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竜装の魔巧技師

夙多史

Episode4-2 組織

 ラザリュス魔道学園。
 時計塔の最上階――より更に上に備えられた隠し部屋。
 シュゼット・クーベルタンに竜装の刃を依頼した翌日も、ジークは最新鋭の設備が施された工房となっているそこで作業を行っていた。
 無数の配線が繋がれ、魔法印が刻まれた作業台には縦を半分に分けられた棒状の物体が置かれてある。中身は複雑な機械やコードがぎっしりと詰められていた。ジークはそれらを慎重に加工し、接合し、組み立てていく。
 非常に近づきがたい空気を纏っているジークであるが、そこに小柄で無表情な少女――フリジット・グレイヴィアがそっと寄り添った。
「……ジーク、これ、風圧効果トランジスタ二十個。風亜竜ウィンドドレイクの牙で作ってきた」
「おお、よくできてるな。この品質なら使える。柄の先と中央と尻に二つずつ設置してくれ。余った分はそこに置いといてくれたらいい」
「……魔力増幅器が三箇所も?」
「竜核は元が強烈だからな。段階的にブーストをかけることで負担を減らしている」
「……出力がマジカルコレクタとは違う? オンオフがあるのにプルアップされていない」
「いいや、基本は同じだ。今回は風属性になるからな。レジスタ代わりに風魔石を使うことで外部からの魔力誘導を抑えられる。属性一致だから魔力圧のレベル変動も容易だ」
「……なるほど、勉強になる」
「あんたたちがなに言ってんのか全然わかんないんだけど!?」
 物静かだった室内で堪らずといった様子で叫んだのは、ジークたちの作業を後ろで見学していた赤髪少女――アリスフィーナ・フランヴェリエだった。
 フリジットは感情の薄い目をそちらに向けると、片手を口元に持っていく。
「……ぷっ」
「今笑ったわね!? ついていけないわたしを馬鹿にして嘲笑ったわね!? しょうがないでしょ!? わたしはあんたたちみたいな魔巧脳じゃないのよ!?」
「……アリスフィーナ、魔巧具製作は精密作業。大声はよくない」
「ならツッコませるようなことするんじゃないわよ!?」
 邪魔になるからと作業台周辺には入れてもらえなかったアリスフィーナは手持ち無沙汰加減がそろそろ限界のようだった。自分だけは作業に付き合えるフリジットが勝ち誇っている――表情からは窺えないが――ことにも大変ご立腹の様子である。
「安心してください、アリスフィーナ様。わたくしもさっぱりですわ」
 アリスフィーナの隣で、やはり手伝うことのできない金髪の学生会長――アルテミシア・ド・シュレッサーも苦笑して肩を落とした。
「ところでジーク様、竜核はいつ使われるのでしょう?」
 アルテミシアはジークが作業の手を止めたところを見計らって質問する。フリジットとは違い単なる好奇心のようだが、彼女も彼女で竜核の加工技術には興味があるようだ。
「最後だ。竜核を加工して組み込む工程は器となる魔巧具が完成してからになる。そこまでは普通の魔巧具製作と変わりはない」
「……でも、ジークの技術は斬新。見てるだけで面白い」
 普段は無表情なのに製作を見ている時だけ青い目をキラッキラさせているフリジットに、ジークは溜息をついて釘を刺す。
「フリジット、言っておくが竜核の加工は見せないからな」
「……ケチ」
 フリジットは小さく頬を膨らますが、そこだけは徹底させてもらう。ドラグランジュの秘奥を外部に漏らすわけにはいかないのだ。
「うん、全っ然わかんないわ」
 アリスフィーナは理解することをとうに諦めてパンの耳を齧り始めていた。精密作業だと言っているのに室内で飲食はやめてもらいたい。もし作業台の傍だったらジークは容赦なく蹴り出していただろう。
