魔術的生徒会

夙多史

二章 炎の退魔師(6)

 歩きながら適当に話していると、鈴瀬も次第にオドオドしなくなってきた。
 意外にも、彼女は少年漫画を読んだりテレビゲームをしたりするらしい。二人いる弟の影響だと彼女は言っていた。
 とにかく共通の話題ができたことは救いだった。一緒に歩いていて、話すことがないなんて気まず過ぎる。顔も知らない鈴瀬の弟に感謝する魁人だった。
街をオレンジ色に染めていた太陽が段々と落ちていく。あと少しで繁華街を抜けるところまで差しかかったその時――

「オイてめえ、昨日貝崎さんと戦り合ったっつうガキだな」

 そんな野太い声がかけられた。横で鈴瀬が、ひぃ、と短く小さな悲鳴を上げている。
 振り向くと、そこにはスキンヘッドやドレッドヘアといった、いかにも『不良です』と主張しているような青年たちが五人。殺気立った目で魁人を睨めつけていた。
「……いえ、人違いです」
 そんな視線を向けられているにも関わらず、魁人は落ち着いた口調でそう返した。貝崎の名前が出たということは、彼らはあいつの仲間で、自分に報復しに来たといったところだろう。
魁人が自分でも驚くほど冷静でいるのは、不良たちを見た瞬間に意識を眼に持っていき、全員に魔力がないことを確認して安堵したためだ。
 もはや自分と関わる人間全てを、一度この魔眼でスキャンしておかなければ気が済まなくなっている。そして魔力のないただの人間だとわかると、見た目や言動がどれだけ恐ろしかろうが、今の魁人に大した恐怖を植えつけることはできない。
 だからといって、魁人は自分が優勢だと勘違いするほど愚かではない。相手は五人、喧嘩となれば、どう頑張ったところで勝ち目はない。
 向こうも、『人違いです』と言って『はいそうですか』と引き下がるほど馬鹿ではなかった。
「しらばっくれてんじゃねえぞゴラァ! こっちはてめえだってわかってんだよ。こいつの証言でな!」
 スキンヘッドが、一番離れたところから事を見守るようにしている少年を指す。彼は昨日、貝崎を取り巻いていた不良たちの一人だった。
(くそっ、神代のやつ、一人逃がしてるじゃないか)
 だったらなぜ神代紗耶ではなく自分を狙ってきたのだろうか。そう思ったが、紗耶には勝てないと彼が悟っていたとすれば、この報復行為は頷けないこともない。
「テメエのせいで貝崎さんは全治一ヶ月の大怪我負って入院してんだよ! この落とし前、どうつけてくれんだぁ、あぁん?」
 スキンヘッドがいかつい顔を近づけてくる。見開いた目から充血した眼球が覗いている。
「それは俺のせいじゃ……いや、言っても無駄か」
 この場での選択肢は二つ。戦うか、逃げるかだ。どちらを選ぶかなんて言うまでもなかったのだが――
「おーおーおー、こいついい女連れてやがるぜぇ!」
「!?」
 ドレッドヘアが魁人の背に隠れるようにして震えていた鈴瀬に目をつけたのだ。彼女はまた短い悲鳴を上げて体を縮める。
(今逃げたら、鈴瀬が……)
 彼女はこの容姿だ。捕まって凌辱されるのは目に見えている。自分だけ逃げるわけにはいかない。
「ほーら、お嬢さん。このガキはどうせ死ぬから放っといて、俺らといいことしよう――」
 ドレッドが下卑た笑みを浮かべて鈴瀬に伸ばした腕を、魁人は手刀で思いっ切り弾いた。
「ぐあっ! 痛ってぇえぇ!?」
「横場さん!?」「てめえ、やりやがったな!」「ぶっ殺せ!」「海に沈めんぞゴラァ!」
 不良たちが一斉に殺気立つ。魁人は振り返り、涙目になっている鈴瀬に告げる。
「鈴瀬、お前は先に逃げろ!」
「で、でも!」
「俺なら大丈夫。昔空手やってたことあるから、こんな奴ら敵じゃねえよ」
 もちろん嘘だ。空手の経験はあるにはあるのだが、それは小学生のころに少しかじっただけ。
「おい聞いたか? 俺らに向かって『敵じゃねえ』ってよ。笑ってやれ。ハハハハハハ!」
 不良たちに笑われるのは無視し、魁人はまだ動こうとしない鈴瀬を突き離すように叫ぶ。
「早く!」
 彼女はビクリとし、竦んだ足を必死に動かして走った。そして一度振り返り、
「は、羽柴君! す、すぐにお巡りさん連れてくるから!」
「ハハハ、逃がすかよ――――がっ!?」
 追いかけようとした不良の一人を、魁人は足を引っかけて転倒させた。スキンヘッドが首をゴキリと鳴らす。
「てめえ、本当に一人でやる気か? ハハハ、いい度胸じゃねえか」
「しょうがないだろ。俺は他人を傷つけてまで自分を護りたいとは思ってないんだ」
 だから、もし生徒会の連中が人質なんか取ってきたら、魁人は生徒会に入らざる得なくなるだろう。が、彼女たちがそんな関係ない者を巻き込む卑怯な人種ではないことは知っている。
(さて……どうしよう)
 周囲からの助けは期待できない。行き交う人々は、全員我関せずを決め込んでいる。中には警察を呼んでくれている人がいるかもしれないが、まだ喧嘩は起こっていないのでその可能性は低い。
「んじゃ、本当にオマワリサンに来てもらっちゃあ困るんで、俺らのパラダイス『ROZIURA』まで移動してもらおうか」
 流石に公衆の面前で喧嘩を始めるつもりはないらしい。否、喧嘩ではなく一方的なリンチになるのは間違いないのだが……。
「さぁ、来やがれ」
 逃がさないよう不良たちが周囲を囲む。そしてそのまま近くの路地裏へ移ろうとした瞬間、

