魔術的生徒会

夙多史

三章 呪術的実験(4)

 昼休み。大勢の生徒や先生たちが、高等部で最も広い空間のある第一体育館へと集っていた。
「臨時集会か。なるほど、これならみんな集まるよな」
 そういうことである。月夜が理事長に掛け合い、事情を説明して協力を仰いだのだ。この集会自体は言わばカモフラージュだが、来週ある創立者際のことやダイレクトにテニス部のことなど、意外と話すネタはあったらしい。
 魁人と紗耶は、体育館の陰に隠れて集まってくる人々を覗き見るように眺めていた。

『昼休みに生徒会で集会を開くから、魁人くんは集まった人たちの中に呪術師がいないか魔眼で見てほしいの。一応紗耶ちゃんは、戦えない魁人くんのボディーガードね』

 それが月夜から魁人と紗耶に与えられた指示である。この第一体育館は、校舎が立ち並ぶ区域とはグラウンドを挟んで存在しているため通路が一本しかない。つまり全ての生徒や先生はグラウンドを横切るか、その通路を通らないことには体育館に辿り着けないのだ。
 この位置からならその両方が見える。まあ、わざわざ靴を履き替えてグラウンドを横切るようなやつはいないが……。
「なあ、神代」
 集まってくる人々に視線を這わしながら、魁人は後ろの紗耶に話しかける。
「『紗耶』でいいわよ、面倒くさい」
「いや、でも……まあいいや」
 同年代の女の子を下の名前で呼び捨てにするのは少々抵抗があったりするが、彼女の場合は何かどうでもいい感じがしてきた。
「じゃあ紗耶、本当にこうやって見てるだけで、犯人が見つかるのか?」
「さあね。はむ……あ、美味しい。あんたのその眼、高まった魔力が『炎』に見えるんでしょ? あむ……呪術師が人を呪ってる以上、常時魔力を高めてないといけないから、んぐ……見かけた時に一発でわかるはずよ。ま、あたしらが感知できればてっとり早いんだけど、むぐ……小さすぎてわかんないからあんたに頼むことになったのよ、仕方なく」
「そんなもんなのか。―― って、こんな時に食うなよ! 何だその袋いっぱいのフルーツサンドは!」
「うっさいわね。昼ごはんよ、昼ごはん。好きなの、フルーツサンド。それよりこっち向かない! 今見逃した中に犯人がいたらどうすんのよ!」
 というか、見逃している人間なんてけっこういる。先生も含めれば千人以上の人間が一つの通路を使ってやって来るのだ。全員見ろというのは無理がある。この魔眼は、人間の体に宿る魔力は見えても、透視能力ではないので障害物越しには見えない。そしてその障害物には、人間も当然含まれる。つまり、一人の人間に魔力が見えていても、その向こうにいる人間には見えないということだ(どうも衣服は人間の一部と同じ扱いになっているらしい)。
 呪術師捜しの本番は、整列が終わって集会が始まった後である。無論、犯人が来ないという可能性もあるが、その場合はいなかった人間を調べた後(事務や警備の人たちはこれまでの休み時間に調査済み)、中等部でも同じことをすることになる。
 それにしても、こうやって学園の人々を見ていると魔脈の上という環境を実感してしまう。小さな魔力の光はここからでは離れていて見えないが、何かの能力が発現していそうなほどの魔力を持っている人をちらほら見かける。だが今のところ、魔術師レベルの者はいない。
「本当にこの中にいるのかよ。この学園って、生徒や先生以外にも魔術師がいるんだろ?」
 メイザース学園の内部――主に森の中――には、結界で隠された魔術機関がある。そこには多くの魔術師がいるらしいのだが、彼らは犯人ではないという。なぜなら、彼らは魔脈を研究するため『学園』と協力関係にあるらしく、『学園』を害するメリットがないからだ。
『学園』から様々な支援を受ける代わりに、魔術師たちは『学園』を護る。そんな何かの生物の共存関係みたいなものが成立しているわけだが、当の魔術師たちは施設に引き籠っているため外のことにはほとんど無関心。そこで彼らは子供を入学させ、『雇う』という形で魔力の開花した者や引き寄せられる魔獣から『学園』を護ることになった。それが、生徒会魔術師である。
 そんなことを月夜から聞いているが、正直、魁人は信用していない。
「月夜先輩が言ってたでしょ? 私たち魔術師は、はむ……契約は絶対に破らないわ」
 そうは言うが、魁人の知る魔術師は生徒会の四人だけなのだ。
