魔術的生徒会

夙多史

エピローグ

 病院というものはいつ来てもいい気分にはならない。
 ここに来るということは、診察だろうが入院だろうがお見舞いだろうが、必ず自分を含めた身近な誰かが健康を害していることになるからだ。知り合いの医者や看護師に会いに行くというなら話は別だが、残念ながら魁人にそんな知り合いはいない。
 今日は四月十六日の日曜日。
 この日、魁人が学園からほど近い那緑市中央病院へ赴いたのは、診察とかではなく、お見舞いだった。
「ごめんなさい、羽柴君。その、お忙しいのに、私なんかのために……」
 白く清潔な病室内のベッドで寝ている鈴瀬が、申し訳なさそうにベッド脇の椅子に座っている魁人を見詰めてくる。彼女が意識を取り戻したのは今朝方らしく、この様子からして呪いは完全に解けているようだった。
「鈴瀬だって、俺なんかのために一睡もできなかったんだろ? おあいこだ」
 巳堂に蠱を憑けられた生徒たちは、全員この病院に運ばれている。『学園の第一体育館で爆発事件が起こり、それに巻き込まれた』ということになっている。当然、鈴瀬たち体育館になど行った覚えのない者もいるはずだが、そこは生徒会か学園の魔術師がどうにかしたのだろう、全員その理由で納得していた。
 魁人は記憶を弄られていないが、魔獣の蠱を倒した後のことは全く覚えていない。というか、あの後倒れて一日中眠っていたようである。昨日が土曜日でよかった。
 目覚めた場所は病院でも自宅でもなく生徒会室だったが、そのおかげですぐに事後処理のことを聞くことができた(月夜と、意外にも紗耶が付きっきりで看病してくれたらしい)。
 だから今、こうやって鈴瀬のお見舞いに来ている。
「羽柴君……なんだよね、その、私を助けてくれたの」
「え?」
 恥ずかしがるように布団で口元を隠した鈴瀬が突然そんなことを言い出し、魁人は戸惑った。彼女は女子バレー部顧問もしている担任の猪井先生に用事があって体育館に行った、という風に記憶を操作されているみたいだったが、もしかして本当は全部覚えているのではないだろうか。
「ずっと、声が聞こえてたんです。何を言ってるのかはわからなかったけれど、羽柴君の声が。だから私、返事しなくちゃって思って。でも、できなかった」
 口元を隠したまま悲しそうな瞳をする鈴瀬。返事できなかったと言っているが、魁人はしっかりと貰っている。涙という形で。
 どうやら全部覚えているというわけではなさそうなので、魁人はそのことについて何も言えなかった。
「……えっと、ごめんなさい、変なこと言って。たぶん、私の夢だから、その、気にしないで」
「うん、わかった。気にしない」
 紅潮した顔をさらに布団で隠す彼女を可愛く思いながら、魁人はできるだけ優しげな口調でそう言った。彼女はその言葉にほっとしたのか、布団から顔を出して上半身を起こす。
「起きて平気なのか?」
「あ、はい、大丈夫。明日には退院できるみたいなので」
「そっか。なら、すぐに学園で会えるってことだな。その時はまあ、もっといろんなこと話そうぜ。あ、梶川も入れてな」
 微妙に恥ずかしいことを言ったような気がするので、親友を使った軽減作戦を実行。たぶん成功。
「はい」
 鈴瀬は、まだ薄らと朱が差した顔に輝くような満面の笑みを咲かせた。


