竜装の魔巧技師
Episode1-6 ドラゴンと魔巧技師
意識を失ったアリスフィーナを安全な場所に寝かせると、ジークは改めて黄の始祖竜――ランドグリーズと向かい合った。
それまで大人しく待っていてくれたランドグリーズは、アイスブルーの瞳に黒衣の青年を映すと――フスン。気分が一段階高ぶったような鼻息を鳴らした。
『おお! 誰かと思えばユルギスの倅ではないか。一年ぶりかの? あのヤサグレ坊主が随分といい男に成長しおってからに』
「五年ぶりだ。ドラゴンの時間感覚で人間に物を言うな」
『カカッ、ヤサグレておるのは今も変わらんようじゃの』
竜口を器用に歪めて快活に笑ったランドグリーズは、長い首をひょいひょいと動かしてなにかを探し始めた。
『ユルギスは一緒じゃないのかえ?』
「親父なら三年前に死んだよ。旅先で流行り病に罹ってな」
『なんと!』
アリスフィーナには『人間の世情なぞ露ほどの興味もない』という態度だったランドグリーズが、アイスブルーの瞳を大きく見開いて驚きの表情を見せた。
ユルギス・ドラグランジュ。
ジークの父親であり、ジークに魔巧技師としての技術全てを叩き込んでくれた師である。
『……ふむ、惜しい男を亡くしたものじゃ。これで竜装を鍛えられる者が大陸におらんなったとはのぅ』
「ああ、竜装の技術なら俺が受け継いだ。その点はなんの問題もない」
『ほう』
驚きから一転。
竜の瞳が感心したようにジークを、そして後ろで寝かされているアリスフィーナを見る。それから得心がいったように首肯した。
『なるほどのう、あの娘の竜装はお主が作った物じゃな? きちんと使い方を指南しておくべきじゃったな。全くなっとらん。もう少し扱えておれば結果も変わっていたじゃろうて』
「無理言うなよ。アリスお嬢様はついさっき竜装を手にしたばっかりだぜ? 〝纏装〟はもちろん〝対話〟どころかまともな制御もできねえ超ド素人だ」
寧ろ基本中の基本を教えただけで『衝撃で自分が飛ぶ』などというトンチンカンな発想を実現した彼女は評価してもいいと思う。
『まあ、よい。あの紅き竜装に込められた竜核を、おんしがどこで手に入れたかは聞かぬ。それより本題に入るかの』
ランドグリーズは身じろぎし、きりっとした体勢に整えた。それだけで洞窟内が僅かに振動し、天井から塵がパラパラと降ってくる。
『つまり、おんしの目的はわしの疑似竜核じゃな? あの娘とは狙いが違えど、竜装の素材が欲しくばわしの試練に打ち勝たねばならぬぞ?』
「いいや、俺が欲しいのは魔巧具の素材だ。始祖竜の爪、牙、鱗……最高級の素材を採りに来た」
『む? わしの疑似竜核ではない、のか?』
予想が外れてランドグリーズは少し拗ねたような寂しそうな声を出した。
「竜装は作れるが、まあ、なんつうかアレ手間だからなぁ」
『……ここまで来るのも死ぬほど手間じゃと思うがのぅ』
それ以上に面倒、ということもあるが――
「つか、アレは無意図に製作していいもんじゃねえだろ」
誰もが扱えるわけではないにしろ、竜装という強大な武具をおいそれと増やすのはよろしくない。持つべき人間が存在しなければ、竜装はただの兵器と化す。
それでは竜の意志に反する。
「ま、そういうわけで、俺は別に試練を受ける必要はないと思うが?」
『なにをほざいておるのじゃ。その辺に落ちておるゴミであればいくら持って行こうと構わんが、おんしはわしから直接剥ぐつもりであろう? タダでくれてやるわけにはいかんのう』
「だからそのために手土産を――」
