魔術的生徒会

夙多史

一章 メイザース学園生徒会(1)

 四月十二日。
 県下でも大き目な都市である那緑市。その中心部に広大な敷地面積を持つ私立メイザース学園は、朝八時という時間帯なだけに登校のピークを迎えていた。
 空は快晴。穏やかな春の陽光が気持ちよい温かさを提供し、賑やかに登校してくる学生たちを差別なく包み込んでいる。
(またか……)
 そんな中、西洋風の城門みたいな校門を抜けたところで羽柴魁人はしばかいとは眉を顰めた。
 自然なままの黒髪に、どちらかと言えば整っている鋭い輪郭の顔立ち。まだ入学して三日目ということもあって、学園の制服は乱さずきちんと着ている。
 決して優等生に見えるわけでもないが、不良というわけでもない。そんなどこにでもいるようなごくごく平凡な高校一年生である。
 だが一つだけ、魁人には他人と違うところがあった。
(また、見える)
 それは、常人には見えないものが見えること。といっても、魁人は超能力者でもなければ霊能力者でもない。千里眼などないし、幽霊なんてものも見たことないから霊感はたぶんないのだと思う。
 魁人の瞳に映るもの、それは――光。
 曇りのない透明な輝きが、人の体の中に見えるのだ。人体そのものが透けて内蔵や血管まで見えてしまうという透視的なものではなくて、胸の辺りに輝きのみが透けて映り、心臓が鼓動するように僅かに明滅しているのもわかる。
 ほとんどが消えかけの豆電球のように小さく儚げで、まるで人の魂でも見ているような感じもするが、輝きが見えない人もいるのでそういう類のものではないだろう。
(本当に、あれって何なんだ)
 気味が悪い、とは思うも、それだけだ。吐き気がするほどグロくはないし、寧ろ綺麗だとさえ思う。それに、あの輝きを見るのは初めてではないのだ。
 物心ついた時から時々見えることがあって、まあつまりは慣れてしまっていた。感覚的には、道路を走っている車の中に外国の高級車が混じっている感じである。
 確か幼稚園の頃だったか、このことを親に話したら不気味に思われたことがある。あの光が自分にしか見えないものだと知ったのは、その時からだ。
 そして、成長するに連れて見ることも少なくなった。だが、それは見えなくなったというより、自分の意志で見る見ないをコントロールできるようになっただけだった。
(ていうか――)
 今も、『見る』と意識している。それは時々やってしまう悪い癖だが、今の場合はしっかりとした自分の意志の下で見ている。もっとも、見えたところで他人はおろか自分の役にすら立たないし、『見える人』なんて月に一度出会えるか出会えないかなのだが――
(何で、こんなに見えるやつが多いんだよ)
 どうも、この学園はおかしい。意識を研ぎ澄ませば、周囲にいる人々の約半数はその『見える人』なのだ。学園ではなく自分がおかしいのかもしれないと思うも、こんなことは初めてだ。
 この学園に入学してから三日、何度も確認してみたが結果は変わらない。このことを誰かに相談したい気持ちはあるが、
(こんなの信じてもらえるわけないよなぁ。寧ろ不気味がられて避けられるのがオチだし)
 知っているのは、両親だけなのだ。
 とその時、パァン! という景気のよい音が後ろから響いた。
「いぎっ!?」
 音とほぼ同時に痺れるような激痛が背中に走り、魁人は顔を引き攣らせて小さな悲鳴を上げる。一瞬のタイムロスを経て、自分が誰かの平手をくらったのだと気づいた。
「よっ、魁人! どうしたよ、辛気臭そうな変な顔して」
 そんな軽い声に魁人は少々涙目になりながら振り向くと、そこには自分より十センチは背の高い少年が声に似合う軽薄な笑みを浮かべて立っていた。スリムな長身に思いっ切り着崩したブレザーを纏い、耳にはピアス、髪は茶髪。割と自由度の高い学校だからそれで何を言われることもないだろうが、遠目で見ると不良と間違われても仕方ない格好だ。
「梶川、お前いきなり何しやがんだ。今のかなり痛かったぞ」
 彼は梶川邦明かじかわくにあき。魁人の中学時代からの親友兼クラスメイトで、現在この学園で唯一の親しい存在である。
「あり? おかしいなぁ、加減ミスったかな? まあ、オレの魁人君なら対戦車用ロケットランチャーぶっ放したところで傷一つつかないと思うが」
「死ぬ! 絶対死ぬ! 勝手に人を未来から来たアンドロイドみたいにしてんじゃねえよ! ナイフ一本で普通にあの世に逝けるって。あとさりげなく『オレの』とかつけるな気持ち悪い」
「はは、ジョークジョーク♪」
 何の悪気もなく笑ってみせる梶川を、魁人は怨念を込めまくった視線で睨めつける。
「お前、今度から背後には気をつけろよ。簡単には消えないモミジ作ってやる」
「おっと、そいつは大変だ。次から新聞紙を五層ほど巻いてこねえとな」
 とまあ、梶川とは昔からこういうノリの関係だ。地元からけっこう遠いところにある学園なだけに他の知り合いはいない。正直、彼の存在は心強いことこの上なかった。
