竜装の魔巧技師
Episode1-5 始祖竜の試練
「この魔獣の群れを越えて、あそこまで……?」
アリスフィーナは高場に悠然と構えるランドグリーズを見上げた。ロックリザードなどを支配下に置いている黄のドラゴンは、まさに魔獣たちの王と呼べる風格である。
ランベール王国だとドラゴンは聖獣にカテゴライズされているが、そんな区別など関係ないという現実が今アリスフィーナの目の前に広がっている。
「ま、負けるもんですか!」
拳を握り、アリスフィーナはまず手近な岩場へと飛び移った。竜装はまだ抜かない。威力を上手く制御できないアリスフィーナにとってこれは一発逆転の切り札なのだ。
竜装の使い方は道中でジークに教わった。
『こいつは普通の魔巧銃と違ってな、一発の威力は固定じゃない。魔道術と同じで持ち主の魔力制御能力が一発に込められる魔力を増減させるんだ。さっきみたくなにも考えず撃ちゃあ全弾分が一気に放出されてスッカラカンになるのは当然だな』
『魔道術なら得意よ。次はもっと上手く撃ってみせるわ』
『だとしても慣れるには相当時間がかかるぞ。少なくとも今日の実戦には間に合わん。だから最大威力で一発限りだと思った方がいい』
『……それもそうね』
『ほう、意外と冷静だな』
『フランヴェリエ家の未来がかかってる戦いよ? 慣れない武器に根拠のない自信は持てないわ。それより、もし上手く制御できたとしたら最大何発撃てるの?』
『そうだな、持ち主の魔力制御能力にもよるが……最低威力で撃ったとして総弾数は三十から四十発。一発分の自動装填は十秒ってところだが、連射中は働かないし、一撃の威力を高めれば高めるほど次を撃てるようになるまでの時間は長くなる』
『自動装填?』
『竜装ってのは魔力を自分で生み出す機能がついてるんだ。普通の魔巧具は魔力燃料が切れれば取り替えないとダメだが、竜装に限ってはその必要はない』
『なにそれすごい!?』
『まあ、ドラゴンの試練に挑む頃にはある程度回復しているはずだ。せいぜい外さねえようにしっかり狙って使え』
竜装を自分で作成したと言っただけあって、ジークはこの紅い拳銃についてかなり詳しく知っていた。
おかげで開幕からぶっ放すという愚かな真似をしなくて済んだが、竜装を使えば貸してもらった力で勝利したことになる。アリスフィーナのプライド的にはできれば自分の力だけで勝利をもぎ取りたいところなのだ。
本当に最終手段。
だから――
「――灼炎の剣よ、貫け!」
素早く魔道術を詠唱する。アリスフィーナの周囲に展開された六つの小さな魔法陣から剣の形をした炎が射出され、這い上がってきたロックリザード三体を撃ち落した。
炎熱系中級魔道術――〈ブレイズソード〉。
すかさずアリスフィーナは次の足場へと飛び移る。魔獣を倒したかどうかの確認は必要ない。ただ目の前の障害を払い除けて突き進み、黄の始祖竜の下へと辿り着けばいいのだから。
二番目の足場で待ち受けていた土の巨人が拳を振り下ろしてくる。馬小屋ほどもある巨拳。まともに受ければ一撃でぐちゃぐちゃに潰されてしまうだろう。
「くっ」
咄嗟に横に跳んで巨人の拳を回避し、魔道術を詠唱。射出された炎の剣は全て土の巨人に命中したが、巨体故にロックリザードのようには落とせない。
「だったら」
アリスフィーナは宙を指でなぞり、一本の長剣を抜き取る。武器商人から三十万エルで購入した、ドラゴンの牙を素材とした名剣だ。
使える物はなんでも使う。
「――灼熱の加護を我が剣に!」
唱えた瞬間、長剣の剣身に赤い光が帯びた。
炎熱系初級魔道術――〈バーストエンチャント〉。
剣を中段に構え、足下を爆発させたような勢いで疾駆する。土の巨人は二度目の拳を振り下ろしてきたが、アリスフィーナは前進しながら紙一重でかわし――
巨人の足を、灼熱を宿した長剣で斬り落とした。
片足を失い、バランスを崩した土の巨人は足場から真っ逆様に落下する。数瞬後には砕け散るような爆音が空洞内に反響した。
†
