一兵士では終わらない異世界ライフ
エキドナ4
–––☆–––
コンコンっと、ご主人様の部屋の扉を叩くと中からラエラの声がしたので、ドアノブを回して入った。
「あ……エキドナちゃんね。お帰りなさい」
「はい。お母様……あまり無理はなさらない方が……」
ラエラはご主人様が帰ってきてから気が気では無いらしく、ソニア以上にずっとご主人様に引っ付いて看病を続けている。そのためか、思い詰めて顔色が悪い。休ませるべきだ。
「大丈夫……だから。もう少し、グレイの側にいさせて?私……これくらいしかしてあげられないの。だから……ね?」
「お母様……」
疲れ切った顔で言う。こんな顔を見た日には、ご主人様が投身自殺してしまいかねない。
「とにかく、今はお休みください」
「で、でも……」
「お休みください。そのお顔では、起きた時にご主人様が心配なされますよ?」
「……グレイが」
「心配のあげく、無理をしてしまうかもしれません」
「…………そう。分かった……うん。休む」
「はい。そうしてください」
少しフラフラしていたので心配だが……大丈夫だろう。仮にも夫が軍人だった女性だ。精神力は並じゃない。ご主人様が目覚めれば、直ぐに元気になるだろう。
エキドナはニョロニョロと、先ほどまでラエラの座っていた椅子に座りご主人様の様子を見る。スヤスヤと眠っている。
「ぐーぐー……パー」
「何をしているのかしら……」
何ならチョキとでも返してあげたらよかったのかしら……。
「あら、汗を掻いているわね」
エキドナはご主人様の身体の汗を拭うために上半身の服を脱がせ、濡れた布で拭う。柔らかく、しなやかな筋肉は無駄なく身体を覆っている。
筋肉の鎧ほど醜いものはない……身体を資本とする武術家達の言葉だ。達人達は、必要な筋肉を、必要な分だけ、必要なところに作り上げる。無駄な筋肉は他の筋肉の動きを邪魔するからだ。
ご主人様の身体つきは細く……力があるようには見えない。だが、それは服の上から見た場合だ。肩から腕にかけての筋肉は、とてもしなやかだ。そう……まるで鞭のようだ。
この腕で変幻自在な矢の軌道を生んでいるようだ。
そんな細い腕とは対照的に身体はガッチリとしている。表面的な筋肉はある程度あるが……中身にかなり詰まっている。恐ろしい体幹だ。殴れば、それはもう樹木でも殴ったようにビクともしないだろう。
その体幹も圧倒的だが、何よりも素晴らしいのは肩甲骨周りだろうか。
衝撃の吸収と放出は全てここで行われているようだ。ご主人様の動きの全ての要と言っても差し支えない。
続いて、エキドナは下半身へと触手を伸ばす。
ふむ……なるほど。股関節の柔軟性が高く、可動域が広い。ご主人様の動きを支える土台ね。
見れば見る程、戦いに特化した身体つきね。
「……んあ?」
と……口の端からだらしなく涎を垂らしたご主人様がパチクリと目を覚ました。
「おはようございますぅ」
「え……?あ、え?……え?え?」
ご主人様は混乱しているようで、まずは状況を把握するためか視線を巡らせる。そして、全裸に剥かれた自分の姿を見て……ご主人様が叫んだ。
「きゃ、きゃぁぁぁぁぁぁああ!!」
–––☆–––
「え?ねぇ、なに?お前痴女なの?寝込みを襲うド変態なの?馬鹿なの?」
「んあっ!?」
ご主人様に罵倒され、エキドナは思わずイケナイ声を出してしまった。い、いけないいけない……。
「い、いいいいいえ……た、ただエキドナはご主人様の身体を拭くために……」
「全裸に剥く必要はないよね?やっぱ馬鹿か」
「そ、そんなぁ……ハァハァ」
「お前興奮してるだろ」
「ハァハァ……んんっ。してないですぅ」
「まずはそのだらしのない顔を止めろ。説得力ないぞ」
(閑話休題)
「いえいえ。ただエキドナは、ご主人様のことをもっと知ろうと……」
「俺の下半身事情を知りたいとは……やはり痴女か」
「ハァハァ……違いますぅ」
(閑話休題)
「自重します」
「うん。そうしろ」
ご主人様は服を着てから、疲れたようにベッドに寝転がる。
「なんだか……頭がボーッとするな」
「五日ほど眠っていらしたので当然かと」
「五日……クロロは?」
「生きていますぅ。今はご主人様と同じで、お部屋で眠ってございます」
「そっか」
ご主人様はそれっきり黙ったまま天井を見つめた。一言の言葉を発することなく……ただ天井を見つめ、ポツリと……呟いた。
「……生きてた」
心からの安堵の言葉……それが誰に対して向けられた言葉なのかは直ぐに分かった。
