竜装の魔巧技師

夙多史

Episode1-2 名剣と竜装

「魔巧技師……?」
 アリスフィーナは眉を顰めた。言葉の意味がわからないからではなく、知っているからこそ出てくる疑問の声だ。
「ただの魔巧技師がどうしてこんな山奥にいるのよ?」
 魔巧技師とは魔獣の角や牙や毛皮、ミスリルやオリハルコンなど魔力を秘めた特殊な鉱石、その他様々な魔力資源を素にして人間社会に便利な『道具』を幅広く開発・生産する技術者のことである。
 冒険家でもなければ、トレージャーハンターでもない。
 こんな人の踏み込むことなど滅多にない山奥にいるはずがない肩書きだ。
 普通ならば。
「決まってんだろ。魔力資源の採集だ」
 ジークが素っ気なく答えて山道を登り始めると、アリスフィーナはますます眉を曇らせながらてくてくとついてくる。
「そんなの普通は傭兵や冒険家に依頼したり、商人から仕入れたりするんじゃないの?」
「魔力資源以外はそうしている。魔巧具の製作に一番重要な部分は自分で取ってくるようにしてるんだ。誰かに頼んで質の悪いもん握らされちゃ堪ったもんじゃない」
 ジークはその辺りに関しては徹底している。魔巧技術を叩き込んでくれた父親の教えでもあるし、一度どうしても自分で動けない時に依頼したら酷い素材を渡されたことがあるからだ。
 危険を冒す以上、それ相応の戦闘力も必要になる。先程のロックリザードごときであれば数十体いたところでジークの敵ではない。
「もしかして、その剣も?」
「ああ、俺が作ったもんだ」
 アリスフィーナはジークの腰に佩いた魔巧剣をマジマジと見詰めた。彼女は素人だろうが、それでも元大貴族の令嬢。この剣がとてつもない業物だと理解できるようだ。
「これをあんたがねぇ。わたしと一つしか違わないくせに……。もしかして、けっこう凄い魔巧技師だったりするの?」
「さあな。てか、俺のことはどうでもいいんだよ。それより――」
 ジークは歩きながら頭一つ半ほど背の低いアリスフィーナをじっと見据える。
「どうしても、ドラゴンの試練に挑む気か?」
「と、当然よ! そのためにわたしはここに来たんだから!」
 アリスフィーナの深紅の瞳には、揺るがない強い意思の光が宿っている。ジークは肩を竦めて溜息を吐いた。
「無理だ帰れ……なんて言っても聞かないよな?」
「わかってるなら止めないでよ。今日のためにわたしは魔道術の特訓も、武術の鍛錬も、勉強だって他の子の何倍もやってきた。ドラゴンの試練をクリアするために竜装・・だって手に入れたんだから!」
 ピクリ、と。
 半分聞き流すつもりだったアリスフィーナの言葉に含まれた単語を、ジークは無視することができなかった。
「竜装だと?」
「そうよ。助けてくれたお礼に見せてあげるわ」
 立ち止まったジークにアリスフィーナは自慢げにそう言うと、白く細い指先で線を引くように宙をなぞった。すると、その部分の空間が陽炎みたいに歪み――
 一振りの長剣が姿を現した。
「魔道術か。伊達に魔道学園の制服着てるわけじゃないみたいだな」
 ジークは少し感心した。自分に所有権のある異空間に物体を収納する魔道術。アリスフィーナは何気なくやってのけたが、これは局地的な空間制御の応用だ。他人の何倍も努力しているのは本当らしい。
「よく見なさい。これが古代の失われた技術で作られた至高の武具――竜装よ。ふふ、さっきの魔獣の時は取り出す暇なくて落とされたけど、これさえあればドラゴンの試練にだって打ち勝てるわ!」
 アリスフィーナは長剣を豪奢な装飾の施された鞘から抜く。銀色の刃は一切の刃こぼれもなく、達人が振るえば岩すら斬り裂けそうなほど研ぎ澄まされていた。
「アリス、それどうやって手に入れた?」
 ジークが値踏みするように剣を見ながら訊ねると、アリスフィーナは半眼になって背中に隠した。
「……譲る気はないわよ?」
「安心しろ。貰う気もない」
 既に自作の魔巧剣を所有するジークが『完成された剣』を欲しがる意味はない。解体すればいい素材になるだろうが、それだけである。
「街で偶然見つけた武器商人から買ったのよ。三十万エルもしたんだから。その武器商人も言っていたわ。『これはドラゴンの牙から鍛えられた名剣だ』ってね」
「なるほど、騙されたんじゃなくてお前が勝手に勘違いしただけか」
「どういう意味よ?」
 勝手に納得するジークにアリスフィーナは疑惑の視線を向けた。