そんなアリスフィーナの戦いをジーク・ドラグランジュはただ壁に凭れてなにをするでもなく眺めていた。
「あいつ、意外と戦えてやがる……」
感心混じりに呟く。
ドラゴンに挑む癖にロックリザードに崖から落とされたと聞いた時は呆れたものだったが、これが彼女本来の実力なのだろう。
フランヴェリエ家が得意としていた炎熱系の魔道術にも無駄がない。単独でも戦闘ができるように大技は選択せず、詠唱の短い攻撃魔道術や付加魔道術で隙を見せず戦っている。
竜装なんてなくても、アリスフィーナ・フランヴェリエは強い。
「だが――」
ジークは目を細め、今度は人間大の土人形と奮戦しているアリスフィーナの足下を見る。
「その程度でクリアできるほど試練は甘くねえぞ」
岩塊の中を移動する魔獣の気配をジークの感覚は正確に捉えていた。
†
「きゃあぁあッ!?」
土人形を斬り伏せた途端、アリスフィーナは足下を食い破るようにして現れた巨大なミミズに弾き飛ばされた。
サンドワーム。本来は砂漠などの地中に生息する獰猛な魔獣だ。岩をも食い破る鋭い牙の並んだ大口がアリスフィーナを飲み込まんと迫り来る。
「このっ!」
魔道術で火球を放ってサンドワームの喰らいつきを退けるが、その程度では倒すまではいかない。怒ったような唸りを上げるだけでミミズの魔獣はすぐに起き上がった。
――アレを倒すならもっと威力のある魔道術じゃないと……。
だが、強い術ほど詠唱に時間がかかる。仲間がいれば別だが、単独でそんな術を使おうとすればその間に食い殺されてしまう。
――倒さなくていい。ここは逃げて、別の道から。
「――ッ!?」
ランドグリーズの下へ辿り着くこと優先に行動を開始しようとしたアリスフィーナだが、今の足場から渡れそうな足場の前には別のサンドワームが立ち塞がっていた。
気持ち悪くうねるワームのどれかを倒して突破しなければ先へ進めないのなら――
「やるしかない、か」
アリスフィーナが腰のホルスターに手を伸ばそうとした瞬間、背中に衝撃と強烈な激痛が走った。
「なっ……かはっ……」
吹っ飛び倒れたアリスフィーナが必死に顔を起こして振り返ると、岩肌に擬態していたロックリザードが舌を鞭のように伸ばしていた。
これぞ好機とばかりにサンドワームが一斉に喰らいついてくる。
アリスフィーナはどうにか転がってサンドワームを避け、痛む背中を無視して立ち上がった。
しかし、その時には既に大量の魔獣がアリスフィーナを取り囲んでいた。
絶体絶命。
「あはは……」
思わず笑いが零れた。
『どうした小娘? まさかもう終わりではあるまい? 久々の娯楽なのじゃ、もうちぃとわしを楽しませてみせろ』
ゴール地点から高みの見物を決め込んでいるランドグリーズが煽るように言葉をかける。
『まあ、降参するならそれもよしじゃ。無意味に若い命を散らす必要もなかろう』
続いて情けの言葉。
降参すればアリスフィーナの命は助かる。生きていればまた挑むことだってできるが、死んでしまえばそこまでだ。フランヴェリエ家を再興させる夢は潰えてしまう。
だが。
しかし。
「降参なんてしないわ! このくらいのピンチで音を上げるようじゃ、たぶん一生試練なんてクリアできない!」
『ほう? ではどうするというのじゃ、フランヴェリエの娘よ』
「こうするのよ!」
叫ぶと、アリスフィーナはサンドワームの一体に向かって走り始めた。
無謀に突進するのではない。命を捨てるつもりは毛頭ない。
走りながらアリスフィーナは口を動かす。
「――灼熱の炎。万物を構成する五大元素の一よ」
五体のロックリザードが鞭のような長い舌を伸ばしてくる。アリスフィーナは跳んでかわし、剣で斬り伏せ、なおも口は閉じずに足も止めない。
「――此の願いは正義。其の力は不浄に終焉を齎す烈火なり」
『戦いながら長文詠唱じゃと? なかなか面白いことをする小娘じゃ。じゃが、一瞬でも集中が途切れれば行き場を失った魔力が暴発しておんしが死ぬぞ?』
そんなことはわかっている。だが、周りを囲まれていては一発しか撃てない竜装は使えないのだ。だから多少無茶でも高位魔道術で切り抜けるしかない。
