魔術的生徒会

夙多史

三章 呪術的実験(6)

 巳堂遊作みとうゆうさく
 生物教諭で、魁人たちのクラスの理科総合も担当している先生である。まだ一度しか授業を受けておらず、その授業も今一パッとしないものだったが、彼の骸骨みたいな容姿から一部の生徒に『スケルトン先生』なんてあだ名されていたのでよく覚えている。
「気づかなかった」
 ぼそり、と忌々しげに紗耶が呟く。確かに、彼が近づいてくる気配はまるでなかった。話をしていたから、ではない。自分はともかく、話しながらも常に気を張り巡らしていた紗耶は気づくはずだ。
「二人とも、集会が始まるというのにこんなところにいてはいけませんよ」
 言っていることは教師のものだ。だが、その麻薬中毒者を思わせる顔には怖気を誘う薄い笑みが貼りついていた。
「一年三組の、神代紗耶さんと……えーと……あれ? すみませんね、あなたの方は名前が出てきません」
 いや、そんな笑みなどどうでもいい。魁人の眼が、魔力を『見る』青い魔眼が、眼前の男にあるものを映し出していた。反射的に身構え、叫ぶ。
「紗耶! こいつだ!」
 瞬間、紗耶は左掌から退魔の日本刀――蒼炎龍牙を抜き出した。魔力が込められた刀は刀身に蒼く美しい炎を咲かせる。人体から燃える日本刀が現れるという、普通なら腰を抜かしかねないとんでも事態なのにも関わらず、巳堂は眉を僅かに歪めるだけで驚いた様子はない。
 紗耶は目の前の『敵』から目を離さず、確認するように問いかける。
「見えたの?」
「ああ、バッチリ」
 巳堂に見えた魔力の光。紗耶と比べると少し小さめに見えるが、高まった状態である『炎』だった。といっても、光球の上部辺りがチロチロと燃えているくらいの微妙なものである。
 本当にそれだけで決めつけるのはどうかと思っていたが、そんなことよりもずっと決定的なものが魁人には見えていた。
「気をつけろ、紗耶。こいつの体、蟲だらけだ」
 そう、背広やズボンはおろか靴の中まで、全身の肌が見えない部分には夥しい数の小さな光点が蠢いていたのだ。それはよくよく見ると蜘蛛の形をしており、鈴瀬たち被害者の中にいたものと同類と思われる。
 と、巳堂が狂ったように笑い出した。
「くくく、はははははははははっ! どぉーしてでしょう? どぉーしてバレてしまったんでしょうかねぇ。生徒会にはまだ白衣くらいしか情報はなぁーいと思ってたんですが、これはこれは不思議です」
 妙なところで妙に間を伸ばす、妙な喋り方。はっきり言って気持ち悪い。
「教える義理はないわよ。呪術師のあんたさえ見つけ出せればこっちのもの。まさかそっちから接触してくるとは思わなかったわ」
 紗耶は蒼炎龍牙を突きつけ、口元をニヤリと好戦的な笑みで歪める。
「さあ、このあたしに燃やされるか、大人しく生徒会に投降するか、五秒で決めなさい」
一、と紗耶はカウントを始める。完全に上からの言葉だ。普段先生にもしっかり敬語は使っている紗耶だが、相手を『敵』と認識した途端、『敬い』という文字を奈落の底へと放り捨てたかのように言葉遣いが変わっている。
 だが、巳堂はそんな紗耶のことなど歯牙にもかけず、後ろで構えている魁人を眼鏡の奥の目を細めて観察するように見詰め、紗耶のカウントが『三』になったのと同時に口を開く。
「あぁー、なるほど。その眼、魔眼ですか。何の魔眼かは知りませんが、とにかく私のことを見破るような力なのですね」
「五……、火線術式展開」
 刹那、紗耶は突きつけていた刀の先端から何の躊躇いもなく炎を火炎放射器のごとく射出。蒼く細い炎の線が空中にペンを走らせるように描かれ、複雑な軌道を変えて曲がり、くねり、繋がり、余裕にもポケットに手を入れていた巳堂の周囲を取り囲む。まるで炎の檻のようだが、奇妙な紋様にも見えるそれは、魁人には立体的な魔法陣のように思えた。
 そしてそれは正解だった。
「――燃えろ!」
 紗耶が短く唱えるように言った瞬間、立体陣の内側で蒼い爆発が起こる。凄まじい爆光だが、音は少なく、煙については一切上がってない。代わりに全てを灰燼と化すような炎が燃え上がり、立体陣の内部に煉獄を作り出している。
 幻想的な蒼い劫火。力強く燃えるそれを、魁人は美しいと感じた。が――
「いやちょっとやり過ぎじゃないのかこれ!?」
