竜装の魔巧技師

夙多史

Episode4-1 猟兵団〈ベオウルフ〉

 学術都市ルサージュの郊外にある廃墟に数十人の怪しい人間が集まっていた。
 そのほとんどが革鎧や兜で軽装している。兵士というよりは野盗や山賊といった統一性のない風貌だ。しかしただのチンピラではないことは、彼らが纏っている刃物のような鋭い気配から明らかだろう。
 一人一人が歴戦の戦士を思わせる――戦意や殺気。
 そんな彼らの中心にはさらに異質な連中がいた。
 漆黒のローブを纏い、フードを目深に被った、恐らくは魔道師。そして彼らを束ねる位置に立つ、竜の仮面を被ったアッシュブロンドの青年だ。
「猟兵団〈ベオウルフ〉――総勢二十六名。集合いたしました」
「ご苦労」
 部下の黒ローブからの報告に仮面の青年は鷹揚に頷いた。
 猟兵団〈ベオウルフ〉。
 ルサージュ近郊に根城を持ち、彼らの命令でシュレッサー家を見張らせていた猟兵団だ。『組織』が子飼いにしている猟兵団のランクでは中の下といった程度だが、手駒として使うだけなら充分だろう。
「急に呼び出しやがって……俺たちに今度はなにをさせようってんだ?」
 猟兵団のリーダー格の男が怪訝そうに睨んでくる。仮面の青年は今晩のおかずを聞かれたような涼し気な態度で答えた。
「テロだ。ルサージュに攻め込む」
 瞬間、周囲があからさまにざわついた。とはいえ動揺しているのは猟兵団だけであり、仮面の青年の部下たちは身じろぎ一つしていない。
「あんた正気か!? 見張るくらいならいいが、いくらなんでもシュレッサーの兵と正面からガチでぶつかるとなりゃ今度こそ壊滅しちまうよ!?」
 猟兵団〈ベオウルフ〉は緑の始祖竜を狩り立てる作戦で団員の半数以上を失っている。緑の始祖竜に蹴散らされたのではない。どちらかと言えば後方支援だった彼らは、始祖竜を守るために出陣してきたシュレッサー家の軍勢とぶつかったのだ。
 だからこそ、彼らに『戦力』としての期待などしていない。
「必ずしもシュレッサー家と戦闘する必要はない。メインとしてぶつけるのは貴様らではないからな」
「ああ?」
「貴様らには街中に『仕掛け』を設置してもらう。そしてその仕掛けがもたらす混乱に乗じて学園に忍び込み、竜核を奪え」
「竜核を……俺らが?」
 本物の竜核を目の当たりにしたことがあるからか、リーダー格の男は冷や汗を掻いて顔を引き攣らせた。生身の人間だと竜核に触れようとするだけで消し飛ぶのだ。
 だがそれ以上に、『竜核の回収』という任務は大役だ。
「先日の失敗を取り戻す好機だと思え」
「ふ、ふざけんな!? ありゃあんたらの采配ミスだろうが!? あそこで風の竜装を持った女が出てきたせいで俺たちの仲間は半分減ったんだぞ!?」
 唾を飛ばして憤慨の言葉を叩きつけるリーダー格の男に周囲の仲間たちも頷く。全員が殺意すら持って仮面の青年を睥睨する。結果的に風の竜装を持った女――シュレッサー夫人を討ち取ったのが『組織』の人間だったこともあり、その怨恨を向ける対象がこちらになっていることも納得はできる。
 仮面の青年は素直に認めた。
「そうだな。確かに私たちのミスだろう。始祖竜ですらない高位の風竜から作られた疑似竜装程度に半壊するような猟兵団だとは誰も思わなかったのでな」
「「「なんだとゴラァ!?」」」
「よせ!? やめろ!?」
 頭を下げるどころか挑発的に嘲笑さえ浮かべた仮面の青年に激怒した団員たちを、リーダー格の男が慌てて手で制する。彼はリーダー格なだけあって、『組織』がどれほど強大なのかを嫌というほど理解しているのだ。
 逆らえばトカゲの尻尾よりも簡単に切り捨てられて潰されることは目に見えている。
 それでも、リーダー格の男は猟兵団のために苦渋の表情で進言する。
「なあ、仮面の兄ちゃんよ。……ぶっちゃけると、俺たちはあんたたち『組織』とはもう手を切ろうかと思っている。金払いはいいが、始祖竜をぶっ殺して竜核……だったか? んなわけわからんものを奪えって話は命がいくつあっても足りりゃしねえ」
「ほう? それで?」
 仮面の青年が促す。
 リーダー格の男は背中の大剣を引き抜き――

「俺たちが、命を懸けるだけのメリットはあるんだろうな?」

 勢いよく、本当に当てかねない剣速で仮面の男の喉下に突きつけた。
「なるほど、命を懸けるだけのメリット……か。ならば示してやろう」
 パキン、と。
 仮面の青年に突きつけられていた大剣が縦方向に割れた。必然的にそれを握っていたリーダー格の男の手も切り裂かれ、鮮血が夜の空間へと飛び散る。
「ぐぁあああっ!?」
 堪らず大剣を手放したリーダー格の男は切り裂かれた右手を左手で押さえながら、それを見る。
 仮面の男が握っていた、不気味な闇を纏う漆黒の両刃長剣を。
「く、黒い剣……?」
 そして、彼の視線は自然とその背後へとシフトする。
「――ッ!?」
 仮面の青年の背後に出現した、巨大な影。
 リーダー格の男だけでなく、周囲の団員たちもが悲鳴を上げて腰を抜かす。仮面の青年はそんな彼らを満足そうに眺めながら――
「少なくとも、私に従えばここで死ぬことはない。それ以上のメリットなど不要だろう?」
「あ……あ……」
 告げた言葉は果たして彼らの耳に届いただろうか。いや、たとえ聞こえていなくとも、自分たちが命令に従う以外の選択肢がないことは理解できた様子だ。
「思い知れ。『組織』にとって貴様らは所詮使い捨ての駒に過ぎんということを」
 仮面の青年は笑う。
 高らかに、楽しげに。

「さあ、踏み出そうではないか! 我ら〈星幽魔道会アストラル・ソーサリア〉が目指す理想の第一歩を!」

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