魔術的生徒会

夙多史

二章 人工生命(1)

 フィアの編入は滞りなく完了した。
 朝のHRでクラスメイトに挨拶をした後は、その見た目と『飛び級の留学生』という設定が話題を呼び、休み時間になる度に他のクラスから見物者がやってくる始末だった。
 魁人たちが世話役として介入する隙もない。ただ大まかな学内の説明は誰かが勝手にやってしまったため、そこは正直に助かったと思っている魁人である。
 フィアも最初こそオドオドしていたが、授業が全て終わる頃にはどうにかクラスに馴染みつつあった。
「よーし今からフィアちゃんの歓迎会をやりたいと思うが賛成の奴は挙手! 反対の奴は帰れ!」
 檀上に立った梶川が委員長でもないのに教室中に響く声でそう言った。すぐさまクラスメイトほぼ全員の手が挙がる。
 一年三組は暇人の巣窟だった。
「あ、あのあの、皆さんそこまでしてもらわなくても……ごめんなさいです」
 キョドったフィアはペコペコと頭を下げている。なにに対して謝っているのか魁人にはさっぱりわからない。
「人気者、ですね。フィアさん」
 控え目な声が魁人にかけられた。髪をセミロングに伸ばした大人しそうな女子生徒がそこにいた。名前は鈴瀬明穂すずせあきほ。無論、魁人のクラスメイトだ。
 先の事件で巫蠱術に利用されかけた被害者の一人でもある。当人は記憶を書き換えられているため覚えていないが、どういう理屈か魁人に救われたような感覚が曖昧に残っているらしい。魔術も完全ではないということだろう。
「羽柴くんと神代さんは、その、彼女のことを知ってたのですか?」
 ずっと気になっていたことをようやく訊けた、というほっとした顔を彼女はしていた。
「昨日、生徒会でちょっと顔合わせしたんだよ」
「え? 羽柴くんが、生徒会……?」
 鈴瀬はキョトンと小首を傾げた。そういえば魁人が生徒会庶務になっていることは低知名度だった。書類上だけなので仕方ない。
 その辺りのことを説明しようとしたら魔術師について話さないといけなくなる。どうにかそれらしい嘘を魁人が考えていると――
「そいつ、生徒会に入ったのよ。役職は庶務」
 どこか不機嫌そうにムスッとした紗耶があっさり教えてしまった。魁人はまだ嘘を思いついていないのに、なんの嫌がらせだ。
「どうして生徒会に?」
 案の定、訊かれた。
「いや、その、なんというか…………あ、生徒会長に指名されたんだ。理由はよくわからないけど、やっとけば内申よくなるだろうし。ハハハ」
 入ることになった理由を月夜に押しつけ、入った理由はマイナスな動機ながらも納得できるものを言えた気がする。
「あのあの、魁人さん紗耶さん、皆さんがわたしの歓迎会をしてくれるそうなのですが、ど、どうすればいいでしょうか!?」
 助け舟とばかりにフィアが困惑顔で泣きついてきた。
「フィアは歓迎してもらうと迷惑なのか?」
「そ、そんなことはありませんが……」
「じゃあ素直に歓迎されなよ。みんな乗り気だしさ。紗耶も別にいいだろ?」
「好きにすればいいわ」
 護衛役の紗耶からも許可が下りた。これでもう遠慮する理由はない。フィアはパァと顔を輝かせた。
「わかりました。わたし、精一杯歓迎されてきます!」


