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竜装の魔巧技師

夙多史

Episode1-3 ドラゴンの巣

 山頂より少し下ったところに、巨大な生物でも楽々と通れそうなほど大きな横穴が開いていた。
 ジークとアリスフィーナはその入口に立ち、洞窟の奥の暗闇を見詰める。
「はぁ……はぁ……ここがドラゴンの巣ね。や、やっと着いたわ……」
「試練受ける前からなんで死にそうなんだ?」
 中腰になって息を乱すアリスお嬢様にジークは素朴な疑問を訊ねた。
「こんな険しい山道を……魔獣を相手しながら登ったら、こ、こうなるわよ普通。ていうか、なんであんたはそんな大荷物背負ってるのに汗一つ掻いてないの!?」
「鍛え方が違うんだ」
 ジークが背負っている筒状の荷は、アリスフィーナでは持ち上げることすらできない重量である。普通の人間ならこれを担いで山登りするのは自殺行為だろう。
「だいたいその中身はなんなのよ?」
「酒だ」
「は? お酒?」
 疑問符を浮かべるアリスフィーナにそれ以上は答えず、ジークはずかずかと竜の巣穴へと足を踏み込んだ。慌ててアリスフィーナも追ってくる。
 人によって整備された洞窟ではないため、奥へ行けば行くほど暗闇が濃くなる。ジークが取り出した携帯照明の魔巧機具だけでは少々心もとない。とはいえ、元々夜目は利くためジークにとってはこれで充分。足取りに変化はなかった。
「――燦然と輝く偉大なる焔よ」
 後ろから魔道術の詠唱が聞こえた。
 透き通るような綺麗な声音が洞窟内に反響する。と、急激に周囲がオレンジ色の光に照らされた。
「お?」
 闇を払拭したのは、アリスフィーナの傍に浮遊するいくつもの火球だった。彼女を中心に円運動をする火球は、一つ一つがまるで小さな太陽のように見えた。
「便利なもんだな、魔道術は」
「魔巧技師のあんたが言うと皮肉にしか聞こえないわね」
 魔道術には便利なものが多いが、使役するには高度な魔道知識と魔力を制御する力を習得しなければならない。似たようなことを誰でもスイッチ一つででき、且つ量産可能な魔巧具が社会的に普及するのは当然と言える。
「本当に、ドラゴンがいるのかしら?」
 ふと、アリスフィーナが不安そうな声で言ってきた。洞窟内ではドラゴンの気配どころか蝙蝠の一匹たりとも遭遇していない。道中でウザったいほど襲ってきたロックリザードが巣を作っていても不思議はないのに、そういう魔獣も一切現れる様子はなかった。
「いるぞ。ほら、そこに鱗が落ちているだろ」
 ジークが指差す。洞窟の端っこに一見石と見分けがつかないくすんだ色の大きな鱗が落ちていた。岩壁に引っかかって剥がれ落ちたと思われる。
「本当ね。あっちにも、こっちにもいっぱい落ちてるわ!」
 アリスフィーナが鱗を見つける度に声を弾ませる。
「あんた、拾わなくていいの?」
「そんなもん拾ったってしょうがねえよ。鉱石や宝石なんかと違ってな、生物的な魔力資源は時間が経てば経つほど魔力が抜けて質が落ちるんだ。そんな素材を拾ったって魔巧具の外装くらいにしか使えねえよ。……くそっ、大金払って依頼したのに年代物の鱗なんか持ってきやがって冒険家のジョージめ」
「なんの話!?」
「なんでもない。昔の話だ」
 危うく嫌なことを思い出しそうになったジークは気を取り直して歩を進める。
「でもまあ、魔巧具には使えねえけど、普通の武具や魔道薬なんかには最高の素材だしな。商人に売り飛ばせば一枚で数万エルはかたい」
「――ッ!?」
 フッ、と。
 ジークの後ろをついて来ていたオレンジ色の光源が消えた。いや、消えたのではなく、光源の中心にいた少女が立ち止まったのだ。
 後ろを振り向くと、屈んだアリスフィーナがそーっと手を伸ばしてドラゴンの鱗を拾おうとしていた。
「おいアリス、なにやってんだ?」
「ふわぁ!? な、ななななにもしてないわよ!? いっぱい拾って大儲けしようだなんて考えてないんだからね!?」
 ビクン! と肩を跳ねさせたアリスフィーナは顔を真っ赤にしてジークの方へと駆け寄った。紅い瞳の中に金貨がチラついている。貧乏貴族は大変である。
 そんなこんなで洞窟を進んでいくと、やがて開けた場所に出た。
 アリスフィーナの火球でも全体は照らせない広さの空間。天井も高く、見上げると空に穴が穿たれたかのような深闇が広がっている。
「……なにも、いないわね」
 見える範囲をキョロキョロしながらアリスフィーナが言う。ドラゴンの試練を受けに来た彼女は、緊張のせいか表情がどこか硬い。
「いや、ここが寝床のはずだ。あのぐーたらが数年で住処を変えるとも思えない」
 ジークは背負っていた荷物をその辺に置く。既にドラゴンの領域。山に入った時点でジークやアリスフィーナのことは感知されているだろう。
「ぐーたらって、あんたなんでそんなこと」
「お喋りは後だぜ、お嬢様」
 アリスフィーナの疑問を遮り、ジークが魔巧剣の柄に手をかけた瞬間だった。
 ボッ ボッ ボッ。
 突然、大空洞の壁に黄色の炎が灯った。
 ゆらゆらと燃え揺れて空洞内を明るく照らした炎は、ドラゴンの魔力によって生み出されたものだ。一つ一つがただの照明に使われているとは思えないほど莫大な魔力で燃焼している。
 と――

『わしの昼寝を邪魔する愚か者どもはおんしらか』

 一気に明るくなった空洞内にジークたちの目が慣れてきた時、頭上から降りかかるように厳格な声が響いた。
 空洞の最奥、まるで玉座のように岩塊が高く隆起した頂上に、そいつは君臨していた。
 この世のどんな生物よりも巨大な体に、黄金と見間違えそうな美しい黄色の鱗。蝙蝠のような巨翼は畳まれ、丸太のような太い尾の先端は紅葉に近い形をしている。
 頭部から突き出た白い角。
 全てを見透かしているようなアイスブルーの瞳。
 絶対的な存在感を放つドラゴンが、その意識をジークたちに向けている。
「ほら、ちゃんといるじゃねえか」
 ジークはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。獲物を前にした狩人のような自身に溢れた笑みだった。
 逆に――
「黄色のドラゴン……嘘、まさか……?」
 アリスフィーナはドラゴンの姿を見るや、畏怖したように震えて数歩後ずさった。本物を見たことはなくとも、ランベール王国の伝承を少しでも知っていれば嫌でも理解してしまう。
「ああ、そのまさかだ」
 目の前のドラゴンが、どういう存在なのか。

「あいつは黄の始祖竜・・・・・――ランドグリーズだ」


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