 と、厳重に閉ざされているはずの大扉が機械仕掛けな音を立てて開いた。
「やあやあ、やってるね」
 軽薄な声と共にやってきたのは眼鏡をかけた壮年の男と、ショートヘアの毅然とした美女だった。
「お疲れ様です、ジーク様」
 軽く会釈をする美女はクレール・キャスパー。六大貴族シュレッサー家に仕える封印魔道学を専攻している教師である。竜核の封印も彼女が担当している。
「どうだい? 製作は順調かな?」
 眼鏡のブリッジを押さえて思わず殴りたくなるような笑みを浮かべるヴィクトラン・ド・シュレッサーの確認に、ジークは不敬にも作業を再開しつつ――
「刃部分の発注も滞りはなかったし、元々採取する予定だった風の魔力資源も大量に入手した。順調と言えば順調だな」
 大貴族で学園長で雇い主だが、ジークにこの男を敬うつもりは全くなかった。ヴィクトランも旧知なだけあって不快にも思わずいつもの笑みを一層深める。
「ほうほう、もしかして今日中にできちゃったりする?」
「アホぬかせ。刃が届かないことにはこうして柄部分の魔力回路を構築することしかできん。設計書は〈ゲイレルル〉をサンプルに一晩で仕上げたが、開発はどう見積もっても月単位の期間が必要だ」
「だよねぇ。刃もクーベルタンに依頼したのなら彼女が納得いくものを仕上げるまで何度も打ち直すだろうし……まあ、こればっかりは仕方がない」
 予想はしていたのだろう、ヴィクトランはやれやれと肩を竦めた。だが、そこにジークは違和感を覚える。竜装が一朝一夕で作れないことはわかり切っていることだ。それをわざわざ訊ねるのは少々、いや、かなりおかしい。
「急いでいるのはわかるが、なにをそこまで焦っている?」
「ちょっと問題が発生してね、しばらく作業が進まないのなら、数日ほどこの部屋ごと完全に封印させてもらいたいんだ」
「なんだと?」
 ジークは製作の手を止めた。それはつまり、今できる作業も中断するということだ。竜装製作は竜核が安置されているこの部屋でなければ行えないのだから。
「お父様、なにかあったのですか?」
「クレールくん」
 娘のアルテミシアが眉を顰めると、ヴィクトランは面倒そうに眼鏡の位置を直してから隣のクレールに説明を振った。
「昨夜、〈ベオウルフ〉が妙な動きを見せました」
「なっ!?」
 アルテミシアが驚愕に目を見開く。ジークもそれだけで大体の事情を察した。目を細め、無言でクレールに説明の続きを促す。
「彼らはルサージュ近郊に集結し、なにかを企てているようです。恐らくは竜核の奪取かと思われます。シュレッサー家を相手にすれば今度こそ壊滅することは自明なはずですが」
 言葉こそ不可解そうに告げているが、理解できない、といった様子ではなかった。もっともそれは説明しているクレールとシュレッサー家の二人だけであり、
「なにその〈べあうるふ〉って?」
 事情をさっぱり呑み込めていないアリスフィーナは小首を傾げていた。
「……〈ベオウルフ〉。この辺りの地域で活動してる中規模猟兵団のこと」
 意外にもフリジットが答えた。
「あんた、よく知ってるわね?」
「……ある程度の猟兵団なら名前と分布くらい貴族の常識」
「没落してて悪かったわね!?」
 フリーの猟兵団には山賊紛いの連中も多い。民を護る義務のある貴族は彼らのような危険な存在を放置するわけにはいかず、かといって無暗に放逐するわけにもいかない。有事の際は貴重な戦力になるし、なにより猟兵団によってはこちらもタダでは済まなくなるからだ。故に逐一状況を監視しているらしい。
「おいメガネ、やはりそいつらは」
「ああ、彼らは組織の手駒だよ」
 ヴィクトランの言葉でジークは確信した。柄にもなく拳を握ってしまうほどに精神が乱れる。怒りや恐怖ではない。長年追い求めていたモノが手の届く距離にある。その喜びに唇が斜に歪んだ。