「はっきり言ってやろう。そいつは確かに名剣だが、竜装だと言うならナマクラ以下だ」

「なっ!?」
 驚愕の事実にアリスフィーナの紅い双眸が大きく見開かれた。
「う、嘘つくんじゃないわよ!? あんたになにがわかるの!?」
「わかるさ。俺は魔巧技師だ。竜装ってのはそもそも魔巧武具・・・・なんだよ。そいつはどう見ても普通の剣だ」
「あっ……」
 アリスフィーナもようやくそんな初歩的なことに気がついたようだ。竜装について全くの無知でも、ちょっと調べればわかることである。ドラゴンの試練に固執するあまり、その辺がおろそかになっていたようだ。
「騙されたぁーッ!?」
「いやお前の勘違いだから」
 アリスフィーナの言葉に間違いがなければ、その武器商人は一言も『竜装』だとは言っていない。ドラゴンの部位を素材に使った = 竜装。そう思い込んでしまったのだろう。
 竜装はそんな単純なものではない。
「さては本物の竜装を見たことないな?」
「うっ……。そ、そうよ! 十年前まではフランヴェリエ家にも一本あったらしいけど、賊に盗まれたみたいだし……わたしは一度も見せてもらったことがないのよ」
 拗ねたようにアリスフィーナは愚痴った。唇を尖らせる顔も苛めたくなるほど可愛い。が、ここで追い打ちをかけるほどジークは――
「三十万エルもしたんだっけ? 高い買い物したなぁ」
「……わたしの全財産……」
 鬼畜だった。
「貴重な竜装がたった三十万で売ってるわけがねえだろ。だいたい一介の商人に出回る代物でもないしな」
「うぅ~……」
 仮にも貴族が三十万くらいで泣きそうになっている。ランベール王国は割と豊かな国なので、下手をすると平民にも劣る貧困さだ。
 だが、それでもこのお嬢様は諦めないだろう。竜装だと思い込んでいた剣を見つけたのは本人も言った通り偶然だ。最初からあてになどしていない。
 帰れと言っても聞くわけがない。
 彼女を、この色々抜けている残念なお姫様をみすみす死なせるわけにもいかない。
 だから――仕方ない。

「竜装が欲しいか?」

 ジークは、諦念を含ませた口調で希望の言葉を口にした。
「え……? あんた……まさか、持ってるの!?」
「ああ」
 恐る恐る訊ねるアリスフィーナにジークは首肯する。
「もしかして、その剣?」
「いや、これは亜竜の角と黒曜石と一部ほにゃららをベースに魔力回路を組んだ、ただの魔巧剣だ」
「ほにゃららってなによ?」
「竜装には遠く及ばないさ」
「ほにゃららってなに!?」
 アリスフィーナの質問は企業秘密なのでガン無視を決め込んだ。今はどうでもいいことなので彼女もそれ以上執拗に問い詰めることはしなかった。
「そういえば、それ、あんたの自作だったわね」
 竜装は伝承時代の失われた技術で作られている。故に今の時代では誰も作ることはできない。そういうことになっている。
「俺の持っている竜装はこいつだ」
 ジークは魔巧剣とは別に腰に挿していた『それ』を手に取った。
 黒革のホルスターに収められた、一丁の拳銃である。
「ほれ」
「わっとっと」
 無造作に手渡す。アリスフィーナは一瞬取り落としそうになったものの、どうにか持ち堪えた。
「こ、これが竜装……?」
 少しビクビクしながらアリスフィーナは拳銃をホルスターから抜いた。紅銀に彩られた美しいフォルムのオートマチックハンドガン。不思議と、彼女の小さな掌にもしっくり馴染んでいるように見える。
「魔巧銃は使ったことあるか?」
「フン、馬鹿にしないで。ドラゴンの試練に必要そうなものはいろいろ試したんだから。学園の射撃部に入部してたこともあるわ。三ヶ月で顧問の先生より上手くなったから辞めたけど」
 言うと、アリスフィーナは拳銃を構えてみせる。狙いはどこでもない。強いて言うならば対面の岩山だろうか。
 両手でグリップを握る姿は様になっており、銃身がまったくぶれない。確かに初心者ではなさそうだが……。
 ――問題は、引ける・・・かどうかだ。
 ジークは黙って見守ることにした。
 場が静寂に包まれる。
 セーフティが外され、アリスフィーナの人差し指がゆっくりとトリガーにかかる。
 そして――

 轟ッ!! と。

 アリスフィーナがトリガーを引いた途端、とても拳銃とは思えない轟音と共に深紅に輝く熱光線が迸った。
「きゃあっ!?」
 凄まじい反動でアリスフィーナは吹っ飛ばされ、後ろの岩壁に背中から強かに叩きつけられる。それでもかろうじて意識を失わなかった彼女がどうにか気を取り直して前を見た時、そこには先程までとは違う光景が広がっていた。