 あの炎に包まれれば灰、もしくは溶解しているかもしれない現実に、魁人は冷や汗をかいた。術者を殺すことも皆の呪いを解く方法だと聞いているが、それはあくまで最後の手段のはずだ。
「大丈夫よ」
 しかし紗耶は、そんな魁人に落ち着いた声でそう告げる。
 炎で作られた立体陣と、その中の煉獄がまるで夢か幻だったように消え失せる。
「――ッ!?」
 そこには灰となった――ではなく、スーツに焦げ目一つすらついていない巳堂の姿が。彼はポケットに手を突っ込んだままで、余裕の笑みさえ浮かべていた。
「あいつ、咄嗟に蠱で結界を張ったっぽいから。ムカつくわね」
 紗耶は苛立たしげに巳堂を睨めつける。
「む、蟲でそんなこともできるのか?」
「できたんだからできるんでしょ。それよりあいつの蠱はどうなってる?」
 言われ、魁人は巳堂を『見る』。
「……減ってる。それも、ほとんど」
 巳堂のスーツの内側に無数と言えるほどいたはずの蜘蛛が、もう両手で数えられるくらいしか残っていない。視線を下に向けると、巳堂の周囲の地面には黒い灰みたいなものが積もっていた。何の魔力も見えないが、あれはたぶん巳堂の盾となった蜘蛛たちの残骸。
「くくく、酷いですねぇ、死ぬかと思いましたよ」巳堂はしゃあしゃあと、「ですが、彼の神代家に伝わる破魔の炎、〈蒼炎〉を間近で見られたのはラッキーと言うべきですかねぇ。私の可愛い子供たちをほとんど生贄にする羽目になりましたが」
「つまり、これであんたを護るものはいなくなったわけね」
 紗耶の言う通りだが、何かがおかしい。なぜ、巳堂はあんなにも余裕に笑っていられる。
(まだ何かを、隠しているのか?)
 魁人は慎重に魔眼で巳堂を注視する。誰かの魔力が高まっているかぎり、この魔眼は意識を集中しなくてもオートで発動しっぱなしになる。それは普段意識して『見る』よりもずっと楽だった。
「今度こそ観念することね。あんたが何でこんなことしてるのかは、後でゆっくり聞いてあげるから」
「そぉーは行きませんよ。私にはまだまだやり残した実験がありますからねぇ」
 巳堂は数歩後ずさり、スーツのポケットから手を出した。そこにはビール瓶のような褐色をした小瓶が握られており、その口の部分には御札のように文字が書かれた紙が巻かれている。
「何をする気?」
「くくく、もう少しだけあなたと遊んであげますよ」
 巳堂は言うと、瓶に巻かれていた紙を破るように剥がす。次の瞬間、瓶の口から紫色の靄みたいなものが噴き上がった。瘴気のように嫌な気配を感じさせるそれが巳堂と紗耶の間に収束したかと思えば、一匹の蟲の形を――否、蟲そのものへと変化した。
「なっ!?」
 魁人は驚愕する。その蟲は、率直に言うと『蟷螂』だった。緑色の全体的に細長い体に六本の足、その内二本は先端の赤みがかった鎌状になっている。
 ただ普通の『カマキリ』と違うのは、体長が軽く人の倍はあるということだ。
「これは私の蠱を保存しておく瓶です。言うなれば、『蠱瓶』ですかねぇ」
 自慢げに巳堂は中身の抜けた小瓶を振る。
「――で?」
 しかし、魔獣じみた体型と全身から強い呪力を漂わせている大蟷螂を見ても、紗耶は微塵も動揺しない。彼女は退魔師だ。魁人とは違い、あの程度の異形は見慣れていることだろう。よく考えれば、昨日の百足の方が何倍もおぞましい姿だった。
「遊ぶとか言ってるけど、そんなんじゃ十秒も持たないわよ!」
 紗耶は跳躍するように駆けた。対する大蟷螂は、黒髪を躍らせて迫りくる少女を逆三角形の頭部についた大きな複眼で捉え、その刺々しい大鎌を彼女に向かって振り下ろす。普通のサイズならばチクリと痛いだけだが、あれはそんな程度では済まない。まともに受ければ、紗耶の華奢な体など本物の刃で斬られるように引き裂かれるだろう。
 だが、舞うように一閃された蒼炎龍牙の刃が、その大鎌を足ごと斬り落とした。
 切断面に破魔の炎が引火し、苦しそうにのたうつ大蟷螂。それでも紗耶を討ち取ろうともう片方の大鎌を振る。が、それも蒼炎の刃で受け止められ、まるで絹豆腐でも切っているかのように競り合うことすら許されず切断された。
 両鎌を失った大蟷螂だが、それを嘆くような暇など与えられない。紗耶がすぐさま体を捻り、蒼く閃いた刃によって大蟷螂の胴体は真っ二つに斬り捨てられた。
 さらに一瞬にして蒼炎が大蟷螂の体を侵食し尽くし、完全滅殺の完了を告げる。

