魔術的生徒会

夙多史

二章 炎の退魔師(12)

「いやぁ、参ったね、これ」
 鬱葱と茂る森の中、綺麗に整備されている石畳の道に立ち、生徒会副会長・御門銀英はとても参っているとは思えない気の抜けた声でそう言った。
 学園内にあるとはいえ、日が落ちると肝試しをするには絶好の雰囲気を醸し出しているこの森だが、生徒会の魔術師であり、陰陽道に連なった護符を専門に扱う符術師の銀英にはいつも通りの爽やか且つへらへらとした笑みを浮かべる余裕が当然あった。
「まさか犯人っぽい人追いかけて、こんなことになるとはねえ」
 月夜が紗耶と連絡を取っていた時、白衣のようなものを纏った明らかな部外者が隠れるようにして自分たちを覗き見ていたのだ。月夜に発見されると逃げ出したので追いかけたが、あまり予想していない事態になってしまった。
 突然、無数の影が白衣を護るように草陰から飛び出し、一瞬で銀英を包囲してしまったのだ。
 最初、反射的に発破符を起爆して影の一部を吹き飛ばしたのだが、それで数が減ったとは思えなかった。パッと見、まだ二十はいる。
 両手に三枚ずつの護符を構え、何か合図的なものがあれば一斉に襲いかかってきそうな緊迫状態の周囲を眼球運動だけで見回す。
 ギチギチと蠢く影の正体は、小型犬ほどの大きさをした蟲だった。五本の触覚に、硬そうな外皮に包まれた平たく紡錘形の体は灰色。眼は潰れているのでは思うほどの小さなレンズが一対あるだけで、本当に見えているのかは本人に訊かねばわかるまい。毛の生えたバッタのような足が六本あることから昆虫に部類してもよさそうだが、果たしてこれほどの大きさをした昆虫が日本、いや世界にいるだろうか?
「蜱、いや蚤? ……違うな、白っぽいから虱かな?」
 そう、まるで虱をベースにそれらを全部混ぜ合わせたような姿。一体一体から強烈な呪力を感じる。魔獣、のような感じもするが、恐らく違う。
「呪い……蟲……もしかすると――!?」
 閃きかけたその時、大虱の一匹が緊迫状態に耐えかねたように飛びかかってきた。普通の虱ではありえない、蚤のように後先を考えていない天に向かっての大跳躍。こんな大きさになると、貼りつかれたら血を吸われるどころの話ではないだろう。
 しかもその一匹を引き金に、他の大虱たちも一斉に飛び跳ねる。だが、銀英の表情から余裕が消えることはなかった。構えていた六枚の発破符――火の属性が練り込まれた爆発を起こす護符――を投擲。そして素早く宙空で九字を切り、両手で印を結ぶ。
「――発ッ!」
 六枚の護符が、空中で同時に起爆した。六つの花火が、巻き込んだ大虱の破片を辺りに汚らしく撒き散らす。だが当然、この一撃だけで全てを迎撃できるわけがない。銀英は空きのできた後方にバックステップしてその場を離れると、再び九字を切る。
 ドカドカと、先程まで銀英がいた場所に大虱たちが降り積もるように着地。気色悪く蠢く小山が完成する。
「蟲だから火に弱いかなぁって思うんだけど、それは紗耶の専売特許だからねえ。僕は僕で、一番得意な土行符を使わしてもらうさ」
 ニィ、と唇を斜に構える銀英。いつの間に設置したのか、大虱が山となっている場所を中心に十数枚の護符がばら撒かれていた。
 銀英が発破符とはまた違った印を結ぶ。

 瞬間、全ての符から岩塊が出現。内側に向かって隆起するそれが、山積みになってギチギチと軋めく大虱を押し潰し、または串刺しにした。

「殲滅は完了。でも、逃げられちゃったな。会長に怒られないといいけど」
 銀英は困ったように肩を竦めると、岩塊に押し潰されて全滅している大虱の群れに近づく。
 蟲の死骸からは血というよりは体液といったものが飛び散り、ただでさえ吐きそうなほどグロテクスな絵に拍車をかけている。
 銀英はそんなことなど全く気にする様子もなくその場にしゃがむと、転がっているどこの部分ともわからない破片を観察するように眺めた。
 そして、ふぅん、と呟くと満足げに唇を緩めて立ち上がり、白衣が逃げていったと思われる通路の先に視線を這わす。
(こっちって確か……)
「うわっ!? 何よこれ……蟲塚? 汚いわね。ていうか悪趣味。あたしはこれの掃除なんて絶対やらないわよ!」
 そんな銀英の思考を妨害するかのような声が背中から聞こえた。振り向くと、生徒会の女性陣があからさまな嫌悪感を全身で表現しているところだった(若干一名を除く)。

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