 銃口を向けていた対面の岩山の頂上付近が、ごっそりと消失していたのだ。

「へ……?」
 呆けた声。
 なにが起こったのか理解していない顔がそこにあった。
「おーおー、いきなりぶっ放してくれたな。こりゃあ、たぶんしばらく撃てねえぞ」
 ジークは愉快にヘラヘラと笑いながら尻餅をついたままのアリスフィーナに手を差し伸べた。今度はパンツを渡すのではなく、ちゃんと助け起こすために。
「は……はえ……はええ……ほはいえ……」
「大丈夫か? 入れ歯が抜けた婆さんみたいになってるぞ? 驚き過ぎて老けたか?」
「そ、そんなわけないでしょ!?」
 ようやっと歯の根が噛み合ったアリスフィーナは、キッとジークを睨んで服を掴んだ。
「な、なんなのよ今のは!? 説明しなさい!?」
「これが竜装だ。ドラゴンの力を宿した至高の武具。いや、火力だけ見りゃ兵器だな」
 ジークはそうとだけ答え、納得いったようないかないような微妙な表情をするアリスフィーナの手を払った。
「お前はこれからそんな力を持つドラゴンの試練を受けるんだ。この程度でいちいちビビってたら一瞬で死ぬぞ。それとも帰りたくなったか?」
 挑発的に言うと、アリスフィーナは握っていた拳銃を見詰める。
「寧ろ逆よ。これがあればドラゴンの試練をクリアできるわ」
 その声は嬉しそうに弾んでいた。偽物の竜装で落胆していたところに、本物が転がり込んできたのだ。それはもう飛び跳ねたくなるほど嬉しいだろう。紅い瞳がキラッキラと輝いている。
 その輝く紅玉の瞳が今度はジークを捉えた。
「ねえ、これ譲ってくれない? お金は……えっと、今はないけど、絶対に払うから!」
「ふむ、買うとしたらあの剣の千倍は値段が張るが?」
「千びゃいっ!?」
 噛んだ。
「だ、大丈夫よ。わたしが大貴族に戻ればそのくらい……大丈夫……大丈夫なはず……」
 声がどんどん萎んでいく。三十万の千倍――三億ともなると並の貴族でも手が出せないお値段である。竜装はお高いのだ。
「ま、買うとしたらって話だ。タダで譲ってやるよ。俺が持っていても仕方のない代物だ」
「本当!?」
 ジークではあの竜装の引き金を引くことすら・・・・・・できなかったのだ。けれど、それは故障でもなんでもない。そういう仕様になっている。誰も彼もが手にしただけで強大な力を振るえるわけがない。
 ――やはり、没落してもフランヴェリエ。竜装を扱える素質は充分以上だな。
「使える奴に譲ってくれ。それを作る前に依頼人からそう頼まれていたんだ」
「作る、前……?」
 ジークの言葉が普通なら『ありえない』ことを、アリスフィーナは聞き逃さなかった。
「あんた、竜装を作ったって言うの!? 嘘でしょ!? だって、竜装はもうどんな魔巧技師にも作れない――」
「勝手に決めんな。一人くらいいるかもしれないだろ」
 決して表には顔を出さず、ひっそりと技術を継承していた魔巧技師の家系が。
「でも、だって」
「いらないなら返せ」
「いるもん!」
 バッと紅銀の竜装を控え目な胸に抱くアリスフィーナ。子供がお気に入りのオモチャを取られそうになった時のような反応だった。
 すーはー、と息を吸って吐く。
「……この際、あんたが本当に竜装を作れる魔巧技師かどうかは置いておくわ」
 こんな場所では証明することもできない。冷静になった彼女は乱れていた深紅の髪を掻き上げて直し、凛然とした顔で言う。
「でも、流石にタダで貰うわけにはいかないわよ。貴族として、相応の対価を払う必要があるわ。わたしが大貴族に戻ってからになると思うけど、それまで待ってほしい」
「なら、借金的な感じか。トイチな」
「トイチ!?」
 金銭面の話になると途端に崩れる。喜怒哀楽の激しい少女だ。いちいち反応が可愛いのもジークがからかいたくなる要因である。
「冗談だ。だが、そういうことなら一エルたりともまけないが?」
「……いいわよ。どうせ、今日これからドラゴンの試練をクリアして大貴族に戻るんだし」
「契約成立」
 生憎と契約書は持ち合わせていないから口約束になるが、もともとタダで譲るつもりだったから問題ない。それに貴族としてのプライドの高い彼女が破るとも思えなかった。
「契約した以上、支払う前に死なれちゃ困るからな。ちょっとくらい手助けしてやるよ」
「死なないわよ。手助けも不要」
「そうか。だが俺もそのドラゴンに用があるんだ」
「魔力資源の採集ってやつ?」
「ああ」
「竜殺しは犯罪よ?」
「殺せるかよ。いただくのは鱗や角や牙だ」
「ふぅん……まあ、巣に行けばいっぱい落ちてそうだけど……」
「じゃ、そういうことで」
 アリスフィーナがとりあえず納得したところで、ジークは山登りを再開するのだった。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く