『欲しければ実力で剥ぐがよい!』
刹那、ジークの足下が爆散した。
ランドグリーズがジークの話を聞く前に攻撃を仕掛けてきたのだ。
「チッ、人の話は最後まで聞け!」
紙一重のところで飛び退って爆発を回避したジークは、そのまま漆黒の魔巧剣を抜いてランドグリーズへと疾駆する。
『成長したおんしの力を見せてみよ!』
大口を開いたランドグリーズの前にいくつもの巨大な魔法陣が展開された。黄色に美しく輝くそれらから、巨人の掌でようやく掴めるのではないかという大きさの石槍が射出される。
ジークは前進しながら降り注ぐ石の槍をかわし、地面に深々と突き刺さったそれを蹴っては跳躍する。
アリスフィーナに課せられた試練など比ではない。
始祖竜自らが最初から挑戦者を妨害するなど無茶にもほどがある。しかも辿り着ければクリアではない。ジーク自身の手で抵抗する始祖竜から角を折り、牙を抜き、鱗を剥がなければならないのだ。
こうならないために手土産を用意したのに無駄になってしまった。どうやらアリスフィーナとの前哨戦で戦意に火がついてしまったらしい。
「面倒だ。速攻で黙らせる!」
ガコン! と剣から機械的な音が鳴る。刃に魔力が宿る。
前方から襲い来る石槍の嵐。
ジークは走りながら剣を横に構え――
瞬間、巨大化した黒い刃がたったの一閃で全ての石槍を斬り払った。
魔巧具には魔力を利用した能力とも言える機能が設定されている。無論、ジークの魔巧剣も例外ではない。具象した魔力が刃となり、本来のリーチと斬撃力を大幅に拡張させたのだ。
文字通り道を切り開いたジークに、ランドグリーズはニィと竜口の端を歪める。
『ほう、なかなかの魔巧剣じゃ。技師としての腕も父親にそう劣らんようじゃな』
「いいや、まだまだ未熟者さ」
『謙遜するでない。ほれ、次はどうする?』
あの程度の魔道術を破ったくらいでランドグリーズは動じない。既に別の魔力の流れが発生している。
ジークの両脇。
爆音と共に隆起した地塊が、分厚い二枚の壁となってジークを押し潰しにかかった。
「――くそッ!」
石槍を踏み台に高く飛ぼうが間に合わず、バゴン!! と地塊の壁がジークを板挟みにした状態で完全に閉ざされた。
静まり返る空洞内に、土の欠片が崩れ落ちる音だけが虚しく響く。
だが、終わりではない。
『カカッ! しぶといのぅ』
ジークは魔巧剣を口に咥え、両手両足で二枚の壁を受け止めていたのだ。ジークの体一つ分開いた隙間の向こうに、楽しそうに身体を捻るランドグリーズの姿が見える。
『じゃが、今ので終わっておれば興醒めじゃったわい』
「――ッ!?」
ぶん回された尻尾の一撃がジークごと壁を粉砕して吹き飛ばした。
地塊の飛礫を全身に受けながら、ジークは洞窟の壁に背中から叩きつけられる。壮絶な痛みが雷に撃たれたように駆け巡るが、この程度であればまだ問題ない。
――遊ばれてるな。
ドラゴンの尾に打たれたのだ。普通なら人間としての原型もなくぺしゃんこに潰されていただろう。だがジークの纏っている黒套もまた魔巧具である。世界で最も硬いと言われている黒竜の体毛で編み、さらに鱗の魔力も宿しているため並みの攻撃では傷一つつかない。
それをわかっていて、ランドグリーズはジークが死なない程度の攻撃を繰り出している。
『――終いじゃ』
だから、その範囲であれば奴は全く容赦しない。
開かれた大口の奥に黄色の輝きが出現した。ドラゴン最大最強の攻撃の予備動作にジークは軽く戦慄する。
――〈竜の吐息〉!? あいつマジか!?