「まだ目を覚ましてないですが」
エキドナが言うと、ご主人様は首を横に振る。
「それでも……さ。生きてた……ありがとう。お前やセリー……みんなのお陰だ」
「そんなことは……」
「いや、ある。俺の作戦が上手くいかなったんだ……ぶっちゃけクロロが危なかったのも俺の所為だ」
「それはありません!ご主人様の作戦が上手くいかなかったのは情報不足……エキドナがもっとバートゥのことを知っていれば……」
「いや、いいんだ。ごめん」
「……ご主人様」
正直、歯痒い。エキドナとしては、今回のことはエキドナに非があると思っている。エキドナがバートゥのことをもっと知っていれば、ご主人様がそれに合わせて策を練れた。それが失敗したとしても、最悪なパターンにはならなかったはずだ。
でも、ご主人様は良くも悪くも自分を責める……他人よりも自分の所為だと責める人なのだ。
「あ、そうだ。何か食べましょう。お腹が減っていると、生き物は何でも悪い方向に物事を考えてしまいます。軽い物を直ぐに作りましょう」
「ん……頼むわ。あ、母さんのサンドイッチが食べたい!」
「エキドナが作ると言ったのですが……」
酷すぎる……。
エキドナは一度ご主人様の部屋を出て、キッチンへ。そこで再びシェーレちゃんに会った。ユーリも一緒だ。
「あ、エキドナ……さん」
「ニャー」
「シェーレちゃん。実は、今……ご主人様が目が覚ましてね」
「お兄ちゃん……が?」
「……」
ご主人様の目が覚めたことを聞いた瞬間、ユーリの目がギラリと光る。それからトテトテとご主人様の部屋へ向かった。
「えっと……そうよ。それで、お腹が空いているだろうから……何か軽い物でもと」
「な、なるほ……ど。じゃあ、あたちが……つ、作り……ます」
「エキドナも手伝うわ」
そうして、エキドナとシェーレちゃんで料理を始める。
ご所望は、ラエラのサンドイッチ……ご主人様の好物の一つだ。ピリッと辛いサンドイッチで、甘党なご主人様には珍しい。
ピリ辛ソースは、確かあるから……あとはサンドイッチのパンも……使う材料ね。
材料は食パン、シャキッとした食感のある野菜レタン、赤い悪魔の果実と子供達から嫌われるトゥメイト、それから柔らかなお肉ね。
食パンの生地をいい感じに切って、お肉をジュッと焼く。中の水分が逃げるとご主人様好みのジューシーさが足りなくなるので、気を付けて……こんなものかしら?
「す、ごい……です」
「そう?普通よ……これくらい」
あとはサンドするわけね。
えっと、確か……生地にソースを塗って、レタンをペタペタして、トゥメイトを上に乗せてお肉……それをサンドして出来上がりね!
「ありがとう、シェーレちゃん」
最後にお皿にサンドイッチをシェーレちゃんが乗せて終わりだ。
エキドナはシェーレちゃんにお礼を述べ、直ぐにご主人様の部屋へ入る。
「お持ちしましたよ」
「ん。ありがとう」
と、部屋の中へ入ると……ご主人様の顔の上でユーリが頭を割いて中から触手を出していた。
エキドナも便乗して触手をご主人様に忍ばせると、ユーリに睨まれた。
「シャー」
どうやら、タイマンで戦いたいらしい。邪魔するなと言っている。
「病み上がりなんですけど……」
「シャー」
そんなこと関係ないとでも言うかのように、ご主人様の頭にユーリがかぶり付く。諦めたご主人様は額から血を流しながら、起き上がり、エキドナに言った。
「飯、ありがと」
「い、いえ」
シュールな光景にエキドナは頬を引きつらせながら、サンドイッチのお皿をベッド傍の小テーブルに置いて、サンドイッチを一つ……差し出す。
「エキドナが食べさせます」
「いや、自分で食える」
「食べさせます」
「自分で食える」
「食べさせますぅ」
「自分で食えるぅ」
結局、ご主人様が折れた。
エキドナが食べさせると、ご主人様が眉根を寄せた。
「む……母さんのサンドイッチじゃない」
「よく分かりましたね。これはエキドナが作ったのでございますぅ。おかしい……材料は一緒の筈ですけれど」
「味が違うんだよ。なんかもっと優しい感じでだなぁ……」
「あぁ」
と、エキドナはそれで納得した。
「愛情が足りなかったのでございますね」
「それだ」
そうこうして、食事を終えたご主人様は再び眠りにつき……スヤスヤと眠っている。ユーリもやっと離れ、顔を元に戻した。
「ニャ」
ユーリは部屋から出ると、そのままトテトテとどこかへ消えてしまった。残されたエキドナも、ご主人様の安眠の妨げにならないようにと思い、影へ入った。