「――滾り、盛り、迸り」
大丈夫。できる。
邪魔な土人形を斬り、大口を開いて突っ込んできたサンドワームを高く飛んでかわす。
「――我が前に蔓延る無明の闇を」
詠唱が完了する。
「――一握も残さず喰らい尽くせ!」
刹那。
アリスフィーナを中心に四つ、赤く煌めく特大の魔法陣が出現した。それらが太陽のように輝きを増すと一斉に灼熱の業火を噴出。アリスフィーナを囲んでいた魔獣たちはおろか、ランドグリーズにまで届くほどの熱量が空洞内で生き物のように暴れ回る。
火口の中にでも転移したかのような熱が支配し、炎に呑まれた魔獣たちは一瞬で消し炭となり崩れる。
炎熱系上級魔道術――〈ブレイジングエンド〉。
『ふん、小娘ごときが上級魔道術を扱うか』
業火がランドグリーズをも呑み込まんと襲い来る。が、黄の始祖竜は慌てることなくゆったりと立ち上がると、竜翼の一羽ばたきで向かってくる炎を難なく消し去った。
『わしの家で火遊びはこれっきりにしてもらいたいものじゃ』
熱を帯びた暴風が荒れる。
空中にいたアリスフィーナは紙切れのように吹き飛ばされるが――
「今、そっちに行くわよ」
既にホルスターから抜いた紅い拳銃を構えていた。
ランドグリーズとは真逆の方向に。
引き金に指をかける。
魔力制御は試さない。全力の一撃を込めて解き放つ。
轟ッ!!
銃口から撃ち放たれた真紅の熱光線が洞窟の壁を綺麗に溶かし貫く。とてつもない反動がアリスフィーナの体を砲弾にでも変えたかのように吹っ飛ばす。
ランドグリーズの方へと。
「きゃああああああああああああああああああッ!?」
アリスフィーナは悲鳴を上げるが、狙いはバッチリだった。このままランドグリーズの下へと飛んで辿り着く。着地の時は……ちょっと、痛いだろうけども。
『その竜装……なるほどのう。懐かしき気配は感じておったが、そこじゃったか』
ランドグリーズがなにやら言っているが、高速飛行中のアリスフィーナにはよく聞こえない。
『無茶苦茶な娘よ。じゃがな、わしは手を出さぬとは言っておらぬぞ?』
「えっ?」
ガシッ、とランドグリーズは前脚でしっかりと地面を掴むと、鎌首をもたげ――
『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』
全てを吹き飛ばすような咆哮を放った。
「!?」
咆哮は衝撃となり飛来するアリスフィーナと衝突する。防御などできず、そのまま威力を相殺される。
「う……そ……」
衝撃が脳を揺さぶり、ぐらりと意識が遠退いていく。
空中で一瞬静止したアリスフィーナは、自然の掟に従って落下する。
下には剣山。朦朧とする意識でも、このまま落ちれば串刺しで即死することは理解できた。
――嫌だ……こんなところで……。
死にたくない。まだ始祖竜に勝っていない。フランヴェリエを再興させて、姉が帰って来る場所を築けていない。
今回の試練は負けでいい。
でも、死ぬのは嫌だ。わがままを言っているかもしれない。でも、アリスフィーナにはまだまだやらないといけないことがある。
――わたしは……い……や……。
剣山が迫る。もう指一本たりとも動かせない。アリスフィーナの意識はほとんど消えかけている。
――……誰……か……。
「ったく、少しは加減しろランドグリーズ」
串刺しになる痛みは感じなかった。
なにか温かいものに抱き寄せられている感覚に、アリスフィーナは僅かに残っていた力で瞼を開く。
「いや、これでも加減してんのか。つーかお前が手を出したら人間一人にはどう考えても無理だろうが」
そこには一緒にここまで登山をした、竜装を譲ってくれた黒衣の青年の顔があった。
「ジーク……」
アリスフィーナを抱えたまま器用に剣山の上に立っているジークは、奮闘を讃えるでもなく淡々と事実だけを告げる。
「試練は失敗。お前の負けだ。悪いが、ここからは俺とバトンタッチしてもらうぞ」
アリスフィーナは高場に悠然と構えるランドグリーズを見上げた。ロックリザードなどを支配下に置いている黄のドラゴンは、まさに魔獣たちの王と呼べる風格である。