 チラッと紗耶を見る。あれだけあったフルーツサンドはもうなくなりかけていた。食べている最中は幸せそうな顔をしていて、魔術師でも何でもない普通の、年相応かそれ以下の少女とさして変わりない。
「ちょっと訊いていいか?」
「何?」
 紗耶は最後の一欠片を口に放り込み、惜しむようによく味わってから飲み込む。それを待ってから、魁人は訊ねた。
「最初から思ってたんだけど、何で生徒会なんだ? 魔術師を雇うにしても、他の組織とか作ればいいじゃないか。普通の生徒の中には生徒会に入りたいやつだっているだろ」
 すると、紗耶は呆れたように長い溜息をついてから億劫そうに答える。
「まったく、あんたってホント何にもわかってないわね。いい? 例えばその辺の素人が生徒会長になったとする。で、そいつは魔脈によって魔力が開花、変な特殊能力を発揮し始めるわけ。魔力を完璧に制御できないから力に溺れてしまい、私利私欲で力を振り回す。生徒会長である自分の方針に少しでも賛同できない人を皆殺しにするとかね」
「……」
「だから、学園の中枢である生徒会には魔力をきちんと制御できる人間がいた方がいいの」
 わかった? と紗耶は確認してくるが、まだ魁人には得心がいかない点がある。
「生徒会選挙とかはないんだろ? 勝手に決められるって、それで他の生徒が納得するのか?」
「納得しないなら、させるだけよ。魔術的にね」
 さらりと危なそうなことを口にする紗耶。一体どんなことをするのだろう。例の『忘却部屋』とかいう部屋で記憶を弄られるとか……。ここは聞かないが勝ちだと判断する魁人である。
「まあ、この学園に生徒会選挙がないのはパンフレットにも書いてあることよ。『生徒会の後継者は生徒会が決める』って感じになってたと思うけど?」
「あー……」
 そういえば、梶川にパンフレットを見せてもらった時、隅の方にそんなことが書かれてあったような、なかったような。当時の魁人は生徒会になど微塵も興味がなかったので、その辺の記憶は吹けば消し飛ぶほど薄い。
「もう一つ訊いていいか? こういうことはあまり訊くべきじゃないかもしれないけど……」
「何よ? スリーサイズなら教えないわよ」
 紗耶のスリーサイズ。梶川に言えば飛びつくだろうなぁ、というくだらない妄想は一瞬で地平線の彼方まで吹き飛ばす。
「いやそうじゃねえよ。えーと、月夜先輩が『ただ雇われているだけじゃない』って言ってたけど、紗耶も何か理由あって生徒会に入ってるんだよな。それって――」
「仕事よ」
「……は?」
 即答した紗耶の言葉に、魁人は耳を疑った。
「あたしは『ただ雇われてるだけ』って言ったの」
「え、じゃあ何であの時そう言わなかったんだ?」
「そんなこと言える空気じゃなかったでしょ。あたしだって空気は読めるわよ。それに」
「それに?」
「『仕事』ってのが、あたしにとって重要な理由になんのよ。契約を破れば魔術師の信用を失うって言ってたでしょ。あたしたち退魔師は、人の世に仇なす『魔』を滅することが使命。だからこそ、その『信用』が大事なの」
 紗耶の言ったことは、わからないでもない。除霊とかそういう仕事は、普通の人には見えない分、依頼主との強い信頼関係が必要……ってことなのだろう。
「そんなことよりもあんた、話してばっかだけどちゃんと見てんの?」
「見てるよ。魔力がある人はちらほら見かけるから、魔術師レベルで炎に見えてるやつがいればすぐに教えるって」
 まあ、全員を見れているわけではないのだけれど。
「フン、ならいいのよ。でもそろそろみんな揃うだろうから、あたしたちも中に入って――」

「そこで何をしているのです?」

 ゾワ、と背後から人のことを嘗め回すような男の声がかけられた。
 紗耶の肩に何かが置かれる。それは、骨の上に直接皮を被せたような、細くゴツゴツした真っ白い手だった。
 魁人も紗耶も、声の主から離れるように、しかしその姿を逸早く視界に捉えようとするように、振り返りながら前に飛んだ。
 体育館裏の、雑草が生え放題になっている中にいたのは、着なれていない感じで紺色のスーツを纏っている男。三十代前半くらいだろうが、白髪と黒髪と丁度半分ずつの割合になった頭髪に、頬骨の目立つ細い輪郭。縁なしの眼鏡をかけ、漂白剤でも使っているのではという真っ白な肌は、痩せこけた体と合わせてまるで骸骨が服を着て立っているようである。
 そんな彼の名を、魁人は思い出した。
巳堂みとう、先生」

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