魔術的生徒会

夙多史

二章 人工生命(3)

 薄暗い灰色の廊下が迷路のような複雑さで絡み合っている。壁にはスライド式の扉が均等に配置され、通路のあちこちに放置された三段重ねの台車には妙な液体の入った瓶やら点滴器具やらが乱雑に乗せられていた。
 薬品独特の臭いが鼻につく。
 その悪臭に顔を顰めながら、辻一葉は物陰に隠れながら慎重に奥を目指していた。
 市街地の一画にそびえる病院施設――その地下である。
(……妙だな)
 地上の病棟はけっこうな数の人々が診察や見舞いで訪れていた。だが、地下に降りてみれば一気に静寂が支配する。人の気配は全く感じられないし、セキュリティも恐らく働いていないだろう。
 地下へ続く階段は封鎖されていたが、あくまで一般人避けで関係者は立ち入れるようになっていた。なのにこの廃墟っぷりはどういうことだろう。
「葵君、本当にここなのか?」
 一葉は声を最小限まで潜めて、御門銀英から渡された通信用の護符に話しかける。すると護符が蛍火のように淡く儚げに輝いた。
『……うん、ここにフィアの匂いが残ってる』
 抑揚の薄い少女の声が護符から返ってきた。メイザース学園生徒会会計の藤林葵だ。魔獣使いの彼女が従える氷狼は警察犬よりも鼻が利く。ホムンクルスであるフィアが自力で移動できる範囲は限られているため、一葉が彼女を見つけた地点を中心に探ってもらったのだ。
 そして辿り着いたのがこの病院だった。
 地上階はなんの変哲もない総合病院だ。地下は確かに怪しいが、どうにも破棄された感が否めない。
 一葉の目的はフィアを作り出した錬金術師を見つけることだ。ここが本当にフィアのいた場所だとしても、既に蛻の殻では骨折り損となる。
(フィア……)
 赤髪の少女の笑顔が脳裏に浮かび上がる。まだ数日しか寝食を共にしていないが、彼女は今の一葉にとって唯一と言っていい『家族』となっていた。
 辻一葉は退魔師『辻家』の長女として生を受けた。物心つく以前から既に退魔師として教育されて育った一葉は、辻家の中でも三本の指に入るほどの実力を身につけた。
 合理主義の辻家は自分たちに利があれば魔獣以外をも相手にする。一般世界に関わることこそしないものの、そこには退魔師の枠から明らかにはみ出した暗殺や強奪といった仕事も多い。
 故に辻家は他の退魔師からは異物を見るような目を向けられてしまう。しかし一葉も他の辻家の人間と同様に、同業者からの冷めた視線なんてどうでもよかった。
 妹が誘拐され、殺害されたあの日までは。
 犯人は辻家が潰した魔獣とは一切関係のない魔術結社の残党だった。
 宗主の首と引き換え、それが犯人の要求だった。だが辻家の総意は『釣り合わない』となり、要求を突っぱねた。妹は一葉とは違い退魔師の才能に恵まれなかったからだ。たとえ恵まれていたとしても要求通り宗主を差し出すなど論外である。
 要求を呑まないことは一葉も賛成だったが、最終的な辻家の総意は一葉を戦慄させた。
 残党がいたことは辻家の失態であるためきっちり狩る。そこはわかる。しかし妹を救出するための手加減はしない。つまり結果的に助かるならいいが、人質を楯にしてきたら人質ごと貫く、という方針だけは納得できなかった。
 馬鹿げている。
 この時初めて一葉は辻家に反発した。可愛がっていた妹を見殺しにして敵を討てと命じられて、機械のように頷くことはできなかった。
 一葉は自分一人だけでも妹を救うことを優先して動いた。
 だがしかし、助けられなかった。妹は追い詰められた犯人と心中する羽目になってしまった。最悪だ。
 悔しかった。苦しかった。悲しかった。
 そして、辻家が憎かった。いや辻家が救出を優先させたとしても結果は変わらなかっただろうが、それでも『見捨てる』選択をした一族が許せなかった。
 だから一葉は家を出た。反対はされたが、次期宗主には兄がなることになっていたため強引に押し切れた。