 ふと思って梶川を『見る』が、例の輝きが見えたりすることはなかった。これはいつも通り。
 とりあえずそこは安堵し、そのまま二人で適当な会話をしながら一年の昇降口へと向かう。途中、梶川が思い出したように言ってきた。
「そうだ魁人、今日は何の日か覚えてるか?」
「お前の誕生日は三ヶ月先だろ」
「いやいや違うって。今日はアレだ、健康診断」
「……それがどうした? あー、もしかして尿検査のアレを忘れちゃった同盟でも作るつもりか? だったら残念、俺は忘れてないからその同盟には入れないぜ」
 自分たち新入生のプランは、一日目は入学式、二日目に対面式やクラブ説明会などがあり、今日は健康診断とHRのみで午前中に終了、次の日から早速授業といった具合になっている。
 どうやらまた違ったらしく、梶川は大げさに頭を掻き毟った。
「だぁーっ! これだから魁人君はぁー! いいか、健康診断とは体操着で行うものだ。つまりうちの高レベルな女子たちの体操着姿を初見できる日なのだよ。健全なる男子高校生たるもの、テンション上げずにはいられるかーっ!!―― ってあれ? 何故引いてんのかな魁人君?」
「寄るな変態! 同類と思われる」
 こいつがこういう奴なのは知っているが、他の生徒たちがいる中でここまで高々に声を上げられたら、内容が内容だけに友としての縁を切ることを真剣に考えた方がいいかもしれない。
「何を言うか同士。君もそっち方向の理由でわざわざこの学園を選んだんじゃないのか!?」
「同士言うな! つーか違う!」
 確かにここの女子のレベルは高いと聞いていた。この学園を知ったのはこいつが誘ってきたからだが、自分はこの馬鹿と大いに違って普通な理由でこのメイザース学園を母校にすると決めたのだ。そう、普通の理由だ。そんな不純なものじゃなくて、もっと普通の、普通の――
(……あれ? 俺がここ選んだ理由って何だったっけ?)
 実家を離れ、アパートを借りて一人暮らししてまでこの学園を選んだ理由……思い出せない。親友に誘われたから……ってわけでもない。面接の時は何を言っただろう? いや、面接は嘘八百を並べただけだった気がする。
(まあいいか、どうだって)
 忘れたってことは、それだけ適当だったってことだ。県内でも有名な進学校だし、自由度は高いし、一人暮らしにも憧れていた。それらが大きいところを占めていることは間違いない。
 そうこう考えているうちに昇降口に辿り着き、魁人は手早く上履きに履き替える。
「とにかくだ」梶川はテンション高くバッと両腕を広げ、「オレは宣言しよう。一年、否、一ヶ月以内には彼女を作る!」
「変態に寄ってくる物好きがいることを切に願っといてやるよ」
「酷っ!? でもオレは負けない。既に目ぼしい一年女子の簡単なデータは収集済みなのだ」
「仕事速っ!?」
 わっはっは、と何か高らかに笑う梶川に真っ白い視線を投げつける魁人。その行動力をもっと別のところで活用したらいいのに、と思うが言っても無駄なので口には出さない。
 梶川はブレザーのポケットから手帳らしきものを取り出して開く。何か『美少女手帳』とか意味不明なことが書いてあるが、気にしたら負けだ。間違いなく。
「一組の堀町真苗ほりまちさなえ、オレらと同じ三組の鈴瀬明穂すずしなあきほ、五組の月岡愛梨つきおかあいり、八組の朝風祥子あさかぜしょうこなどなど。フフフ、オレ好みの女の子盛りだくさんだぜ。しかし――」
 はっきり言って魁人には梶川が並び連ねた女子の顔は誰一人として思い浮かばない。同じクラスでもそうなのだから、他のクラスなど知ったことではない。
「オレ的には、一番はやっぱ神代紗耶かみしろさやだな。彼女こそ頂点にしてキング! あ、この場合はクイーンかな? まあとにかくだ。メイザース学園にミスコンがあれば絶対に投票するね」
「……あのな、お前の自己満足で喋ってるのならいいけどよ、俺には誰だかさっぱりわかんないんですけど。気に入ったんなら勝手に告って玉砕してこい」
「玉砕は決定事項!? オレ結構いい男よ?」
「どこがだよ」
 顔はよくても中の上と言ったところで、性格はコレだ。いい奴だということは否定しないが、いい男かどうかは謎である。もっとも、こういうお調子者は大抵クラスの中心人物になるから、面白がられても嫌われることはないだろう。中学の時はそうだった。
「つーか魁人、お前はもうちょっと周りを見ろよ。同じクラスなんだぜ、神代紗耶」
「赤の他人なんて俺にとってはただの背景なんだよ。そいつを観察する趣味はない」
 あまり観察が過ぎると、余計なものまで見えてしまうかもしれないのだ。
「何か、お前には出会いが少なさそうだなぁ。――ん? お、噂をすれば♪」
 梶川は敬礼でもするかのように手刀の形にした手を額にあて、口元に嫌らしい笑みを浮かべながらこちらへと歩いてくる女子生徒を眺める。
 そんな彼に呆れ顔の魁人も、釣られたようにその女子生徒を見た。