加減はするだろうが、こんな場所でそんなものを吐かれた日には空洞内が焼炉と化してしまう。ジークは大丈夫だとしても、向こうで寝ているアリスフィーナは無事では済まない。
ランドグリーズはジークだけを見ている。アリスフィーナなどとっくにアウトオブ眼中だった。
止めることは間に合わない。
黄色い炎が、悪夢のような業火の吐息がジークに向かって噴出された。威力は紅い竜装の熱光線にも匹敵するだろう。しかも、それでいてまだ手加減しているから始末に負えない。
――仕方ない。
「ちょっと頭を冷やせ馬鹿ドラゴン!」
その瞬間、ランドグリーズは目を瞠った。
手加減したとはいえ、自分の最大の攻撃が破られたのだ。
ジークがなにをしたのかは見えなかったが、〈竜の吐息〉と同規模の黒い炎が放射され、まるで蝕むようにランドグリーズの黄色い炎を相殺した。
『……ああ、そういえばあやつは、そうじゃったな』
昔の記憶を思い出し、今の事象に納得する。
その隙をつくように、魔力によって拡張された黒い刃が振りかかった。
それまで大人しく待っていてくれたランドグリーズは、アイスブルーの瞳に黒衣の青年を映すと――フスン。気分が一段階高ぶったような鼻息を鳴らした。
『おお! 誰かと思えばユルギスの倅ではないか。一年ぶりかの? あのヤサグレ坊主が随分といい男に成長しおってからに』
「五年ぶりだ。ドラゴンの時間感覚で人間に物を言うな」
『カカッ、ヤサグレておるのは今も変わらんようじゃの』
竜口を器用に歪めて快活に笑ったランドグリーズは、長い首をひょいひょいと動かしてなにかを探し始めた。
『ユルギスは一緒じゃないのかえ?』
「親父なら三年前に死んだよ。旅先で流行り病に罹ってな」
『なんと!』
アリスフィーナには『人間の世情なぞ露ほどの興味もない』という態度だったランドグリーズが、アイスブルーの瞳を大きく見開いて驚きの表情を見せた。
ユルギス・ドラグランジュ。
ジークの父親であり、ジークに魔巧技師としての技術全てを叩き込んでくれた師である。
『……ふむ、惜しい男を亡くしたものじゃ。これで竜装を鍛えられる者が大陸におらんなったとはのぅ』
「ああ、竜装の技術なら俺が受け継いだ。その点はなんの問題もない」
『ほう』
驚きから一転。
竜の瞳が感心したようにジークを、そして後ろで寝かされているアリスフィーナを見る。それから得心がいったように首肯した。
『なるほどのう、あの娘の竜装はお主が作った物じゃな? きちんと使い方を指南しておくべきじゃったな。全くなっとらん。もう少し扱えておれば結果も変わっていたじゃろうて』
「無理言うなよ。アリスお嬢様はついさっき竜装を手にしたばっかりだぜ? 〝纏装〟はもちろん〝対話〟どころかまともな制御もできねえ超ド素人だ」
寧ろ基本中の基本を教えただけで『衝撃で自分が飛ぶ』などというトンチンカンな発想を実現した彼女は評価してもいいと思う。
『まあ、よい。あの紅き竜装に込められた竜核を、おんしがどこで手に入れたかは聞かぬ。それより本題に入るかの』
ランドグリーズは身じろぎし、きりっとした体勢に整えた。それだけで洞窟内が僅かに振動し、天井から塵がパラパラと降ってくる。
『つまり、おんしの目的はわしの疑似竜核じゃな? あの娘とは狙いが違えど、竜装の素材が欲しくばわしの試練に打ち勝たねばならぬぞ?』
「いいや、俺が欲しいのは魔巧具の素材だ。始祖竜の爪、牙、鱗……最高級の素材を採りに来た」
『む? わしの疑似竜核ではない、のか?』
予想が外れてランドグリーズは少し拗ねたような寂しそうな声を出した。
「竜装は作れるが、まあ、なんつうかアレ手間だからなぁ」
『……ここまで来るのも死ぬほど手間じゃと思うがのぅ』
それ以上に面倒、ということもあるが――
「つか、アレは無意図に製作していいもんじゃねえだろ」
誰もが扱えるわけではないにしろ、竜装という強大な武具をおいそれと増やすのはよろしくない。持つべき人間が存在しなければ、竜装はただの兵器と化す。
それでは竜の意志に反する。
「ま、そういうわけで、俺は別に試練を受ける必要はないと思うが?」
『なにをほざいておるのじゃ。その辺に落ちておるゴミであればいくら持って行こうと構わんが、おんしはわしから直接剥ぐつもりであろう? タダでくれてやるわけにはいかんのう』
「だからそのために手土産を――」
『欲しければ実力で剥ぐがよい!』
刹那、ジークの足下が爆散した。