 歓迎会は近場の喫茶店で行われることとなった。
 クラスメイトの一人の実家が経営しているそうで、三十人ほどが急に押しかけたのにも関わらず融通を利かせて貸切にしてくれたのだ。
「フィアちゃんの歓迎と、あとついでにオレたち一年三組の親睦も深めるとかそんな感じで――かんぱぁーい!」
「「「かんぱぁーい!!」」」
 梶川の音頭で皆がジュースの注がれたコップを高々と翳す。一気に騒がしくなった店内を、厨房の奥から店を切り盛りしているクラスメイトの両親が微笑ましく見守っていた。
「つーかなんで梶川が仕切ってんだよ?」「うっせ別にいいだろうがよ」「提案者だからじゃない?」「もう委員長代われよ」「親睦はついでかよ! ついでだけど!」「フィアちゃんの住んでた国ってどんなところ?」「えっと、その、なんと言いますか……」「日本語上手だよね。英語もペラペラだったし」「今は風紀委員長の辻先輩と住んでるんだって?」
 梶川をからかったりフィアを質問攻めにしたりと、クラスメイトたちは心の底からパーティを楽しんでいる。まだ入学して間もないとはとても思えない。いいクラスだ。
 と、フィアがペンダントのように首から提げている丸い金属片が目に入った。
 ブラクテアート。
 応急的にホムンクルスのフラスコに似た環境を生み出すルーンが月夜によって刻まれている。聞いた話だとあと数日、もって一週間しか効果は見込めないらしい。ホムンクルスの衰弱を抑制しているだけなので、新しく作り直しても意味がないそうだ。
「ホムンクルスか……」
 カウンター席の片隅に一人腰掛け、魁人は感慨深く呟いた。こうしてクラスメイトと戯れているフィアを見ていると、普通の人間となにも変わらないように思えてくる。魁人が少し目を凝らせば魔獣に近い魔力回路をしていることが一発でわかるので、彼女がやはり人間ではないことは間違いない。
「ええ!? フィアちゃんの国ってそんなもの食べるの!? 嘘だぁー」
「ほ、本当です。わたしは食べたことないですけど」
「食べたことないんだ」
 フィアは知識だけは豊富に備えている。だからクラスメイトがなにを質問しても、ある程度は答えることができていた。ただ経験がないこともバレてしまっているが、みんなはそんな些細なことは気にしていない様子だった。
「本当の意味で自由になれればいいんだけどな」
 あの笑顔が、あと一週間もない命だとはとても信じられない。月夜から聞かされた時は驚いたが……どうにかできないものだろうか?
「そのために辻一葉が動いてるんでしょ」
 フルーツジュース片手の紗耶が隣に座った。
「あの子を作った錬金術師を見つけて、叩き潰す前に延命させる方法を訊き出す。口には出してないけど、辻一葉はそのつもりでしょうね。向こうもあの子を回収するつもりならいずれ近いうちにぶつかるわ」
「もし、錬金術師がフィアの回収を諦めてたら?」
「その時はどうしようもないわね。他の錬金術師に任せても、あれだけ完成度の高いホムンクルスを普通に生活できるレベルまで回復させられるとは思えない。月夜先輩のルーンよりは断然マシでしょうけど」
 紗耶はフルーツジュースを一口啜り、
「ただまあ、完成度が高いだけに逃げ出されたまま放置するとは考えられないわね。必ずなにか仕掛けてくるはずよ」
 根拠はないが確信はあるという輝きを黒い瞳に宿していた。
 魁人はツナサンドを齧る。
「その錬金術師はなんでホムンクルスなんて作ったんだろうな?」
「あたしに訊かないでくれるかしら。どうせ知識の探求とかそんなんでしょ」
「いいえ、『生命のエリクシル』を製造するためです」
 割り込んできた声に振り向くと、さっきまでみんなにもみくちゃにされていたフィアが少し疲労した様子でそこにいた。よく抜け出せたなと思って魁人は店内を見回すと、なんか梶川を中心に一発芸大会が勃発していた。
「『生命のエリクシル』ですって!?」
 紗耶が驚きに目を大きく見開いて立ち上がった。
「はい。マスターはその材料とするためにわたしたち・・を作ったのです」
「紗耶、なんだその生命のなんちゃらってやつ?」
 聞き慣れない単語に魁人は首を傾げる。
「『生命のエリクシル』――わかりやすく言えば『不老不死の薬』よ。多くの錬金術師が追い求める到達点の一つ。だけど完成させた事例はもちろん、製造方法も未だに謎の代物なのよ。傷や病気を一瞬で完治させるだけの紛い物は研究課程で偶然作れたみたいだけど」
「あの、紗耶さん、マスターは一度完成させてますよ?」
「なんですって?」
 紗耶に睨まれたフィアは「ひぃ」と短い悲鳴を漏らして魁人の背中に隠れた。
「こ、公表してないのです。マスターは自分に『生命のエリクシル』を使ったので、現物がなくて……」
「じゃあ、あなたを作った錬金術師は不死者ってこと?」
「はい」
「そのことを辻一葉は知ってるの?」
「はい」
 紗耶は呆れたような顔をしてカウンター席に座り直した。敵が不死者ということには魁人も驚きを隠せない。一葉はそれを承知でフィアを守るために戦おうとしているのか。
 なんて果敢な人だ。
 敵は死なない。だからこそ、彼女は『殺す』じゃなくて『叩き潰す』と言ったのだろう。
「ちょっと待って、あなたさっき『わたしたち』って――ッ!?」
 その時、紗耶は途中で言葉を切って弾かれたように店内を見回した。彼女の黒い瞳は警戒の色を帯びている。
 魁人も倣って店内を見て――

