魔術的生徒会

夙多史

四章 悪魔の視力(12)

 忘れていた。酷い話だが、魁人はすっかり存在を忘れていた。
 生徒会の魔術師は月夜たち三人だけじゃなく、もう一人、最高の退魔師がいるということを。
「紗耶」
 そう、先程まで蠱に意識を奪われていた神代紗耶である。どちらかといえば、忘れていたというよりはもう戦えないと思い込んでいた。
 右手に退魔の日本刀を握り、長い黒髪を左右に揺らしながら凛然と歩み寄ってくる彼女は、迫りくる異形を見て眉を顰めた。
「で? 何なのアレ? ていうか今ってどういう状況?」
 やはり操られていた時の記憶はないらしい。
「説明は後よ、紗耶ちゃん。とにかく、あれをどうにかできるかな?」
「月夜先輩、あたしは蒼炎龍牙を受け継いだ神代の退魔師ですよ? あんな魔獣の詰め合わせみたいなやつ、すぐに燃やせなくてどうするんですか」
 言うやいなや、蒼炎龍牙に蒼い炎が点火。紗耶はあの怪物目がけて床を蹴り、疾走する。
 あんなバケモノを前に全く臆さない自信家な彼女を見ていると、何か本当に呆気なく終わってしまいそうな気がしてきた。
 疾走する紗耶に向かって巨腕が振るわれる。体育館の壁を紙切れのように破った拳を、彼女は横に跳んでかわす。ドゴォ、と豪快な音を立てて床に爆弾でも落としたような穴が穿たれた。
 それによって発生した衝撃波はものともせず、紗耶は蒼炎龍牙から炎線を放つ。まるで生きているように空中を蛇行するそれがパンチを繰り出した巨腕に巻きつくと、一瞬のうちに肩まで炎上させた。
 悲鳴の咆哮を上げ、魔獣の蠱は腕を振って炎を消そうとする。しかし破魔の力を持った蒼い炎はなかなか消えることはない。その間に紗耶は刀身の炎を極限まで膨張させ、魔獣の蠱とほとんど変わらない刀身の炎刀を形成。操られていた時など比べ物にならないくらいの魔力がそこに込められている。
「はぁあああああああああああああっ!!」
 気合いと共に巨大炎刀を振るう。全要素を破魔の劫火で構成されているそれは、魔獣で作られた蠱など何の苦もなく一刀両断――することができなかった。
 魔獣の蠱が火炎放射を吐き、炎刀の一撃を受け止めたのだ。
 炎と炎。物質化されていないプラズマは均衡することなく混ざり合い、互いの性質が違うためか大爆発を起こす。
 流石の紗耶も今度ばかりは爆風に堪えられなかった。顔を腕で庇って多少は踏ん張っていたものの、すぐに『きゃっ』と小さな悲鳴を発して台風の日のくず入れみたいに何メートルも床を滑っていく。その間、彼女は絶対に蒼炎龍牙を手離さなかった。
 今の爆発は蠱の方にも影響がありそうだったが、質量が半端ないことと蜘蛛の土台が安定したものだったために転倒はしていない。しかしダメージは負ったらしく、衝撃波が直撃したと思われる顔を両手で押さえて人間みたいに唸っている。
「紗耶、大丈夫か?」
 ようやく立つことのできた魁人が彼女に駆け寄る。自分が彼女の下へ行ったところで仕方ないと思うが、もし打ちどころが悪くて気絶でもしていたら大変だ。
 まあ、そんな心配は杞憂だったが。
「フン、大丈夫に決まってるでしょ」紗耶は上体を起こし、「それより邪魔よ。何であんたがここにいるのか知らないけど、魔力が見えるだけのやつがいてもしょうが……?」
 魁人の顔を見た紗耶は、両眼の異常な煌めきに目を丸くする。
「あんた、何、その眼?」
「ああ、悪い魔法使いを倒せる眼だ」
 魔眼の名前をまだ知らない魁人にはそう答えるしかなかったが、紗耶にはどうも気障っぽく聞こえたらしい。
「何よそれ、かっこつけたつもり? 銀英くらいムカつく台詞なんだけど」
 今さらだが、いつもの紗耶だということに安心する魁人。もっとも、こんな時でなければこちらも腹を立てていたかもしれない。
「わかりやすく何ができるか言ってやるよ。あのバケモノが弱れば瞬殺できるんだ」
「それ、本当?」
「ああ、俺の眼力舐めんなよ」
 つい数十分前までは自分の眼の非力さを嘆き、さっきは覚醒した力が通用せずに絶望しかけていた魁人だが、今は違う。とてつもない力を手に入れた、紗耶の復帰と共にその喜びも蘇っていた。つまり、彼女の存在が自信を取り戻してくれたのだ。
 紗耶は笑った。面白そうなものでも見つけたような含みのある笑みだったが。
「わかったわ。それじゃあ、あんたの眼力ってのを見せてもらおうじゃない」
 すっくと紗耶は立ち上がる。同時に魔獣の蠱も顔面を包んでいた両手を外し、血色の両眼で紗耶と魁人の姿を捉える。
 紗耶が燃える刀を携えて怪物へと近づいていく。
 そんな彼女を向こうで月夜は不安そうに、銀英は口元に笑みを浮かべ、葵はやっぱり無表情で、リクは静かに、見守っている。
 魁人は、全神経を魔眼に集中させて敵の魔力を凝視。あとは紗耶があれを弱めてくれるのを待つだけである。
 魔獣の蠱が咆哮する。
 紗耶は精神を集中させるように小さく長く息を吐く。そして、狙いをつけるように刀を床と水平に構え、
「火線術式」
 刃の切っ先から火炎を射出。蒼く揺らめく線が空中に引かれていく。それは疾風のごときスピードで蠱を一周すると、続いて上へ、下へ、左へ、右へ、さらに一周と様々に、そして複雑に軌道を変えて檻のように蠱を取り囲む幻想的な紋様を描き上げた。
 周囲を囲った炎線に戸惑っているように魔獣の蠱は首を左右に振る。が、決してそれには触れようとしない。破魔の炎に触れるとどうなるかはさっき腕に受けた一撃で、いや、本能的に思い知っているようだ。
「――〈炎禍浄葬えんかじょうそう〉!!」
 炎の紋様が燦然と輝く。刹那、中に封じ込まれた魔獣の蠱の足元から蒼き炎が螺旋を描きながら噴き上がった。天へと昇る蒼い火龍が魔を喰らう、そんな光景だ。
 凄まじい熱量が檻の中でのみ爆発する。大概の魔獣はこの一撃で灰も残らないだろうが、相手は幾多の魔獣が融合したような存在だ。苦しみもがきはするも、消滅する気配はまるでない。
 恐らく、あの怪物は紗耶の必殺の一撃に堪えるだろう。だが、確実に破魔の炎は敵の魔力を削っていく。
 魁人の眼には、その様子がはっきりと映っていた。
 徐々に、徐々に、蠱の魔力が弱まっていく。全身に満ちていた透明な光が量を減らし、不安定になっていく。
 そして――
「――――消え去れ!」
 魔眼が、今までで一番強く煌めいた。
 蒼い劫火の中にいる魔獣の蠱が、波打つ水面に映ったように歪む。魔力が捻じれ、千切れ、次々と爆ぜていく。

 ヴゥオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!

 尾を引くような長い断末魔を残し、魔獣の蠱は炎に炙られながら――霧散した。

 蠱の最後を見届けた後、魔眼の煌めきが静まった。
 無論、紗耶が蒼炎龍牙を灯している以上、まだ魁人の瞳は青いままだったが。
 二人の下へ月夜たちが駆け寄ってくる。
「凄い凄い! 紗耶ちゃんと魁人くん! 最強コンビ誕生ね♪」
 初めて遊園地に連れて行ってもらった子供のようにはしゃぐ月夜。当然のごとく表情は満面の笑顔だった。同感というように、葵もコクリと頷いている。
「いやぁ、このまま付き合ったらどうだい?」
「付き合うかっ!?」
 どう考えてもからかいとしか取れない言葉を吐く銀英に、頬を赤く染めた紗耶が刃を一閃。居合の達人もビックリのそれを、銀英は軽く後ろに跳んだだけで難なく回避する。
「月夜先輩、凄いのはこいつじゃなくてあたしですよ、あたし。あんな魔獣くらい、あたしなら別に一人でも片づけられましたよ」
 紗耶は蒼炎龍牙を左手と同化させつつそんなことをほざく。敬語なのに何かもの凄く偉そうだ。確かに彼女だけでも勝てたのでは、と思わないこともないが――
「お前格好悪く吹き飛んでただろ? キャーとか聞こえたぞ」
 魁人はそう言ってささやかに復讐してみる。殴られる覚悟で。
「い、言ってないわよそんなこと! ていうか、あんたその眼になってから態度でかくなってない?」
「気のせいだ……あれ?」
 ――何だろうか。今、少しくらりとした。
「魁人、どうかした?」
 俯いて額を押さえる魁人に、小首を傾げた葵が心配げに声(無感情だが)をかけてくる。
「いえ、ちょっと目眩が。たぶん、何でも、ない――――がっ!?」
 瞬間、頭をバットで殴られたような痛みが走った。全ての魔力の高まりが消え、青くなくなった瞳に映る世界がぐらぐらと揺れる。
「ちょ、ちょっと、ホントに何でもないの?」
 紗耶の声が遠くに聞こえる。割れるような頭痛。狭まる視界。だんだんと意識が朦朧としてくる。
「魁人くん? 魁人くん!」
 ついに全身に力が入らなくなり、倒れる。
 意識は闇の中。誰のともわからない声が微かに聞こえていたが、それもプツリと途切れてしまった。


 魁人は眠る。
 使い過ぎた脳を休めるように、
 一切の夢も見ることなく、眠る。

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