魔術的生徒会

夙多史

二章 炎の退魔師(9)

 薄暗い路地裏に咲く、幻想的な蒼い火の粉を散らす刀を携えし少女。『退魔師』と名乗った彼女がそこに存在するだけで、この路地裏が異世界へと変貌したような錯覚に陥る。
 実際に結界を張ったと言っていたから、外とは隔離された空間になっていることは素人の魁人にも何となく理解できていた。
「タイマシ? タイマシって、『魔』を『退』ぞくって書くあの退魔師か?」
 魁人の疑問というよりは確認といった問いに、紗耶は素っ気なく訊き返す。
「それ以外何があるのよ?」
「いや、『大麻』……とか」
 ピキリ、と彼女の額から変な音が聞こえた。そしてヤクザも裸足で逃げ出しそうな形相で睨んできたので、とりあえず頭を下げて謝る魁人。
「えーと、てことは、その刀は退魔師の武器ってやつか?」
「フン、そうよ。これは千年近い歴史を誇る神代家に、代々伝わってる神宝・蒼炎龍牙。強力な火霊が込められた唯一無二の破魔刀で、あたしはその七代目の『鞘』となった継承者。ふふ、どう? 少しはあたしを崇める気になった?」
 何か誇らしげに胸を反らす紗耶。
「……七代目の、『サヤ』? 何だそれ、お前って偽名だったのか?」
「違うわよ馬鹿! 蒼炎龍牙は術者の体の一部と同化してんの。あたしの場合は左腕。つまり人間自身が刀の『鞘』になるってことよ。まあでも、蒼炎龍牙を収められるほどの魔力を持った人はそうはいないわ。だから千年経っても七人しかいないの。わかった?」
 わかったようで、そうでもなかったりする。言葉の意味は理解できるが、感覚的にはさっぱりだ。とりあえず彼女は凄いってことで。
「お前、何か今日はやたら親切に教えてくれるな」
 昨日は月夜に全部任せていたからかもしれないが、魁人は彼女に無愛想で不親切なイメージを勝手に抱いていた。
 言われて気づいたように、紗耶は顔を背けて言い訳がましく開口する。
「て、敵が出てくるまで暇なだけよ。あたしは退屈が嫌いなの。あと弱虫と銀英と胡麻豆腐も大っ嫌い」
 さりげなく個人名称が聞こえたような気もするが、今の状況と彼女の言った『敵』という意味、それらをよくよく噛み締めると――そんなことに突っ込んでいる場合ではなかった。
「てか待ておい! 敵って、ここ何か出るのかよ!?」
「出るわよ? 魔獣が」
 何を今さらというように彼女は首を傾げた。
「な、何でそんなものがこんなところにいるんだよ!」
「魔脈に惹かれるのは何も人間だけじゃないってことよ。あたしは学園の理事長から那緑市に巣食った魔獣や悪霊の駆除も依頼されてんの」
 それが本当なら、彼女は生徒会の仕事だけを学園に雇われたわけじゃないってことか。しかしそんなことは魁人には関係ない。激情に任せ、叫ぶ。
「ふ、ふざけんな! まだ人間の方がマシじゃないか! 何で俺を巻き込んだんだ!?」
 耳を塞いでその声を凌いでいた紗耶は、苛立たしげに眉を吊り上げる。
「あーもう、うっさい! 成り行きよ、成り行き。それにあんたが生徒会にとってどれだけ使えないか見る必要があったし、あたしもあんたの眼に気になることが――!?」
「――ッ!?」
 その時、ゾワッとした薄気味悪い感覚を魁人は覚えた。全身に鳥肌が立つのを感じる。
 紗耶はバッと振り返り、路地裏の奥に視線を這わす。
 魁人も見ると、奥の暗がりの地面に黒ペンキでも零したような直径一メートルほどの水溜りができていた。この禍々しい気配は、あの水溜りの中から感じられる。
「来るわ!」
 紗耶が蒼炎龍牙を構えた瞬間、水溜りの中から何か巨大なものが飛び出した。
 影が物質化したような黒い塊は、五メートルはあろうかという長い胴体に無数の足を生やし、四つの赤い目が鈍く光ってこちらを獲物と認識している。
 強烈な嫌悪感と吐き気を催しそうな姿をしたそれは、まさに大百足。
「な、な、な」
 魁人は自然と後ずさっていた。魔獣というから葵の使い魔である狼みたいなものを想像していたが、あれは魁人の想像など遥かに凌駕する妖怪じみた姿をしている。
 脳内に警戒音が響く。魔術師や魔獣の存在を知らなかった昨日の朝までの自分なら、間違いなく腰を抜かしていたことだろう。
 そして、これは魁人だから見えているのだが、大百足の全身に透明な光――魔力が血管のように張り巡らされ、その根源には例の炎が確認できる。
「死にたくなければそこを動かないことね」
 告げると、紗耶は大百足に向かって疾走する。それに反応した大百足は、迫りくる紗耶に向かって口から緑色の粘着質な液体を吐き出した。
 だがその液体が何なのか知る前に、紗耶は振り払うように蒼炎龍牙を一閃。蒼い炎で液体を瞬時に蒸発させる。
 紗耶は常人離れした脚力で高く跳躍すると、三メートルほどの高さにある大百足の脳天に蒼き炎纏う破魔刀を大上段から叩きつけ――られなかった。大百足は素早く身を捻って紗耶の攻撃をかわすと、『キイィィィィィ』と百足とは思えない鳴き声を発しながら襲いかかる。

