魔術的生徒会

夙多史

二章 人工生命(4)

「ルシウス・ボンバストゥス」
 辻一葉が捕縛した錬金術師はそう名乗った。
「ボンバストゥス……あなた、『パラケルススの系譜』ね」
 生徒会長の執務机に座る月夜が難しい顔で言う。パラケルススとはルネサンス初期の錬金術師の名だ。本名ではなく、『古代ローマの高名な医者・ケルススを凌ぐ』という意味を込めた自称らしい。彼は本来医者だが、錬金術師として『ホムンクルスを成功させた』『賢者の石を所持している』などといった伝説がある。
 ルーン魔術により強化された紐で両手を縛りつけられた眼前の男は、そのパラケルススを原点に置く錬金術師ということだ。
「その通り。お嬢さんよく知ってるね。ホムンクルスも『賢者の石ラピス・フィロソフォルム』も俺たち『パラケルススの系譜』にのみ伝えられた製造の秘術さ。もっとも、そのあまりの難度にホムンクルスはともかく『賢者の石』を完璧に再現できた奴はいねぇけどな」
 捕縛された身だというのに、ルシウスは軽薄に笑いながら言葉を紡ぐ。不死者としての絶対的な余裕だろうか。
「それはそうと、貴様はなぜあのような姿で転がっていた?」
 一葉が問う。ルシウス・ボンバストゥスは首と胴体が分離した状態で発見されたらしい。その話だけで彼が不死者だということは証明されたようなものだ。
「ああ、タヌキジジイ――あの病院の院長がな、ホムンクルスが一体逃げたから『生命のエリクシル』はもう作れないかもしれないねって冗談言っただけでやりやがったのよ。まったく、不死者だからってなにやってもいいわけじゃねぇんだぞ」
 忌々しげに舌打ちしたルイオス。
「……マスター」
 一葉の背中に隠れるようにしていたフィアは、そんな主人の有様を見て複雑そうに眉をハの字にしていた。
四号フィア、外の世界は楽しいかい?」
「えっと、はい……」
「ほほう、それは結構なことだ。ふむ、三号ドライにはそういう感情が芽生えなかったから実に興味深い」
 かっかと快活に笑うルシウス。本当に緊張感がない。だから逆に、その様子を見ている魁人や紗耶の方が警戒心を強めていた。
「辻先輩、本当にこの人が極悪非道な錬金術師なんですか?」
 正直、魁人にはそこまで悪い人には見えなかった。
「フィアがマスターと言ったのだから間違いないだろう。確かに、聞いていたイメージとは少々違うようだが」
 そう言って一葉はフィアに視線を向ける。フィアは慌てたように、
「ほ、本当です! わたしの中にある知識だと、マスターは子供を何人も攫って実験動物にしていたのです!」
「ああ、そうか。技術・疑似経験を優先して詰め込んだ三号と違って、四号には俺の知識もちょっとばかしインプットしたからなぁ。いらない記憶も一緒に流れたようだ」
 自分がなぜ手酷く捕まったのかようやく納得できた、ルシオスはそんな顔をしていた。
「では、そういう非道な実験をやっているということだな?」
「いんや、やってない。一世紀くらい前はそういうこともやってたが、今はそんな目立つことできねぇ世の中じゃん?」
 一葉の鋭い睥睨もルイオスは飄々と受け流す。
「今は病院関係のお偉いさんと取引して、死産だった赤子を使って実験している」
「なっ!?」
 絶句したのは魁人だ。死んだ赤子を使って実験。その倫理を無視した悍ましさに憤りすら感じた。
「そう睨んでくれるな、少年。そこにいる四号だって元は赤子の死体だ」
「「「――ッ!?」」」
 これには生徒会室にいるほぼ全員が驚愕した。
「ちょっと待ちなさい! じゃあ、あんたは死体を蘇らせたっていうの!?」
「死者蘇生……流石にそいつは『賢者の石』より実現不可能な気がするねぇ」
 声を荒げて詰問する紗耶に、胡散臭そうに目を細める銀英。葵は無表情をどこか険しくし、月夜は驚きのあまり口元に手を当てている。
「まさか。それは神の領域だよ。俺は死体という器に人工の魂を入れただけに過ぎない。ホムンクルス製造にはいくつか方法があるが、ボンバストゥスに伝わる技術はそれさ。フラスコにいる限り肉体と魂が乖離することはないが、外の世界だと保って三日だろうね」
 ルーン術師のお嬢さんのおかげで少し延びてるみたいだけど、と付け足してルイオスはにやりと笑う。自分の研究成果に他人が驚く様子を見て楽しんでいる笑みだった。
「フィアを、外の世界で普通に暮らせるようにはできないのか?」
 一葉の凛とした声に一抹の不安が含まれた。
「できないこともない、とだけ言いたいが、そっちのお嬢さんには首ちょんぱされて動けなかったところを助けてもらったしね。どうしようかなぁ?」
「『賢者の石』……それがたとえレプリカでも、所持しているだけでホムンクルスの肉体と魂を繋ぎ止めることができます」
 勿体つけるルイオスに、フィアがキッと眉根を吊り上げて言い放った。
「そして、マスターはレプリカを持っています」
「ありゃりゃ、答え言っちゃったよ」
 ルイオスは苦笑した。その様子からして別に隠すほどのことでもなかったのかもしれないが……一葉の纏う空気が素人の魁人にもわかるほど張り詰めた。
「出せ。今持っていなければどこにあるのか言え。さもなければバラした五体を別々のドラム缶に詰めてコンクリートを流した上で海底に沈めてやる」
 肌がピリピリするほどの殺気を放つ一葉にその場の全員が言葉を失った。そこまでしても不死者のルイオスは死なないだろうが、だからこそ永久の苦しみを味わうことになる。
 対するルイオスは片頬に冷や汗を伝わせ、
「……嫌だね。アレは俺も一個しか持っていない。ホムンクルスの延命だけに使うなんて勿体ないってもんよ。だから――」
 ガシャアアアアアンッ!! と。
 生徒会室の窓が砕かれ、赤毛の少年が飛び込んできた。
「きゃあっ!?」
 砕けた窓の破片が散弾となって最も近くにいた月夜の背中に浴びせられる。
「月夜先輩!」
「こいつ!」
 魁人は魔眼を起動させ、紗耶が蒼炎龍牙を左手から抜く。
「おい、ウチの会長になにしてくれてんだ?」
「……戦闘開始」
 銀英と葵も護符と短刀を構える。
 ルイオスを庇うように立つ赤毛の少年は、直刃長剣で牽制しつつ主人を振り向かず告げる。
「マスター、お迎えに参りました」
「ああ、とりあえず、殺気立ってる少年少女がこえーからさっさとここから脱出するぞ」
「御意」
「逃がすと思うか!」
 金気を無数のナイフに変えて一斉射出する一葉だったが、それがルイオスたちに刺さる前に生徒会室の床が不自然に隆起。全ての刃を受け止める壁となった。
「マスター、四号は?」
「今は放置しておく。少し様子を見たくなった」
 いつの間にか拘束していた紐を解いたルイオスが、黒コートの内側からなにかを取り出し、投げた。
 それは煙草のケースのように見えたが――次の瞬間、強烈な閃光と熱波と轟音を放って爆発した。

『パラケルススの系譜』たる錬金術師は、情け容赦なく生徒会室を吹き飛ばして脱出した。

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