 鈴瀬の両親らしき人が面会に来たので、魁人は入れ替わりに病室を出た。
 すると、そこには待ち構えていたかのように紗耶が腕を組んで壁に凭れかかっていた。思いっ切り私服の魁人と違って、彼女は学園の制服を着たままだ。
「何でお前がいるんだ?」
 素朴な疑問。紗耶は『別にいいでしょ』と言ってプイっと顔を背ける。被害者の中に親しい知り合いでもいて、お見舞いついでに自分を待っていたのだろうか? ……ありえない。
 とりあえず、このまま立ち話をしても迷惑なので二人並んで病院の外を目指す。
「で? どうだったの、あの子?」
 歩きながら、彼女はそう訊いてきた。被害者が心配だということは間違いではないようだ。
「ああ、明日には退院できるって。呪いに後遺症とかなくてよかったよ」
「巳堂が呪い殺すつもりで蠱を使ってたら助からなかったかもね」
 あたしも含めてだけど、と彼女は魁人にも聞こえない声で付け足した。
「そうだ。まだ聞いてなかったけど、その巳堂はどうなったんだ? やっぱり死んだのか?」
 言うと、紗耶はゆっくり首を横に振った。どうやらあれで生きているらしい。なんとしぶといやつだろう。でも、これで一発と言わず三十発は殴れる。こっちの手が死ぬだろうけど。
 だが、魁人のそんな希望は叶いそうになかった。
「あいつは、あいつを追放した巫蠱術の一族に引き渡したわ。既に九割ほど死んでたけど、残り一割を向こうで処分するんでしょうね」
 巳堂は禁忌を二つも破っていたのだ。その一族とやらも生かしておくことはしないだろう。
 自分の呪術で作り出したものに殺されかけた巳堂。人を呪わば穴二つとはこのことだ。
「そういえば、紗耶は検査入院とかしなくてもよかったのか? 一番強いのを入れられてただろ?」
「フン、あたしを誰だと思ってんのよ。一般ピーポーと一緒にしないでほしいわね」
 まあ確かに、この様子だと全然問題なさそうだ。
「それもそうか。つーか、この病院もよく黙って四十人近くも受け入れたよな。やっぱり生徒会が何かしたのか?」
「あんた、やっぱり何にも知らないのね」
「?」
「いい? 世の中の偉い人にとって、オカルトってのは常識の範囲内なの。風水とか気にする社長ってけっこういるでしょ? この病院もそう。学園と連携を取って、今回みたいなことがあった時のために備えてるのよ。まあ、呪いはすぐに対処できなかったみたいだけど」
 なるほど、だからここは学園から目と鼻の先にあるのか。
 知らなかった裏世界の事情がまた一つ。もう後戻りはできないだろう。
 もっとも、立ち向かうと決めた以上、戻る気はないのだが……。
 鈴瀬の病室は五階だったので、階段を使わずエレベーターで降りる。一階のボタンを押すと扉が閉まり、密室となった空間で魁人と紗耶は二人きり。
「……一つ、確認していい?」
 エレベーター独特の落ちていく違和感を覚え始めた時、気まずくなりかけた空気を壊すように紗耶がそう言ってきた。
 魁人は脳内に疑問符を浮かべて首を捻る。彼女が自分に確認するようなことなどあっただろうか?
「月夜先輩から全部聞いたんだけど……、あたしを『蠱』の呪縛から解放してくれたのって、間違いなくあんたなのよね?」
 紗耶は魁人を見ていない。顔を背け、というより体ごと後ろを向いている。艶やかな黒髪の隙間から覗く耳が、心なしか赤く染まっているように見えた。
「まあ、そうなるな。『悪魔の視力』だっけ? この眼があったからこそなんだけど」
 自分があの後ぶっ倒れたのも、力を使った代償のようなものだと聞いた。魔力を操作するということは、込められている術者の意思を上から書き換えるということで、脳への負担がとんでもないらしい。まだ偏頭痛がするも、一日寝込むだけで済んだのは月夜と紗耶の看病のおかげだろう。一応礼は言ったが、もう一度言うべきかもしれない。
「そ、そうよね。あんたの眼が凄いのよね。今は魔力操作できないみたいだけど」
 そうだ。目が覚めてから月夜たちに実験的な感じで魔眼を試されたが、いつも通り、ただ『見える』だけだった。あの時みたいに思い通りになりそうな感覚はしなかった。
 月夜曰く、あの時のように感情が異常に高ぶっていたり、危機的状況だったりと、特殊な状況下でないと発動しないのではないかとのこと。危機的状況にさせられてまでテストすることは流石になかったが、実際、自分でもそうじゃないかと思っている。
「魔眼は凄い。でも力は使えない。弱いあんたのまま。……それでも」
「?」
 紗耶が妙にもじもじしている。その姿は何か彼女らしくない。トイレにでも行きたいのだろうか、と魁人はベタなことを適当に考えて浮かんできそうだった妄想を排除する。
「あり――」
 紗耶が小声で何か言いかけた時、ピンポーン、とドアホンのような音が鳴る。見ると、回数表示の『1』が点滅していた。静かな音を立てて扉が左右に開く。
「それでも、何だよ?」
 エレベーターを降りる前に問いかけると、彼女は一人さっさと早足で歩き出した。慌てて後を追う魁人。
 自動ドアを潜り、病院の外へと出る。すぐそこは短い階段とスロープになっていた。
「おい、紗耶」
「それでも!」
 階段の前で紗耶は立ち止まると、振り向かず強い口調で、言う。