 ――魁人に。

「は?」
 もの凄いスピードで眼前に這い迫る黒長い異形。魔眼のせいでさらに輪をかけておぞましく見えるその怪物を前に、魁人は悲鳴の代わりに間抜けた声が漏れた。
 状況を理解するのに数瞬かかった。逃げねば、と脳が全身に信号を伝えた時には既に遅いところまで怪物が迫ってきていた。
 ついでに言えば足が竦んで逃げるに逃げられない。応戦するという選択肢は端から存在していないし、そんなことすれば二秒と持たずにあの世行きだ。
 自分が持っている唯一のオカルト的な力――魔眼。しかし魔力が見えるだけのこの眼に何ができるかと問われれば、何もできないと即答できる。今回は月夜から逃げた時とはわけが違う。相手が魔術ならどこかに『穴』を探せばいいかもしれない。だが、大百足に見える魔力は、種も仕掛けもないただ純粋に『死』を与える生ける暴力だ。
 そんなもの、見えたところで何を看破しろというのか。今の状況をわかりやすく三文字で表現すると、『死んだ』である。
(くそっ! 学園に来てから九死イベントが勃発しすぎじゃないか畜生! 死んだら化けて出て俺を巻き込んだあの馬鹿女を呪ってやるッ!!)
 退魔師に対して返り討にされることを考慮せず、心でそんな絶叫を上げる涙目の魁人。確実な『死』との距離が残り一メートルを切った。その時――
 ギイイイィィィィィィィィィィィィィィッ!?
 大百足が、何か見えない壁にでもぶつかったように弾かれた。
「……、へ?」
 呆けた声を上げ、魁人は思い出す。そこは丁度、紗耶が結界を作るための護符を貼った境界線だった。
 ――死にたくなければそこを動かないことね――
「そういうことかよ……」
 魁人の眼は護符に込められた魔力は見えても、結界までは映さない。だからそこに壁ができていたなんて気づかなかった。というか、紗耶が普通に出入りできていたことを考えると、効果があるのは魔獣だけなのだろう。
 と、仰向けに倒れた魔獣の体を蒼い炎が包む。断末魔の叫びを上げ、炎の中でクネクネと気持ち悪くもがく大百足の横を、燃える退魔の刀――蒼炎龍牙を握った紗耶が歩いてくる。彼女は左掌に方陣を生み、本当に鞘に納めるような動作で蒼炎龍牙を仕舞った。
(やった……倒した)
 刀を納めた彼女と動かなくなる魔獣を見て安心し、『死ぬかと思ったじゃないか!』と結界を越えて彼女に駆け寄り叫ぼうとする魁人。だがその前に、彼女が不服そうに口を開く。
「やっぱあんた使えないわ。あの不良の不発だった力は、もしかしたらあんたが相殺したんじゃないかって思ってたけど、あたしの思い過ごしだったようね」
「な!? じゃあ、お前、わざと魔獣に俺を襲わせたのかよ!?」
「そうよ。この紗耶様が一撃で仕留められないわけないじゃない。基本、この手の魔獣は本能的に自分より強いと感じたものとは戦いたがらないから、初手でそう感じさせたら、面白いくらい簡単にあんたの方へ向かって行ったわ」
「て、てめえ……」
 沸き上がる怒りに拳を握る魁人。何か、何か一つでもこいつをギャフンと言わせるものはないだろうか。しかしまだ付き合いの短い魁人には紗耶の弱点など思い当たらず、
(今度こいつの弁当の中身を胡麻豆腐でいっぱいにしてやろうか……)
 そんな『その後』のことを一切考えていない作戦しか思い浮かばない(そもそも彼女が自作弁当派なのかもわからない)。
 と――
「!」
 魁人の眼が、燃えている大百足の魔力の光が活発になったのを映す。
「文句があるならどうぞ御自由に」紗耶はまるで気づいていない。「虫ケラに何を言われようが、この紗耶様は動じな――」
「避けろ馬鹿!」
 紗耶を突き飛ばすようにして魁人は飛んだ。一瞬遅れて大百足の頭が燃えながら二人のいた場所を空振りし、その先の壁に衝突する。どうやらそれが最後の悪足掻きだったらしく、大百足はその場に崩れて燃え尽きると、黒い灰となって風に流されるように消えていった。
 それを見届け、魁人は安堵の息を吐く。
「ふぅ、今度こそ終わったみたいだな――ん?」
 何か『あわあわ』という声が聞こえて下を見ると、リンゴのように顔を真っ赤にした紗耶が口をパクパクさせていた。傍から見れば、魁人が彼女を押し倒している絵になっている。
「あ、あの、えーと……」
「さっさと、どけえッ!!」
「へぶあっ!?」
 顔面に頭突きをくらい、魁人は強制的に跳ね除けられた。

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