ランドグリーズがジークの話を聞く前に攻撃を仕掛けてきたのだ。
「チッ、人の話は最後まで聞け!」
紙一重のところで飛び退って爆発を回避したジークは、そのまま漆黒の魔巧剣を抜いてランドグリーズへと疾駆する。
『成長したおんしの力を見せてみよ!』
大口を開いたランドグリーズの前にいくつもの巨大な魔法陣が展開された。黄色に美しく輝くそれらから、巨人の掌でようやく掴めるのではないかという大きさの石槍が射出される。
ジークは前進しながら降り注ぐ石の槍をかわし、地面に深々と突き刺さったそれを蹴っては跳躍する。
アリスフィーナに課せられた試練など比ではない。
始祖竜自らが最初から挑戦者を妨害するなど無茶にもほどがある。しかも辿り着ければクリアではない。ジーク自身の手で抵抗する始祖竜から角を折り、牙を抜き、鱗を剥がなければならないのだ。
こうならないために手土産を用意したのに無駄になってしまった。どうやらアリスフィーナとの前哨戦で戦意に火がついてしまったらしい。
「面倒だ。速攻で黙らせる!」
ガコン! と剣から機械的な音が鳴る。刃に魔力が宿る。
前方から襲い来る石槍の嵐。
ジークは走りながら剣を横に構え――
瞬間、巨大化した黒い刃がたったの一閃で全ての石槍を斬り払った。
魔巧具には魔力を利用した能力とも言える機能が設定されている。無論、ジークの魔巧剣も例外ではない。具象した魔力が刃となり、本来のリーチと斬撃力を大幅に拡張させたのだ。
文字通り道を切り開いたジークに、ランドグリーズはニィと竜口の端を歪める。
『ほう、なかなかの魔巧剣じゃ。技師としての腕も父親にそう劣らんようじゃな』
「いいや、まだまだ未熟者さ」
『謙遜するでない。ほれ、次はどうする?』
あの程度の魔道術を破ったくらいでランドグリーズは動じない。既に別の魔力の流れが発生している。
ジークの両脇。
爆音と共に隆起した地塊が、分厚い二枚の壁となってジークを押し潰しにかかった。
「――くそッ!」
石槍を踏み台に高く飛ぼうが間に合わず、バゴン!! と地塊の壁がジークを板挟みにした状態で完全に閉ざされた。
静まり返る空洞内に、土の欠片が崩れ落ちる音だけが虚しく響く。
だが、終わりではない。
『カカッ! しぶといのぅ』
ジークは魔巧剣を口に咥え、両手両足で二枚の壁を受け止めていたのだ。ジークの体一つ分開いた隙間の向こうに、楽しそうに身体を捻るランドグリーズの姿が見える。
『じゃが、今ので終わっておれば興醒めじゃったわい』
「――ッ!?」
ぶん回された尻尾の一撃がジークごと壁を粉砕して吹き飛ばした。
地塊の飛礫を全身に受けながら、ジークは洞窟の壁に背中から叩きつけられる。壮絶な痛みが雷に撃たれたように駆け巡るが、この程度であればまだ問題ない。
――遊ばれてるな。
ドラゴンの尾に打たれたのだ。普通なら人間としての原型もなくぺしゃんこに潰されていただろう。だがジークの纏っている黒套もまた魔巧具である。世界で最も硬いと言われている黒竜の体毛で編み、さらに鱗の魔力も宿しているため並みの攻撃では傷一つつかない。
それをわかっていて、ランドグリーズはジークが死なない程度の攻撃を繰り出している。
『――終いじゃ』
だから、その範囲であれば奴は全く容赦しない。
開かれた大口の奥に黄色の輝きが出現した。ドラゴン最大最強の攻撃の予備動作にジークは軽く戦慄する。
――〈竜の吐息〉!? あいつマジか!?
加減はするだろうが、こんな場所でそんなものを吐かれた日には空洞内が焼炉と化してしまう。ジークは大丈夫だとしても、向こうで寝ているアリスフィーナは無事では済まない。
ランドグリーズはジークだけを見ている。アリスフィーナなどとっくにアウトオブ眼中だった。
止めることは間に合わない。
黄色い炎が、悪夢のような業火の吐息がジークに向かって噴出された。威力は紅い竜装の熱光線にも匹敵するだろう。しかも、それでいてまだ手加減しているから始末に負えない。
――仕方ない。
「ちょっと頭を冷やせ馬鹿ドラゴン!」
その瞬間、ランドグリーズは目を瞠った。
手加減したとはいえ、自分の最大の攻撃が破られたのだ。
ジークがなにをしたのかは見えなかったが、〈竜の吐息〉と同規模の黒い炎が放射され、まるで蝕むようにランドグリーズの黄色い炎を相殺した。
『……ああ、そういえばあやつは、そうじゃったな』
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