魔術的生徒会

夙多史

一章 メイザース学園生徒会(3)

「君は、魔術って信じる?」

「……はぁ?」
 突拍子な言葉を頭がちゃんと受け取るのに数秒かかった。
(マジュツ? マジュツって……魔術?)
「本来そこには存在しないもの、世界の法則、それらを自分の意思でねじ曲げ、書き換え、具現化させる。才ある者にだけ許された、奇跡や不思議を引き起こす力。それが魔術」
 無表情の葵が機械のように無感情な声で魔術の定義らしきものを口にする。
「……。あー、新手のギャグか何かですか」
「ギャグじゃないよぅ。次いでに言うとマンガとかゲームの話でもないし、私たちの頭がおかしいわけでもない。ちゃんと現実の話として、君は魔術を信じるかな?」
 表情や口調はどこか抜けている雰囲気があるものの、月夜の目は真剣そのものだった。
「そ、そりゃあ、あったら凄いだろうけど。でも、信じるかと言われたらその、俺は占いだって信じない方だし……」
 目を反らして答える魁人に、月夜は目の真剣さを解いて、あははー、と笑う。
「やっぱり魔術師でもない人にこう言えば、そんな反応するのは当然のことだよね」
「ま、魔術師って、あんたたちは一体何なんだよ」
 もはや先輩への敬意など欠片もない口調。その『先輩』二人は特に魁人の口調を気にした様子はなく、
「何って、今自分で言ったじゃない」
 当然のことでも語るかのように、生徒会長・月夜詩奈は淡々と言葉を紡ぐ。
「魔術師。そして、このメイザース学園の生徒会だよ」
 …………。
 短い沈黙。その後、魁人は顔を引き攣らせて無理やりおかしそうに笑った。
「ハ、ハハハ、魔術師って、そんなの信じられるわけないじゃないか。本当にそうだとしても、何で魔術師が生徒会なんかやってるんだよ。魔法学校じゃあるまいし」
「あははー、そこにはいろいろと事情があるんだよ。でも、そこの説明より先に私たちが魔術師ってことを信じてもらいたいかな。――だから、ちょっと乱暴なことするけど、我慢してね」
 魁人とは違い本当におかしそうに笑っていた月夜の表情が再び真剣なものに変化する。彼女はポケットから小さなケースを取り出すと、その中から新品の白チョークを一本抜き出した。

