魔術的生徒会

夙多史

二章 人工生命(2)

 フィアは近所にあった廃ビルに逃げ込んだ。
 魔獣は地中を移動している。よって高いところを目指せば追って来られないかもしれない。そう考えて廃ビルの階段を上へ上へと駆け上がる。
 だが、魔獣の行動範囲は地中だけではなかった。
 三階まで登ったところで、コンクリートの床が爆散し、土色の触手が飛び出した。建物に大穴が穿たれる轟音の中、そいつは触手の力で本体を持ち上げる。
 ラフレシアのような不気味で巨大な花を頭部に咲かせた、サボテンのような姿をした魔獣だった。目鼻は見当たらないが、牙の並ぶ口が大きく裂けて存在し、植物のように見えても『獣』であることを象徴している。
 刺すような悪臭がその口から漏れ、フィアは思わず鼻を摘まんだ。
 ――恐くない恐くない恐くない!
 眼前の異形に足が竦みそうになるが、どうにか気丈に堪える。
「わたしだって、戦えるのです!」
 落ちていた鉄パイプを拾い両手持ちで構えた。剣術、棍術、体術。あらゆる武術の知識をフィアは習得している。その知識を使って体を動かすこともできる。
 フィアを捕えんと伸びてきた土色の触手を鉄パイプで殴打。しかし触手は千切れることも止まることもなく、小蝿を払うかのようにあっさりフィアの体を薙ぎ飛ばした。
「あうっ!?」
 床を転がり、壁に背中をしたたか打ちつける。
 わかっていた。知識はあっても、経験がない。筋力がない。技術がない。魔獣が相手ではフィアなど武器を持っただけの赤ん坊に過ぎない。
 手が震える。足に力が入らない。
 立たないと、食べられる。
 魔獣の触手が動かなくなったフィアの体を掴む。そしてその三日月状に裂けた大口へと運んでいき――
 斬!
 触手が断ち斬られた。
「え?」
 一瞬の浮遊感。落下したフィアは痛みに呻く前に触手を斬った存在を視界に入れる。
 魁人と紗耶が助けに来たのだと思った。けれどフィアの目に映る存在は、その二人でもなければ姉と慕う辻一葉でもなかった。
 燃えるように鮮やかな緋色の髪に翡翠色をした瞳。フィアとそっくりの姿をした、フィアより頭一個分ほど背の高い少年だった。
 右手には柄に赤い宝石が埋め込まれた直刃長剣を握り、虚空を見詰めているような意志を感じない翠眼が魔獣を睨みつけている。
「ど、どうして……?」
 少年はフィアを視線だけで一瞥すると、鞭のように振るわれる魔獣の触手を高く跳躍してかわす。そして追撃する無数の触手を長剣の一薙ぎで斬り払い、
「……お前は、邪魔だ」
 静かなソプラノボイスで呟くと、着地と同時に長剣で床を小突いた。
 次の瞬間、コンクリートの床が不自然に歪み、隆起し、分解し、魔獣を組み込むように妙ちくりんなオブジェとして再構築された。
 金切声の悲鳴を上げる魔獣を冷淡に見詰め、少年はもう一度床を長剣で小突く。すると床・壁・天井のあらゆる『面』からコンクリートの槍が伸び、魔獣を一瞬で串刺しにした。
 絶命した魔獣が霧散する様子を背景に、少年はフィアへと歩み寄る。
「どうして……」
 フィアは痛む体に鞭打って起き上がり、キッ! と少年を睥睨する。
「どうしてあなたがここにいるのですか! ドライ!」
四号フィアを迎えに来た。帰ろう、マスターの下へ」
 ドライと呼ばれた少年は淡々と答え、フィアに手を差し伸ばす。フィアはその手を取らない。
「嫌です。わたしは、帰りません」
 強い意志を緑色の瞳に込めてフィアは反発する。ドライはどこか寂しそうに目を細め、諌めるように言う。
「このままだと、フィアは死ぬよ?」
「それはドライも同じです。同じホムンクルスなのですから。だからわたしなんて放ってドライだけ帰ってください」
「ぼくは大丈夫。マスターからこの剣を借りてるから」
 そう言って右手の長剣を軽々と持ち上げてみせる。
「……それ、アゾットですね」
 ドライはコクリと頷いた。アゾット剣。中世の錬金術師――パラケルススが所有していたとされる剣である。柄に組み込まれた赤い宝石は『賢者の石』だが、ドライが持つアゾット剣についているものはマスターが作った本物に近いレプリカだろう。
 だが、たとえレプリカでもホムンクルス一体の命を支えるには充分である。
 アレを奪えば、と思うも、今し方魔獣を消滅させたようにドライはフィアと違って戦闘に特化されている。奪い取ることは不可能だ。
「とにかく、わたしは帰りません。帰っても『生命のエリクシル』の材料にされるだけですから」
「だからぼくらは魔獣に狙われやすい。残っても他人に迷惑をかけるだけ」
「それは……」
「なにをしているの!」
 その時、階段の方から怒号が響いた。
 見れば蒼い炎を刀身纏う日本刀を携えた少女と、その後ろで息を切らしている少年がいた。
「紗耶さん! 魁人さん!」
 駆けつけてくれた二人の名を呼ぶ。ドライが感情のない瞳で二人の方を見る。
「……面倒」
 呟くドライの顔を見て、魁人がぎょっとした。
「なっ、同じ顔……あいつもホムンクルスか?」
「なんだかわかんないけど、あの子が嫌がってるってことは敵よ。例の錬金術師の手先ってとこね」
 言うや否や、紗耶は蒼炎纏う日本刀を構えて跳躍した。ドライは応戦するかと思いきや、アゾット剣をその場で一閃する。
 瞬間、目を開けてられないほどの凄まじい風が室内に吹き荒れた。
「……フィア、また迎えに来る」
 その言葉だけを残し、風が止んだ時にはドライの姿は影も形もなくなっていた。
「逃げた……?」
 魁人が周辺を見渡すが、灰色の壁とコンクリートのオブジェがあるだけで消えた少年を見つけることはできなかった。
「フィア、大丈夫か?」
 ドライが完全に逃走したと判断したらしい魁人がフィアに駆け寄ってくる。
「はい、わたしなら大丈夫です」
「ちょっと、怪我してるじゃない! どこが大丈夫なのよ!」
 紗耶がフィアの体を支える。それから制服のスカートのポケットから何枚かの護符を取り出した。
「治癒術はあんまり得意じゃないけど、応急手当くらいはできるわ。魁人、あんたは月夜先輩に連絡!」
「あ、ああ」
 魁人は月夜詩奈に連絡するため携帯電話を操作する。それからフィアと応急手当をする紗耶を見詰めて安堵の息をつき、ぽつりと呟いた。
「俺ら、辻先輩に殺されなきゃいいけど……」

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