ランベール王国だとドラゴンは聖獣にカテゴライズされているが、そんな区別など関係ないという現実が今アリスフィーナの目の前に広がっている。
「ま、負けるもんですか!」
拳を握り、アリスフィーナはまず手近な岩場へと飛び移った。竜装はまだ抜かない。威力を上手く制御できないアリスフィーナにとってこれは一発逆転の切り札なのだ。
竜装の使い方は道中でジークに教わった。
『こいつは普通の魔巧銃と違ってな、一発の威力は固定じゃない。魔道術と同じで持ち主の魔力制御能力が一発に込められる魔力を増減させるんだ。さっきみたくなにも考えず撃ちゃあ全弾分が一気に放出されてスッカラカンになるのは当然だな』
『魔道術なら得意よ。次はもっと上手く撃ってみせるわ』
『だとしても慣れるには相当時間がかかるぞ。少なくとも今日の実戦には間に合わん。だから最大威力で一発限りだと思った方がいい』
『……それもそうね』
『ほう、意外と冷静だな』
『フランヴェリエ家の未来がかかってる戦いよ? 慣れない武器に根拠のない自信は持てないわ。それより、もし上手く制御できたとしたら最大何発撃てるの?』
『そうだな、持ち主の魔力制御能力にもよるが……最低威力で撃ったとして総弾数は三十から四十発。一発分の自動装填は十秒ってところだが、連射中は働かないし、一撃の威力を高めれば高めるほど次を撃てるようになるまでの時間は長くなる』
『自動装填?』
『竜装ってのは魔力を自分で生み出す機能がついてるんだ。普通の魔巧具は魔力燃料が切れれば取り替えないとダメだが、竜装に限ってはその必要はない』
『なにそれすごい!?』
『まあ、ドラゴンの試練に挑む頃にはある程度回復しているはずだ。せいぜい外さねえようにしっかり狙って使え』
竜装を自分で作成したと言っただけあって、ジークはこの紅い拳銃についてかなり詳しく知っていた。
おかげで開幕からぶっ放すという愚かな真似をしなくて済んだが、竜装を使えば貸してもらった力で勝利したことになる。アリスフィーナのプライド的にはできれば自分の力だけで勝利をもぎ取りたいところなのだ。
本当に最終手段。
だから――
「――灼炎の剣よ、貫け!」
素早く魔道術を詠唱する。アリスフィーナの周囲に展開された六つの小さな魔法陣から剣の形をした炎が射出され、這い上がってきたロックリザード三体を撃ち落した。
炎熱系中級魔道術――〈ブレイズソード〉。
すかさずアリスフィーナは次の足場へと飛び移る。魔獣を倒したかどうかの確認は必要ない。ただ目の前の障害を払い除けて突き進み、黄の始祖竜の下へと辿り着けばいいのだから。
二番目の足場で待ち受けていた土の巨人が拳を振り下ろしてくる。馬小屋ほどもある巨拳。まともに受ければ一撃でぐちゃぐちゃに潰されてしまうだろう。
「くっ」
咄嗟に横に跳んで巨人の拳を回避し、魔道術を詠唱。射出された炎の剣は全て土の巨人に命中したが、巨体故にロックリザードのようには落とせない。
「だったら」
アリスフィーナは宙を指でなぞり、一本の長剣を抜き取る。武器商人から三十万エルで購入した、ドラゴンの牙を素材とした名剣だ。
使える物はなんでも使う。
「――灼熱の加護を我が剣に!」
唱えた瞬間、長剣の剣身に赤い光が帯びた。
炎熱系初級魔道術――〈バーストエンチャント〉。
剣を中段に構え、足下を爆発させたような勢いで疾駆する。土の巨人は二度目の拳を振り下ろしてきたが、アリスフィーナは前進しながら紙一重でかわし――
巨人の足を、灼熱を宿した長剣で斬り落とした。
片足を失い、バランスを崩した土の巨人は足場から真っ逆様に落下する。数瞬後には砕け散るような爆音が空洞内に反響した。
†
そんなアリスフィーナの戦いをジーク・ドラグランジュはただ壁に凭れてなにをするでもなく眺めていた。
「あいつ、意外と戦えてやがる……」
感心混じりに呟く。
ドラゴンに挑む癖にロックリザードに崖から落とされたと聞いた時は呆れたものだったが、これが彼女本来の実力なのだろう。
