魔術的生徒会

夙多史

二章 炎の退魔師(10)

 約三十秒後。
「あんた、よく今のわかったわね」
 制服の汚れを叩いた後、紗耶は結界を形成していた護符を剥がしながら感心したようにそう言った。その向こうで、地面に腰をつけている魁人は片手で鼻を押さえながら答える。
「み、見えたんだよ。その、魔力の動きみたいなのが」
(見えたですって? こいつの眼……あたしが感知できない魔力まで見えてるの?)
 彼が力を発現していない人間の、あるかどうかもわからない魔力まで見えていたことを思い出し、もしかして凄いのでは? という考えが浮かぶが、すぐに取り消す。こいつは自分の嫌いな弱虫なのだ。だから――
「……礼は言わないわよ」
「いや言えよ」
「あたしを押し倒して鼻血出してるやつに礼なんて言いたくない」
「ばっ、これはお前の頭突きのせいだろうが! 興奮とピーナッツで鼻血が出ると思うなよ!」
 尻餅をついて鼻を押さえるという滑稽な姿で吠えてくる魁人。しかし紗耶は彼の喚きなど黙殺して結界の護符をカバンに片づける。
「まあいいや」魁人は諦めたように息をつき、「ていうか、魔獣っていっても葵先輩の犬とは全然違ったよな。姿はいろんなのがあるとしても、何かこう、纏っている空気とかそんなのが自然じゃないっていうか」
「当たり前よ。『使い魔』ってのは基本的に邪気を祓ってるもの。そうしないと主人が喰い殺されることになるから」
「へ、へえ、そう……」
 そんな場面でも想像したのか、魁斗の顔色が青くなる。その時、スカートのポケットから携帯電話の着信音が鳴った。すぐに紗耶は携帯を取る。
 ――月夜詩奈からだった。
『あっ、紗耶ちゃん? そっちはもう終わったかな?』
「はい、たった今終わりましたよ」
 先輩にはしっかり敬語を使う紗耶(銀英は例外)。生徒会には出られないと言っておいたはずだが、一体何の用だろうか。
 流石に電話中のマナーは守るらしく、魁人は無言で立ち上がって制服の汚れを落としている。
『あははー、よかった。じゃあ、すぐに学園まで戻ってほしんだけど、いいかな?』
「?」紗耶は首を傾げ、「別にいいですけど、何かあったんですか?」
『うん、ちょっと厄介そうなことがね。さっき葵ちゃんとリクちゃんを迎えに行かせたから、詳しいことはこっちに来てからで――あっ! ちょっと銀くんあそこ見て!―― 紗耶ちゃんごめん、とにかく一旦切るね――――プッ』
 どこかただ事ではない様子で電話を切った月夜。一体何が起こっているのだろうか。
 すると、電話が切れたタイミングを見計らったように天から巨大な青い物体が降ってくる。それは紗耶と魁人の間に、トス、というやけに軽い音を立てて着地したと思えば、グルル、と唸り声を発した。魁人が『うわっ』と驚いたような声を発している。
 恐らく横のビルの屋上から飛び降りてきたと思われるそれは、熊ほどの体格に白い鬣と青い体毛を持つ狼――リクである。
「紗耶、迎えにきた。乗って」
 その氷狼の魔獣に、白馬の王子様よろしく跨ったポニーテールの少女――藤林葵は、紗耶を視界に捉えるなり抑揚のない口調でそう言ってきた。
「月夜先輩から聞きました。緊急事態みたいですね」
「そう。だから、紗耶も来てほしい」
 紗耶は素直に頷いた。葵はとても緊急事態とは思えないほど無表情だが、とにかく月夜の電話からして由々しき事態なのは確かだろう。と――
「お、おい、何かあったのかよ」
 一人置いてけぼりにされていた弱虫、もとい魁人が訊いてくる。紗耶は無視しようとしたが、葵が彼にも言葉を振った。
「魁人も来る?」
 その言葉に、紗耶はリクに跨りながらチラリと魁人の反応を伺う。一緒に来てほしいなんて砂粒ほども思ってないが、もしかしたら役に立つのではと考えている自分が……、
(あーあーあー! あんなやつが一緒にいても邪魔になるだけ。さっきのは偶然! 何考えてんのよあたしは!)
 そんな彼女の願い通り(?)、魁人は表情を曇らし、それを見せないよう僅かに俯いた。
「いや、いいです。俺は、ただの一般人ですから」
 仮にも先程自分を助けた魁人の言い草に、紗耶は自分でもわからないままどこかムカっとした気持ちになった。
「ホント、ただの一般人だから……」
 まるで自分にも言い聞かせるように、魁人はもう一度同じことを呟いた。

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