コンコンっと、ご主人様の部屋の扉を叩くと中からラエラの声がしたので、ドアノブを回して入った。
「あ……エキドナちゃんね。お帰りなさい」
「はい。お母様……あまり無理はなさらない方が……」
ラエラはご主人様が帰ってきてから気が気では無いらしく、ソニア以上にずっとご主人様に引っ付いて看病を続けている。そのためか、思い詰めて顔色が悪い。休ませるべきだ。
「大丈夫……だから。もう少し、グレイの側にいさせて?私……これくらいしかしてあげられないの。だから……ね?」
「お母様……」
疲れ切った顔で言う。こんな顔を見た日には、ご主人様が投身自殺してしまいかねない。
「とにかく、今はお休みください」
「で、でも……」
「お休みください。そのお顔では、起きた時にご主人様が心配なされますよ?」
「……グレイが」
「心配のあげく、無理をしてしまうかもしれません」
「…………そう。分かった……うん。休む」
「はい。そうしてください」
少しフラフラしていたので心配だが……大丈夫だろう。仮にも夫が軍人だった女性だ。精神力は並じゃない。ご主人様が目覚めれば、直ぐに元気になるだろう。
エキドナはニョロニョロと、先ほどまでラエラの座っていた椅子に座りご主人様の様子を見る。スヤスヤと眠っている。
「ぐーぐー……パー」
「何をしているのかしら……」
何ならチョキとでも返してあげたらよかったのかしら……。
「あら、汗を掻いているわね」
エキドナはご主人様の身体の汗を拭うために上半身の服を脱がせ、濡れた布で拭う。柔らかく、しなやかな筋肉は無駄なく身体を覆っている。
筋肉の鎧ほど醜いものはない……身体を資本とする武術家達の言葉だ。達人達は、必要な筋肉を、必要な分だけ、必要なところに作り上げる。無駄な筋肉は他の筋肉の動きを邪魔するからだ。
ご主人様の身体つきは細く……力があるようには見えない。だが、それは服の上から見た場合だ。肩から腕にかけての筋肉は、とてもしなやかだ。そう……まるで鞭のようだ。
この腕で変幻自在な矢の軌道を生んでいるようだ。
そんな細い腕とは対照的に身体はガッチリとしている。表面的な筋肉はある程度あるが……中身にかなり詰まっている。恐ろしい体幹だ。殴れば、それはもう樹木でも殴ったようにビクともしないだろう。
その体幹も圧倒的だが、何よりも素晴らしいのは肩甲骨周りだろうか。
衝撃の吸収と放出は全てここで行われているようだ。ご主人様の動きの全ての要と言っても差し支えない。
続いて、エキドナは下半身へと触手を伸ばす。
ふむ……なるほど。股関節の柔軟性が高く、可動域が広い。ご主人様の動きを支える土台ね。
見れば見る程、戦いに特化した身体つきね。
「……んあ?」
と……口の端からだらしなく涎を垂らしたご主人様がパチクリと目を覚ました。
「おはようございますぅ」
「え……?あ、え?……え?え?」
ご主人様は混乱しているようで、まずは状況を把握するためか視線を巡らせる。そして、全裸に剥かれた自分の姿を見て……ご主人様が叫んだ。
「きゃ、きゃぁぁぁぁぁぁああ!!」
–––☆–––
「え?ねぇ、なに?お前痴女なの?寝込みを襲うド変態なの?馬鹿なの?」
「んあっ!?」
ご主人様に罵倒され、エキドナは思わずイケナイ声を出してしまった。い、いけないいけない……。
「い、いいいいいえ……た、ただエキドナはご主人様の身体を拭くために……」
「全裸に剥く必要はないよね?やっぱ馬鹿か」
「そ、そんなぁ……ハァハァ」
「お前興奮してるだろ」
「ハァハァ……んんっ。してないですぅ」
「まずはそのだらしのない顔を止めろ。説得力ないぞ」
(閑話休題)
「いえいえ。ただエキドナは、ご主人様のことをもっと知ろうと……」
「俺の下半身事情を知りたいとは……やはり痴女か」
「ハァハァ……違いますぅ」
(閑話休題)
「自重します」
「うん。そうしろ」
ご主人様は服を着てから、疲れたようにベッドに寝転がる。
「なんだか……頭がボーッとするな」
「五日ほど眠っていらしたので当然かと」
「五日……クロロは?」
「生きていますぅ。今はご主人様と同じで、お部屋で眠ってございます」
「そっか」
ご主人様はそれっきり黙ったまま天井を見つめた。一言の言葉を発することなく……ただ天井を見つめ、ポツリと……呟いた。
「……生きてた」
心からの安堵の言葉……それが誰に対して向けられた言葉なのかは直ぐに分かった。