「組織? 手駒?」
「……ジーク、私たちにもわかりやすく」
 この件に関しては部外者になる二人が説明を求めてきた。ジークはヴィクトランと目配せし、視線で「任せる」と言われて息を長く吐く。
「知らない方がいいんだが……まあ、ここまで関わってちゃ教えない方が危険か」
 諦め、ジークはアリスフィーナとフリジットに視線を向けた。
「なぜここに竜核が隠されているか、覚えているな?」
 二人はジークの手伝いというアルバイトをすることになった時、ヴィクトランからざっくり説明は受けているはずだ。
「緑の始祖竜が誰かに襲われたんだっけ?」
「……その襲った連中が〈ベオウルフ〉?」
 察しはいいが、正解かと言えば半分だ。
「だけじゃないよ。もっと上位の猟兵団もいくつもいたし、なによりそれらを雇っている組織の兵隊が強かった。数は少なかったけどねぇ」
「組織って……もしかして、わたしの、フランヴェリエ家を襲った人たち?」
 アリスフィーナが気づいた。気づいてしまった。今まで疑問は浮かべど所詮は他人事だった彼女が、ようやく表情を真剣にさせる。
「組織についてわかっていることは多くありませんわ」
 同じくらい真剣な顔つきで、アルテミシア。
「始祖竜を殺害しようとしていること。竜装または強力な魔巧具を集めていること。いつくもの猟兵団を子飼いにしていること。そして――」
 彼女はそこで一度言葉を区切り、静かな苛立ちを声に込める。
「彼らは自分たちの組織を〈星幽魔道会アストラル・ソーサリア〉と呼んでいることですわ」
 始祖竜狩りを行う組織――〈星幽魔道会アストラル・ソーサリア〉。
 この名前を、ジークは十年前から一時たりとも忘れてはいない。
「目的も不明、トップも不明、総戦力がどのくらいかもわからない。赤の始祖竜を殺し損ねた時にほぼ壊滅していたようだが、最近になってまた活動を再開しやがったらしい」
「らしいって、ジークは前から知ってたの?」
「知ってるもなにも、俺と親父は奴らを追って旅してたようなもんだ。ちょっとした因縁があってな」
「因縁と仰るならばわたくしにもありますわ。彼らは、お母様の仇ですの」
「それならわたしだってそうよ! あいつらのせいでフランヴェリエは没落したし、クリム姉様もいなくなったのよ!」
「……青の始祖竜もいつ襲われるかわからない。グレイヴィア家も無関係ではいられない」
 この場にいる全員が大貴族か元大貴族、もしくはそれに関わる人間だ。無関係な者などいるはずがなかった。
 まとめると、猟兵団〈ベアウルフ〉が動くということは、バックに組織が絡んでいる可能性が高いということだ。
「そういうわけで、問題が片づくまで竜装製作は中断。念には念を入れて竜核を厳重に封印したいのだけれど」
「わかった。俺に異論はない。どの道、しばらくたいしたことはできないんだ」
「そうね。竜核は守らないといけないわ。わたしも――」
 頷きかけたアリスフィーナだったが、ふと、なにかを思い出したかのようにハッとした。
「ちょっと待って! じゃあ、このアルバイトは?」
「当然、再開するまでお休みになるねぇ」
「お給料は?」
「出るわけがないよね」
 雇い主ヴィクトランにハッキリと告げられたその瞬間、アリスフィーナがフリーズした。開いた口が塞がらず、瞬きすらしない。
「……」
「えっと、アリスフィーナ様、お顔が真っ青ですわよ?」
「……息、してる?」
 心配になったらしいアルテミシアとフリジットが顔を覗き込むと、アリスフィーナは魔力資源を交換した古い魔巧機械のように飛び跳ねて稼働した。
「た、大変……アルバイト、探さないと!?」
 曖昧な敵より、目の前の死活問題だった。

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