フランヴェリエ家が得意としていた炎熱系の魔道術にも無駄がない。単独でも戦闘ができるように大技は選択せず、詠唱の短い攻撃魔道術や付加魔道術で隙を見せず戦っている。
竜装なんてなくても、アリスフィーナ・フランヴェリエは強い。
「だが――」
ジークは目を細め、今度は人間大の土人形と奮戦しているアリスフィーナの足下を見る。
「その程度でクリアできるほど試練は甘くねえぞ」
岩塊の中を移動する魔獣の気配をジークの感覚は正確に捉えていた。
†
「きゃあぁあッ!?」
土人形を斬り伏せた途端、アリスフィーナは足下を食い破るようにして現れた巨大なミミズに弾き飛ばされた。
サンドワーム。本来は砂漠などの地中に生息する獰猛な魔獣だ。岩をも食い破る鋭い牙の並んだ大口がアリスフィーナを飲み込まんと迫り来る。
「このっ!」
魔道術で火球を放ってサンドワームの喰らいつきを退けるが、その程度では倒すまではいかない。怒ったような唸りを上げるだけでミミズの魔獣はすぐに起き上がった。
――アレを倒すならもっと威力のある魔道術じゃないと……。
だが、強い術ほど詠唱に時間がかかる。仲間がいれば別だが、単独でそんな術を使おうとすればその間に食い殺されてしまう。
――倒さなくていい。ここは逃げて、別の道から。
「――ッ!?」
ランドグリーズの下へ辿り着くこと優先に行動を開始しようとしたアリスフィーナだが、今の足場から渡れそうな足場の前には別のサンドワームが立ち塞がっていた。
気持ち悪くうねるワームのどれかを倒して突破しなければ先へ進めないのなら――
「やるしかない、か」
アリスフィーナが腰のホルスターに手を伸ばそうとした瞬間、背中に衝撃と強烈な激痛が走った。
「なっ……かはっ……」
吹っ飛び倒れたアリスフィーナが必死に顔を起こして振り返ると、岩肌に擬態していたロックリザードが舌を鞭のように伸ばしていた。
これぞ好機とばかりにサンドワームが一斉に喰らいついてくる。
アリスフィーナはどうにか転がってサンドワームを避け、痛む背中を無視して立ち上がった。
しかし、その時には既に大量の魔獣がアリスフィーナを取り囲んでいた。
絶体絶命。
「あはは……」
思わず笑いが零れた。
『どうした小娘? まさかもう終わりではあるまい? 久々の娯楽なのじゃ、もうちぃとわしを楽しませてみせろ』
ゴール地点から高みの見物を決め込んでいるランドグリーズが煽るように言葉をかける。
『まあ、降参するならそれもよしじゃ。無意味に若い命を散らす必要もなかろう』
続いて情けの言葉。
降参すればアリスフィーナの命は助かる。生きていればまた挑むことだってできるが、死んでしまえばそこまでだ。フランヴェリエ家を再興させる夢は潰えてしまう。
だが。
しかし。
「降参なんてしないわ! このくらいのピンチで音を上げるようじゃ、たぶん一生試練なんてクリアできない!」
『ほう? ではどうするというのじゃ、フランヴェリエの娘よ』
「こうするのよ!」
叫ぶと、アリスフィーナはサンドワームの一体に向かって走り始めた。
無謀に突進するのではない。命を捨てるつもりは毛頭ない。
走りながらアリスフィーナは口を動かす。
「――灼熱の炎。万物を構成する五大元素の一よ」
五体のロックリザードが鞭のような長い舌を伸ばしてくる。アリスフィーナは跳んでかわし、剣で斬り伏せ、なおも口は閉じずに足も止めない。
「――此の願いは正義。其の力は不浄に終焉を齎す烈火なり」
『戦いながら長文詠唱じゃと? なかなか面白いことをする小娘じゃ。じゃが、一瞬でも集中が途切れれば行き場を失った魔力が暴発しておんしが死ぬぞ?』
そんなことはわかっている。だが、周りを囲まれていては一発しか撃てない竜装は使えないのだ。だから多少無茶でも高位魔道術で切り抜けるしかない。
「――滾り、盛り、迸り」
大丈夫。できる。
邪魔な土人形を斬り、大口を開いて突っ込んできたサンドワームを高く飛んでかわす。
「――我が前に蔓延る無明の闇を」