 突如として現れた黒い影が――
 ――一瞬で不良たちを宙に舞い上げた。

 それは本当に一瞬の出来事だった。
 五人いた不良の内、ドレッドたち三人が現れた黒い影に昏倒させられたのだ。
 彼らを倒したのは一人の少女。腰よりも長い艶やかな黒髪に、対照的な肌の色は雪。背は低く、手足は小枝のごとく細い。
 そんな華奢な少女――神代紗耶の姿を、昏倒させられた不良たちは確認することもできなかっただろう。
「うわあぁぁぁっ!? こ、こいつは昨日の!?」
 ただ一人彼女を知っていた不良は、彼女を見ただけで腰を抜かしている。もう一人、この不良たちのリーダー的存在であるスキンヘッドは、次第に何が起こったのか理解し、額に青筋を浮かべて彼女に手を伸ばす。
「てめえ! 何しやが――」
 しかし、言葉は最後まで出せなかった。スキンヘッドが伸ばしたごつい手を紗耶が掴み、グキリ、と嫌な音を立てたかと思えば、次の瞬間には痛みに顔を歪ませたスキンヘッドの顎を思いっ切り蹴り上げていたのだ。スカートの中身が見えていただろうが、この状況でそこに目が行くことは流石になかった。
 顎を蹴られてどれだけ脳が揺さぶられたのか知らないが、彼は弓反に宙に浮き、白目を剥き、口から何本か歯を血と一緒に零しながら、背中から地面に叩きつけられて動かなくなる。
 魁人にはその瞬間がまるでスローモーションのように見えていた。腰を抜かしていた不良にはさらに遅く感じていたに違いない。彼は紗耶に睨まれると、情けない悲鳴を上げて全力で逃げていった。
 魁人は確信する。魔術や武器なしの戦いでも、自分はこの少女には絶対に手も足も出せないと。昨日あのままバトルにならなくて本当によかった。
 と、彼女がこちらを向き、その白く細い手で魁人の手を取ってきた。
 まさか自分もやられるのでは、と割と本気で思った魁人だが、どうもそうではなかった。彼女は『来て』と一言呟くと、たった今不良たちに連れて行かれそうになった路地裏へ、魁人の手を引いて駆け入っていった。

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