「礼は言わないわよ!」

「……いや言えよ。ていうかそれ文章繋がってるのか?」
 少しムカっときたが、あまり怒鳴ると偏頭痛が発動してしまう。前にもこんなことがあったような気もするが、まあ、この方が紗耶らしいと言えばそうだろう。
「あーもう! うっさい! ごちゃごちゃ言ってないで行くわよ、魁人」
「そっちから言い出したんだろ? それに行くってどこに――ん?」
 今初めて紗耶に『あんた』ではなく名前を呼ばれたような気が……否、絶対に呼んだ。それはつまり、少しは自分の存在を認めてくれたってことなのだろうか。と――
「いやぁ、何かもうアレだねえ。うん、お熱いってやつ」
 聞き覚えのある男性の声。視線を紗耶からずらすと、階段の下に見知った顔が三人と一匹。
 午後の日差しの下、生徒会魔術師の面々がそこに揃っていた。
 月夜はにこやかに笑いながら手を振り、銀英はニヤニヤとしながら魁人と紗耶を眺め、無表情の葵は子犬リクをぬいぐるみのように抱いている。三人とも、紗耶と同じく制服姿だった。
 日曜でも生徒会は活動しているのだろう。創立者際も近いことだし。
「えーと、先輩たちが何でここに? 誰かのお見舞いですか?」
 とりあえず銀英の冷やかしのような言葉は置いといて魁人は訊いた。そうすると月夜が手を振るのをやめ、
「あははー、違う違う。私たちは魁人くんに用があるのよ」
「俺に?」
 魁人が自分を指差すと、月夜は首を傾げた。
「あれ? 紗耶ちゃんから何も聞いてないの?」
 魁人は紗耶を見る。しかし、彼女は目を合わそうとせず階段を駆け下りていく。仕方なく、魁人も月夜たちの前まで下りていった。
「話はしましたけど、何のことですか?」
 巳堂のことか、魔眼のことか、それとも紗耶がエレベーターで言おうとしたことか……。
「私たちはね、改めて魁人くんを生徒会に誘いに来たの」
 どれも違った。だが一番納得できることだった。
 少し前の魁人なら『お断りします』と即答していただろうが、今回はそうしなかった。
「僕らは諦めないって言っただろう? 簡単に発動できなくとも、『悪魔の視力』なんて力を野放しにはできないからねえ。というか、魁人が入ってくれれば僕の仕事が楽にな――いたたた、痛い痛い葵さん耳引っ張んないで取れるから!?」
「銀、サボるな」
 葵の無表情から放たれる無感情な声は、なかなかに恐怖するものがあった。ついでにリクも吠える。そんな彼らのやり取りはさておき、月夜が説得するように言ってくる。
「今回のことでわかったと思うけど、魁人くんの力は魔力操作じゃなくても役に立つの。寧ろ魔力操作は負担が大きいから使えなくてよかったのかな」
 メイザース学園の生徒会ならこの眼を誰かのために使える。生まれて十五年、何の役にも立たなかったこの眼が、だ。
 前に銀英から聞いた話が本当なら、学費免除に加えて給料も多少出るらしい。丁度、アルバイトを探したいと思っていたところでもある。
「どう、魁人くん? 生徒会に、入ってくれないかな?」
「俺は――」
 自分は魔術の世界から逃げられない。だから立ち向かうと決めた魁人。その答えは――