詠唱が完了する。
「――一握も残さず喰らい尽くせ!」
刹那。
アリスフィーナを中心に四つ、赤く煌めく特大の魔法陣が出現した。それらが太陽のように輝きを増すと一斉に灼熱の業火を噴出。アリスフィーナを囲んでいた魔獣たちはおろか、ランドグリーズにまで届くほどの熱量が空洞内で生き物のように暴れ回る。
火口の中にでも転移したかのような熱が支配し、炎に呑まれた魔獣たちは一瞬で消し炭となり崩れる。
炎熱系上級魔道術――〈ブレイジングエンド〉。
『ふん、小娘ごときが上級魔道術を扱うか』
業火がランドグリーズをも呑み込まんと襲い来る。が、黄の始祖竜は慌てることなくゆったりと立ち上がると、竜翼の一羽ばたきで向かってくる炎を難なく消し去った。
『わしの家で火遊びはこれっきりにしてもらいたいものじゃ』
熱を帯びた暴風が荒れる。
空中にいたアリスフィーナは紙切れのように吹き飛ばされるが――
「今、そっちに行くわよ」
既にホルスターから抜いた紅い拳銃を構えていた。
ランドグリーズとは真逆の方向に。
引き金に指をかける。
魔力制御は試さない。全力の一撃を込めて解き放つ。
轟ッ!!
銃口から撃ち放たれた真紅の熱光線が洞窟の壁を綺麗に溶かし貫く。とてつもない反動がアリスフィーナの体を砲弾にでも変えたかのように吹っ飛ばす。
ランドグリーズの方へと。
「きゃああああああああああああああああああッ!?」
アリスフィーナは悲鳴を上げるが、狙いはバッチリだった。このままランドグリーズの下へと飛んで辿り着く。着地の時は……ちょっと、痛いだろうけども。
『その竜装……なるほどのう。懐かしき気配は感じておったが、そこじゃったか』
ランドグリーズがなにやら言っているが、高速飛行中のアリスフィーナにはよく聞こえない。
『無茶苦茶な娘よ。じゃがな、わしは手を出さぬとは言っておらぬぞ?』
「えっ?」
ガシッ、とランドグリーズは前脚でしっかりと地面を掴むと、鎌首をもたげ――
『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』
全てを吹き飛ばすような咆哮を放った。
「!?」
咆哮は衝撃となり飛来するアリスフィーナと衝突する。防御などできず、そのまま威力を相殺される。
「う……そ……」
衝撃が脳を揺さぶり、ぐらりと意識が遠退いていく。
空中で一瞬静止したアリスフィーナは、自然の掟に従って落下する。
下には剣山。朦朧とする意識でも、このまま落ちれば串刺しで即死することは理解できた。
――嫌だ……こんなところで……。
死にたくない。まだ始祖竜に勝っていない。フランヴェリエを再興させて、姉が帰って来る場所を築けていない。
今回の試練は負けでいい。
でも、死ぬのは嫌だ。わがままを言っているかもしれない。でも、アリスフィーナにはまだまだやらないといけないことがある。
――わたしは……い……や……。
剣山が迫る。もう指一本たりとも動かせない。アリスフィーナの意識はほとんど消えかけている。
――……誰……か……。
「ったく、少しは加減しろランドグリーズ」
串刺しになる痛みは感じなかった。
なにか温かいものに抱き寄せられている感覚に、アリスフィーナは僅かに残っていた力で瞼を開く。
「いや、これでも加減してんのか。つーかお前が手を出したら人間一人にはどう考えても無理だろうが」
そこには一緒にここまで登山をした、竜装を譲ってくれた黒衣の青年の顔があった。
「ジーク……」
アリスフィーナを抱えたまま器用に剣山の上に立っているジークは、奮闘を讃えるでもなく淡々と事実だけを告げる。
「試練は失敗。お前の負けだ。悪いが、ここからは俺とバトンタッチしてもらうぞ」
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
9,545
-
1.1万
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
9,173
-
2.3万
コメント