 心臓が大きく跳ねた。

 彼女はまさしく美少女だった。白磁のような白い肌に、対照的なストレートの黒髪と漆黒の大きな瞳。歩き方はどこか凛としていて、どこぞのお嬢様といった雰囲気を醸し出している。背丈は高校生にしては若干低めだが、プロポーションはよく、梶川が一番と言ったのには得心がいった。
 だが、魁人の心臓が強く鼓動しているのはそんなことではなかった。
 例の透明な輝きが、彼女にも見えたのだ。それも、なぜか自分の意志とは関係なく自然に見えてしまっていた。その輝きは、他の誰よりも、今まで見た誰よりも大きく力強い光を放っている。さらに、違うのはそれだけではない。
 形。そう、彼女に見えている輝きの形状は遠くから見た電球の光のようなものではなく、あれはどう見ても――
(炎、だよな)
 強く、しかし淡い月光のような輝きを放つ、子供の握り拳を一回り大きくしたくらいの透明な炎。それが、彼女の中に見える光だった。
 ――だがこの時、魁人は気づいていなかった。彼女の強い輝きを映す自分の瞳が、その光を反射する澄んだ青色に染まっていることを……。

 と、その輝きが唐突に消えた。

「え? 何で……」
 突然の事態に驚き、思わず声を出す魁人。すると、上履きに履き替えた神代紗耶が魁人の目の前で立ち止まった。
「?」
 不機嫌そうな顔で見上げてくる彼女に、魁人はさらに困惑していく。
(な、何で俺を見てんだよ……まさか! こいつは俺があの光を見えることに――)
 気づいたんじゃ、と的外れなことを思ったのと同時に、突き刺すような視線を魁人に向けていた彼女が口を開く。あからさまに不機嫌な声で、一言。
「そこ邪魔なんだけど」
「え? ……あっ、ごめん」
 一瞬わけのわからなかった魁人は、自分が彼女の進路を塞いでいることに気づくと即座に謝って脇に退いた。フン、と鼻から息を吐き、彼女はそのまま一瞥もせずに去っていった。
 艶やかな黒髪の揺れる後ろ姿が階段の角に消えると、興奮を抑えていた梶川が爆発する。
「見ただろ魁人! あんな可愛い子中学の時にゃいなかったって! オレ様の属性判断眼鏡によると、彼女は絶対にTUNDERE系だ。嗚呼、ああいう娘に『か、勘違いしないでよね、別にあなたのためにしたんじゃないんだからね』とかって言わせてみたいぃ~!」
「……」
 横で何かいろいろとほざいている馬鹿の言葉は耳にも入らず、魁人は彼女が消えた階段の方を呆然と見詰めていた。

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