「――ほぅ」
 自分の蠱が簡単に滅ぼされたというのに、巳堂はそんな感心した声を洩らした。
「さぁーすがは神代家の御令嬢。私の自信作をこぉーもあっさりと倒してしまうとはぁ。くくく、いやはや素晴らしいですねぇ」
 パチパチと手なんか叩いてみせる巳堂。紗耶は苛立たしげに眉を吊り上げ、
「遊びが終わりなら、今度はあんたの番よ。あんたはあたしたち生徒会を嘲笑うように次々と呪いをかけていった。つまりあたしたちの『信用』に泥を塗ったってことよ。こっちは『殺さず』ってことになってるけど、八割くらい殺しても口が利けたら別にいいよね?」
 自分たちのプライドのために戦っているように聞こえるが、本当は紗耶だって被害者たちのことを気にかけていた。人を守ることこそが、退魔師なのだから。
「そぉーですねぇ。こちらも、ここであなたを殺すわけにはいきませんからねぇ」
「は? 何言ってんのよ。あんたまだあたしに勝てる気でいるわけ?」
「くくく、忘れたのですかぁ? 私が、一度あなたに触れているということを」
「え?」

 ――ドクン

 キョトンとしたのも束の間、心臓発作でも起こしたような痛みが紗耶を襲った。
「……ぁあ……」
 痛みに呻き、顔を引き攣らせる。思わず左手で胸を鷲掴みにするように押さえ、倒れそうになった身体は、蒼炎龍牙を地面に突き刺してどうにか持ち堪える。
「紗耶!?」
 彼女の異常に気づいた魁人が叫んでいるが、遠くを走っている救急車のサイレンのようにぼんやりとしか聞こえない。
 視界が揺らぐ。体が、全身の細胞が溶けているかのように熱い。そう、まるで、毒でも盛られたみたいに……。
「あんた……まさか……」
 滝のように冷や汗をかきながら、紗耶は苦しげな表情で巳堂を睨む。嫌らしく唇の端を吊り上げる巳堂に、紗耶の予想は確信に変わる。
だがその瞬間、張り裂けるような痛みが全身に迸った。
「――――――――ッ!?」
 悲鳴は声にならず、プツリ、と糸が切れた人形のように、紗耶は力なくその場に崩れた。

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