 その異変に、ようやく気がついた。

「なんだよ、これ」
 あれだけ騒がしかった店内が静かになっていたのだ。クラスメイトたちは全員、床に倒れていたりテーブルに突っ伏していたりと、死んだように動かない。
「おい梶川! 鈴瀬!」
 魁人たちを呼びに来る途中だったのか、一番近くに倒れていた二人に駆け寄り体を揺さ振ってみた。しかし二人が瞼を開くことはなく、一定のリズムで呼吸を繰り返す。
 ――眠ってる?
 意識はないが、死んではいないようで魁人はひとまずほっとした。
「あわわ!? どうなってるんですかコレ!? どうなってるんですかコレ!?」
 フィアがパニックに陥っている。
「魁人、目を使って。なにが見える?」
「あ、ああ」
 紗耶に指示され、魁人は両目に意識を集中させる。魔力を視覚で捉えられる魔眼は、店内に青白い粒子が充満している景色を映し出した。
「なんか青い埃みたいなのが店中に」
「他には?」
 店の中央の床下に、血管状に張り巡らされた魔力が視える。
 アレは――
「魔獣だ!」
 魁人が看破した瞬間、なにかが床を突き破って出現した。
 それは植物の根のような土色をした数本の触手だった。触手は店内を探るようにうねると、一斉に魁人たちへと殺到した。
 が、その触手は全て青い炎によって焼き切られる。
「植物系の魔獣ね。恐らく、花粉かなにかで獲物を眠らせてから捕食するタイプの」
 紗耶は刀身に青い炎を纏った日本刀――蒼炎龍牙を構え、敵を分析する。つまりこの空間を漂っている青白い魔力の粒子は魔獣の花粉で、吸い込むと意識を奪われてしまうのだろう。
 でも、おかしい。
「俺たちは吸ってもなんともないぞ」
「魔力の弱い奴にしか効果ないんでしょ。あたしもあんたも、その子も、魔力量は一般人より断然多いし」
 なるほど、と魁人はとりあえず納得した。
「そんなことより、なんであの魔獣は眠らせた得物を狙わず、真っ先にあたしらを襲ったのかが問題よ」
 床に穿たれた穴から次の触手、もとい根が生えてくる。それらは紗耶の言った通り、眠ったクラスメイトには見向きもせず再び魁人たちを狙ってきた。
 いや違う。
 狙われているのは魁人たちではない。
 根が伸びてくる先にいるのは――フィアだ。
「わ、わたしが狙われてるんですか!?」
 フィアを捕えようとする根を紗耶がぶった切る。
「錬金術師の仕業か?」
「わからないわ。とにかく早く本体を叩かないと、クラスのみんなが巻き添えを食うわ」
 戦闘をするには店内だと狭過ぎる。加えてクラス一つ分の人数が収容されているとなれば、誰かが絶対に無事じゃ済まない。
 ――どうする? 一人ずつ外に避難させてる余裕なんてないぞ。
「わたしが、狙われてるんですよね?」
 すると、フィアがまるで覚悟を決めたように拳を強く握り締めた。そのまま彼女は踵を返し、店の裏口から外へと飛び出してしまう。
「フィア!?」
「ちょっと、なに勝手に――」
 逃げたフィアを追ったのか、魔獣も姿を消した。床下を移動する魔力がフィアの逃げた方角に向かっている。これでもう間違いなく魔獣の狙いがフィアだと確定した。
「追うわよ!」
「ああ!」
 フィアと魔獣、どっちを追うにしても魁人の魔眼は役に立つ。クラスのみんなも心配だが、悪いが今は放置するしかない。

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