 メイザース学園に転入し、那縁なより市で一人暮らしを始め、月夜詩奈という親友もできた。今までいた家がどれだけ息苦しくて冷たい場所だったのか思い知れた。
 それっきり辻家には顔を出さなかった。父が他界し兄が正式に宗主となった先日だけである。一葉が辻家を変えたいと思ったこともあったが、それは兄に任せておけばいい。兄も妹の死に涙した人だから。
 これで辻家とは完全に決別できる。
 そう思って安心していた時に、フィアと出会った。
 死にかけていた幼い少女と妹が重なって、とても放ってはおけなかった。もちろん全然似てはいないのだが、自分を姉と慕うフィアを本当の妹のように愛するまでそう時間はかからなかった。
 今度は必ず助ける。
 絶対に守る。
 そのために錬金術師を締め上げて、フィアを延命させる方法を訊き出さなければならない。
「葵君は引き続き御門君と外を見張ってくれ」
『……わかった』
 彼女たちの腕は信用しているが、隠密行動は人数が少ないほどいい。よって一葉は一人でこの病院の地下を探索することとなったのだ。
 火災警報器の赤いランプだけが光源の廊下を一葉は目を凝らして進む。地下の入口付近は切れかけの蛍光灯がチカチカして薄暗かったが、奥に進むにつれて闇が濃くなっていく。
 だが暗闇には慣れている。伊達に辻家で暗殺術を培ったわけではない。
 今は地下五階。エレベーターが起動しない上に階段がバラバラの位置にあるため、各フロアを探索するというゲームのような真似をしなければならない。幸いゲームとは違いモンスターとエンカウントはしないし、階段を守護するボスもいない。
「……ん?」
 一葉は微かな違和感に眉を顰めた。
 薬品の臭いが充満する中に、嗅ぎ慣れた人間の血の臭いが微かに混ざっている。
 生臭い。まだ外気に触れてそれほど時間の経っていない血だ。
(ここか……?)
 フロア最奥部に位置する手術室のような扉の前で一葉は立ち止まった。
 恐らくここが錬金術師の研究室ラボだろう。一葉は直感的にそう確信した。
 慎重に辺りを見回す。誰もいない。
 緊張を生唾ごと飲み込んで扉に手をかけ、ゆっくりとスライドする。
 瞬間――ぶわっとさっきまで微かだった血の臭いが押し寄せてきた。
「こ、これは……」
 部屋の内観はいかにも研究室然としていた。何台も設置されたコンピュータに、床を埋め尽くすような配線。奥には人間の子供がすっぽり入れそうな培養器が二つ、内部から破裂したかのように撒き散らかったガラス片の中に佇んでいる。
 コンピュータは起動中のようで、その画面にはわけのわからない数字やグラフが羅列されていた。
 錬金術でイメージするファンタジックな研究室というには些か科学的過ぎるが、そんなことはどうでもいい。
 問題は、部屋の一部が赤黒く染まっていたことだ。
 暗いが、何台もあるコンピュータの画面の明かりではっきりと視認できる。
 血だ。
 まるでこの部屋で惨劇でもあったかのように、赤黒い血や肉の塊がそこら中に飛び散っている。一般人が見たら二秒で吐瀉していることだろう。
「ここでなにがあったんだ……?」
 瞠目しつつ、一葉は部屋に一歩足を踏み入れた。
 と――
「ああ、お嬢さん、丁度いいところに来た」
 しゃがれた中年男性の声が部屋の中から響いた。
 一葉は咄嗟に身構えて周囲を確認するが、人間もいなければ人影も見当たらない。
「こっちこっち、目の前だって」
 言われて視線を前に戻し、一葉は絶句した。

 そこにあった長机の上に、男性の生首がごろんと転がっていたからだ。

「誰だか知らないけど、あの糞ジジイとは無関係だろ」
 生首の唇が動き、目が瞬きをする。
 生きている。
 そういう魔獣かと思ったが、違う。これは人間だ。
 不死者。
 ということはつまり――
「だったら悪いんだけど、あっちの机の影で倒れてる俺の体に首くっつけてくんない?」
 そう言って、錬金術師の生首はニコッと笑った。

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