は削る決断を下すことも……また器だと思うが、どうかな?フォセリオ殿」
 押し付けるでも、強要するでもない。自分の考えを伝え、反論する。そこにはギルダブ先輩の信念が宿っているのを、俺も、もちろん他メンツも感じ取っただろう。問いを投げかけられたセリーは苦虫を噛み潰したように表情を歪ませた。
「否定は……しないけれど」
「ギルダブさんは……ソニアさんを削るべきだと?」
 セリーが答えて直ぐ、間髪入れずにクロロが割って入る。それに対してギルダブ先輩は……頷いた。
「そ、そんな!」
 と、声を荒げそうになったノーラは直ぐに口を閉じた。今のノーラは情で言葉を発しようとしていた。それが、この場では何の意味を持たないことを分かっているのだ。
「グレーシュ。お前はこの討伐において、国としてのメリットを提示しているが……伝説を相手に考えが浅すぎるとは思わないか?お前達、ベルリガウス・ペンタギュラスを倒しているから、少し伝説を軽く見てはいないか?そんな心構えでは、死ぬぞ?」
 何とかなる、どうにかなる……そのような曖昧で信頼に欠ける言葉などに価値はない。必要なのは絶対的な勝利……そして、それは相手が一国を単独で滅せる伝説が相手である以上、叶うことのないものであり、この討伐に失敗したときのリスクは計り知れない。
「り、リスクを恐れていては前に進めません!」
 エリリーの反論に、ギルダブ先輩は冷淡に返す。
「リターンは決して小さくないが、リスクが大きすぎる。そもそも、その考え方が浅いと言っている」
「っ……」
 エリリーはそれで言葉を詰まらせた。実際、エリリーやノーラの中で何とかなるかもしれないという考えがあったのだと……二人の表情から見て取れた。
「俺たちが失敗したとき、フォセリオを失い、俺やノーラント達を失う。戦力は大きく削がれ、教会からも当然責められるだろうな。お前達は自分達の立場を弁えろ。自分の価値を、もう少し考えるのだな」
「「…………」」
 円卓上の全員が黙る……ギルダブ先輩の剣気に気圧されて。だが、その中でもクロロが口を開いた。
「それで……ギルダブさん。貴方は賛成ですか?反対ですか?一緒に……戦ってくれるのですか?」
 一体、何を言っているのか……と、全員がクロロに目を向けた。俺はクロロの問いかけの意味が分かっていた。むしろ、クロロが言わなければ俺が言ったであろう言葉……だがら、俺はクロロではなく訊かれたギルダブ先輩に目を向けた。ギルダブ先輩はふっと鼻を鳴らすと答えた。
「もちろん……賛成だ」
「「えっ!?」」
 ノーラ、エリリー、セリーが驚いたように声を上げ、アリステリア様は苦笑を浮かべている。エキドナは面白そうに場を眺め、クロロは満足気に頷いた。初めの三人は、訳が分からないという感じな視線をギルダブ先輩に向けており、ギルダブ先輩は身に纏っていた剣気を薄めると、薄く笑ってそれに答えるように口を開いた。
「今までは、飽くまでも自分の立場からの意見さ。だが、俺は……例えどんなことがあっても民を守ると決めている。それが知人で、そして愛する者の友人なら尚更、な」
 その回答に押し黙る一同と、顔を赤くして熱っぽい視線をギルダブ先輩に送るアリステリア様……もう、話始めていいかなぁ……。俺は暫くの沈黙の後に咳をきって言った。
「えーそれでは、満場一致というはことで……これから詳しい作戦の内容を説明します。エキドナからバートゥの人格がどのようなものかは聞いています……そこから、最も成功率の高い作戦を組み立てて見ました」
「成功率は?」
「六割……」
 ギルダブ先輩への回答で、ちょっと遠い目をしていた円卓のメンバーの顔が引き締まる。伝説相手に六割の成功率……その高さに一体どんな作戦なのか……全員の意識が俺に向けられたときに、俺はコホンと説明を始めた。


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