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「……ッ!?」
 その時、魁人は見た。月夜の中に、いつの間にか消えていたはずの透明な輝きがまたも出現し、それが先程以上に激しい炎となって燃え出したのだ。
「――白は光。深き闇を祓う清純なる輝き」
 月夜が小声で唱えるように呟くと、親指と人差し指で挟んだチョークの周りにも、同じ透明な輝きがオーラのように纏ったのが見えた。刹那、そのチョークはパキリと音を立てて粉々に砕ける。
 砕けたチョークは不自然に霧散し、白い粉と化したそれが魁人の周囲の床に散らばったかと思うと、それはまるで意思を持っているかのように蠢き、それぞれが集まって床に奇妙な文字を描いていく。魁人を囲むようにして描かれた文字群はまさに魔法陣のようで、その文字の一つ一つが透明な輝き――ではなく、汚れのない純白の光を放っている。
 それは魁人にしか見えない輝きではない。魁人以外の、普通の人にも見える現実の光だった。
「我が言の葉を持って、雄々しき獣を捕える純白の枷と為せ――――」
「ちょ……」
 呪文のような言葉を口にする月夜に本能的な身の危険を感じ、魁人は椅子を倒して立ち上がる。だが次の瞬間、輝きが強さを増し、陣の中心にいた魁人は自分の体に異常を感じた。
(なっ、何だ……か、体が、動かない……)
 足は強力な接着剤で床に固定されたように持ち上がらず、腕も思うように動かせない。痛みはない。息苦しくもない。ただ、動けず、倒れることも許されない。
 だがよく見ると、細い糸のようなものが自分の体に絡みついているのがわかる。それは陣と同じ白い光でできているようだった。
「何だよ……これ……」
「――『ルーン』ってわかるかな?」
 月夜は動けない魁人を見て二コリと笑う。
「『神秘』や『秘儀』などを意味する二十四の音素文字のことだよ。一つ一つの文字を何かに刻むだけでも意味があって、文字を組み合わせることでいろいろな効果を期待できちゃうの。あっ、今君に使ったのは〈封滅の檻グレイプニール〉。『停滞』のルーンを中心にした私のアレンジ術なの」
「じゃあ、本当に……」
 ――これは、魔術。
 信じられない。でも、これでは認めるしかない。百聞は一見にしかずというか、実際に体験してしまっては、頭で否定したくても体がそれを許さない。
「本当に……魔術師、なのか」
 ――だったら、凄い。
 自分の常識の遥か彼方、マンガやゲームの世界にのみ存在していた者が今、目の前にいる。炎を出したわけじゃない。雷雲を呼んだわけじゃない。それでも、この陣や光の糸は『魔術』としか言いようがなかった。ゲームの中にも補助系の魔法とかあるし。
「うんうん、信じてくれたみたいね――って、あれ?」
 と、何かに気づいたように月夜は立ち上がった。そのまま魁人側に回ると、未だ動けない魁人に対してキスでもするように顔を近づけてきた。さっきほど近いわけではなかったが、それでも心臓の運動が急加速する。
「あの、ちょっと」
 戸惑う魁人の目をじっと見詰めたまま、月夜は呟く。
「……青い」
「何?」
 月夜の呟きに今までずっと表情も変えずに成り行きを見守っていた葵が反応する。どうやら名前を呼ばれたと思ったらしい。
「あ、違うわよ。葵ちゃんのことじゃなくて、この子の瞳が青いって言ったの。さっきまで普通だったのに。私が魔術を使ったからかな?」
「詩奈のせい」
「そ、そんなんじゃないわよ。〈封滅の檻〉にそんな副作用なんてないもの。これはたぶん……『魔眼』だと思う」
 また呆然としている間に蚊帳の外にされかけていた魁人だが、今の月夜の言葉でハッとする。
「ちょっと待て、俺の眼が青くて魔眼? それってどういうことだよ! ていうか俺はいつまでこうしてりゃいいんだ!?」
「あっ、そうだね」
 月夜が指を鳴らした瞬間、絡みついていた糸や陣の輝きがフッと消え、ルーンが風に煽られたようにサッと崩れてチョークの粉ごと消滅する。束縛していたものがなくなったため体が動くようになり、魁人は何とも言えない開放感に包まれる。だがそれも一瞬のこと。魁人は問い詰めるように眼前の月夜に訊ねかける。
「それで、俺の目が魔眼ってのはどういう――」
「すみませーん。まだ終わんないんスかぁー?」
 魁人が言いかけたその時、部屋の外から誰かがそう言ってきた。すっかり忘れていたが、今は血圧検査(?)の真っ最中だったのだ。
 あははー、と月夜が苦笑する。
「ちょっと長くなり過ぎたみたいね。――葵ちゃん、『血圧計の調子が悪いからもう少し待ってください』って言ってきてくれない?」
「わかった」
 葵は頷いて外で順番を待っている生徒たちの下へ向かう。その後、向こうから『わかりました』と声が聞こえた。今ここで起こったことには気づいてないようだ。
(待てよ、何で誰も気づいてないんだ? けっこう騒いだと思ったのに)
「この部屋には『結界』を張ってるの。だから、中で起こったことは外からではわからなくなってるの」
魁人の疑問を読み取ったように月夜は言い、残念そうに小さく息をついてから告げる。
「お話はここまでね。よかったら放課後、またここに来てくれる? そしたらいろいろと教えてあげられるから。わかる範囲だけど、君の眼のこと、それに私たち生徒会のこと、あと――」
 魁人は息を呑む。

「このメイザース学園の秘密、とかもね」

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