「まだ目を覚ましてないですが」
エキドナが言うと、ご主人様は首を横に振る。
「それでも……さ。生きてた……ありがとう。お前やセリー……みんなのお陰だ」
「そんなことは……」
「いや、ある。俺の作戦が上手くいかなったんだ……ぶっちゃけクロロが危なかったのも俺の所為だ」
「それはありません!ご主人様の作戦が上手くいかなかったのは情報不足……エキドナがもっとバートゥのことを知っていれば……」
「いや、いいんだ。ごめん」
「……ご主人様」
正直、歯痒い。エキドナとしては、今回のことはエキドナに非があると思っている。エキドナがバートゥのことをもっと知っていれば、ご主人様がそれに合わせて策を練れた。それが失敗したとしても、最悪なパターンにはならなかったはずだ。
でも、ご主人様は良くも悪くも自分を責める……他人よりも自分の所為だと責める人なのだ。
「あ、そうだ。何か食べましょう。お腹が減っていると、生き物は何でも悪い方向に物事を考えてしまいます。軽い物を直ぐに作りましょう」
「ん……頼むわ。あ、母さんのサンドイッチが食べたい!」
「エキドナが作ると言ったのですが……」
酷すぎる……。
エキドナは一度ご主人様の部屋を出て、キッチンへ。そこで再びシェーレちゃんに会った。ユーリも一緒だ。
「あ、エキドナ……さん」
「ニャー」
「シェーレちゃん。実は、今……ご主人様が目が覚ましてね」
「お兄ちゃん……が?」
「……」
ご主人様の目が覚めたことを聞いた瞬間、ユーリの目がギラリと光る。それからトテトテとご主人様の部屋へ向かった。
「えっと……そうよ。それで、お腹が空いているだろうから……何か軽い物でもと」
「な、なるほ……ど。じゃあ、あたちが……つ、作り……ます」
「エキドナも手伝うわ」
そうして、エキドナとシェーレちゃんで料理を始める。
ご所望は、ラエラのサンドイッチ……ご主人様の好物の一つだ。ピリッと辛いサンドイッチで、甘党なご主人様には珍しい。
ピリ辛ソースは、確かあるから……あとはサンドイッチのパンも……使う材料ね。
材料は食パン、シャキッとした食感のある野菜レタン、赤い悪魔の果実と子供達から嫌われるトゥメイト、それから柔らかなお肉ね。
食パンの生地をいい感じに切って、お肉をジュッと焼く。中の水分が逃げるとご主人様好みのジューシーさが足りなくなるので、気を付けて……こんなものかしら?
「す、ごい……です」
「そう?普通よ……これくらい」
あとはサンドするわけね。
えっと、確か……生地にソースを塗って、レタンをペタペタして、トゥメイトを上に乗せてお肉……それをサンドして出来上がりね!
「ありがとう、シェーレちゃん」
最後にお皿にサンドイッチをシェーレちゃんが乗せて終わりだ。
エキドナはシェーレちゃんにお礼を述べ、直ぐにご主人様の部屋へ入る。
「お持ちしましたよ」
「ん。ありがとう」
と、部屋の中へ入ると……ご主人様の顔の上でユーリが頭を割いて中から触手を出していた。
エキドナも便乗して触手をご主人様に忍ばせると、ユーリに睨まれた。
「シャー」
どうやら、タイマンで戦いたいらしい。邪魔するなと言っている。
「病み上がりなんですけど……」
「シャー」
そんなこと関係ないとでも言うかのように、ご主人様の頭にユーリがかぶり付く。諦めたご主人様は額から血を流しながら、起き上がり、エキドナに言った。
「飯、ありがと」
「い、いえ」
シュールな光景にエキドナは頬を引きつらせながら、サンドイッチのお皿をベッド傍の小テーブルに置いて、サンドイッチを一つ……差し出す。
「エキドナが食べさせます」
「いや、自分で食える」
「食べさせます」
「自分で食える」
「食べさせますぅ」
「自分で食えるぅ」
結局、ご主人様が折れた。
エキドナが食べさせると、ご主人様が眉根を寄せた。
「む……母さんのサンドイッチじゃない」
「よく分かりましたね。これはエキドナが作ったのでございますぅ。おかしい……材料は一緒の筈ですけれど」
「味が違うんだよ。なんかもっと優しい感じでだなぁ……」
「あぁ」
と、エキドナはそれで納得した。
「愛情が足りなかったのでございますね」
「それだ」
そうこうして、食事を終えたご主人様は再び眠りにつき……スヤスヤと眠っている。ユーリもやっと離れ、顔を元に戻した。
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