「生徒会には入りません」

 月夜の笑顔が固まった。銀英と葵の動きも止まる。
「はぁ!? あんた今さら何言ってんのよ!? ここまで来たんだったら空気読んで入りなさいよ!」
 紗耶は振り向いたかと思えば眉を吊り上げて怒鳴ってきた。彼女は反対派だったはずではなかったのか。――ああ、だから言い出せなかったのか。
 唾を飛ばす勢いでまだ何か叫んでいる紗耶は黙殺し、魁人は頬を掻きながら月夜に告げる。
「いや、えっと、生徒会には入りませんけど、協力はするつもりです」
「だったら何で入らないの?」
「ほら、生徒会って表の仕事があるじゃないですか? 俺、流石にそこまでやるつもりはないんで」
 生徒会はあくまで生徒会なのだ。忘れてはならない。
 学費免除は魅力的だが、自分の時間というものが極端に減ってしまうのは御免である。それは彼女たちの姿を見れば一目瞭然。土日はもちろん、夏休みだって削られる。
「いやぁ、わかってるねえ、魁人君。普段の仕事は僕もついサボりたくなっちゃうからねえ」
 銀英が共感するように何度も頷く。紗耶が『馬鹿じゃないの?』というような目をする。
「そんなの片手間でできることじゃない」
「それが僕ら凡人には億劫なのさ」
 銀英が凡人かどうかは知らないが、部活にすら入る気のない魁人にとっては確かに億劫以外の何物でもない。
「魁人くん、本当に入らないの?」
「はい」
 真剣な表情で確認してくる月夜を、魁人はまっすぐに見る。彼女はしばらく魁人の目を見詰めると、にらめっこに負けたように笑った。
「あははー、それじゃあしょうがないか。でも、生徒会魔術師の仕事は手伝ってはくれるんだよね?」
「はい、一応。あ、できれば魔術のことをいろいろと教えてくれると助かります」
 何の知識がないまま、そんなところにいるわけにもいかないだろう。
「うんうん。じゃあ、魁人くんは仮生徒会役員のままってことね。だから生徒会室は自由に使っていいわよ。魔術のことは、そこで手取り足取り教えてあげるね♪」
 天使のような微笑みを浮かべる月夜に、魁人は照れたように頭を掻いた。彼女の言い方が何かアレだった箇所もあるが、ここは気にしない。
 と、何に対してか不服そうな顔をした紗耶が間に割って入り、キッと魁人の顔を睨め上げてくる。そして――
「魔眼の力が使えないあんたはただの雑魚なんだから、足手纏いにならないようあたしが鍛えてあげるわ!」
「は? 鍛えるって――痛あっ!?」
 呆けたような顔をする魁人は弁慶の泣き所――向う脛を爪先で蹴られて悲鳴を上げる。紗耶はそのまま、フン、と鼻から息を吐いて立ち去っていく。向う脛を両手で押さえて蹲る魁人は、何なんだよ、と揺れる黒髪を涙目で睨みつけた。
そこへ、先輩たちが気の毒そうに言葉をかけてくる。
「おやおや、紗耶先生による愛と炎のトレーニング開始ですかねえ。こりゃ魁人も大変だ」
「魁人、死ぬかも」
「あははー、魁人くん頑張ってね」
「ちょっ! 先輩それどういうことですかっ!?」
 急激に不安が込み上げてくる。紗耶が具体的にどう鍛えてくれるのかは知らないが、危険度を示す信号機の色は間違いなく赤色だろう。
 明日からの自分は果して無事でいられるのだろうか。いろんな意味で。

 協力すると言ったことを、今少しだけ後悔する魁人だった。

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