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竜装の魔巧技師

夙多史

Episode3-7 風亜竜

 彼女は見晴らしのいい丘の上に立っていた。
 先程までジーク・ドラグランジュたちが伐採作業を行っていた辺りを俯瞰し、唇に微かな笑みを浮かべる。
 それから右手の人差し指を舐めて湿らせ、大気に晒して風を読む。風向きが彼女の望んでいる状態だとわかると、魔道術で空間を開いた。
 取り出したのは一本の小瓶。無色透明の液体が入ったその蓋を開け、彼女は確かめるように己の鼻先に小瓶の口をあてた。
 臭いはしない。だがそれは彼女が人間だからであり、より鋭敏な嗅覚を持つ存在にとっては抗い難い臭いになっているのだろう。
 小瓶を空へと放り投げ、魔道術を使って爆散させる。飛び散った特殊な香水が大気に溶け、混ざり、その臭いを風に乗せて拡散させていく。
 あとは待つだけだ。彼女は踵を返し、木々の闇の中へと消えていった。

        †

 スン、とジークは鼻で息を吸った。
「なんか、臭うな」
 小さく呟くと、丁度大量の薪を拾って戻ってきたアリスフィーナがなにやらハッとして自分の体を嗅ぎ始めた。そして少し顔を顰めたと思うと、ジークと目が合ってかぁあああああっと赤面した。
「か、帰ったらちゃんとお風呂入るからなんの問題もないわ!」
「いや、汗臭さとかじゃねえよ」
「わたしから他にどんな臭いが!? お、おならなんてしてないわよ!? それとも昨日体洗うのに使った公園の水に問題が!?」
「なんでお前が臭いの発生源だと思ってるんだ」
 ついでに彼女の節約度合が路上生活者の域に達しつつあることが露見してしまったが、今はそこをつついてからかっている場合ではない。
 近くから複数の獣の雄叫びが轟いたからだ。
「なに!? なんなの!?」
 ビクリと肩を跳ねさせたアリスフィーナには構わず、ジークは雄叫びの聞こえた方角――上空を見やる。そこには無数の影が夕暮れに向かいつつある空を跳梁跋扈していた。
 くすんだ緑色の硬質な鱗に覆われた、翼の生えた蜥蜴。
 先日ジークとアリスフィーナが相見えた黄の始祖竜と比べると体は二回り以上も小さく、叡智も威厳も感じさせない獣。
風亜竜ウィンドドレイクの群れだ。おい、この辺りには狼一匹いねえんじゃなかったのか?」
 ジークは倒木を丁寧に加工しているシュゼットを睨んだ。
「まあ、普通ならな。だが相手も動く生き物だ。結界で封鎖してない以上、絶対とは言えねえぜ」
 シュゼットは加工をする手を止め、天を仰いで神妙な顔をする。
「ただ、縄張りの外ってことは間違いねえ。それなのにあんな大挙して出てくるたぁちょいと異常だぞ」
 けたたましい咆哮を繰り返す風亜竜ウィンドドレイクは酷く興奮している様子だった。縄張り内でなにかがあったのか、それとも縄張り外に気に入らないなにかがあったのか。どちらにしても穏やかではない。
「なんか物凄く怒ってない? フリジットか会長が縄張りに入っちゃったとか?」
「アリスお嬢様じゃあるまいし、あの二人がそんなミスをやらかすとは思えないな」
「わたしじゃあるまいしってどういう意味よ!?」
 まだ戻って来ていない彼女たちが心配ではあるが、今はなにより自分たちの身が危険だという事実を念頭に置かねばならない。
「気になるのはさっきの臭いだが……考えるのは後だな」
 風亜竜ウィンドドレイクがジークたちを見つけたようだ。今まで以上の叫喚が響き、より強い怒りと興奮が空を埋め尽くす風亜竜たちに伝播する。
 近くの亜竜からジークたちに向かって雪崩込んで来るまで数秒もかからなかった。
「ひゃああああああっ!?」
「始祖竜に挑んだ奴がビビってんじゃねえよ!」
 ジークは漆黒の魔巧剣を鞘から抜く。そして鋭い牙を剥いて噛みかかってきた風亜竜の首をかわし様に斬り落とした。首から先を失った巨体は鮮血を撒き散らしながら地面を転がり、やがて松の大木に衝突して止まった。
「仮にも竜の首を一撃か。さっきも思ったが、いい切れ味じゃねえか。その刃はどこの鍛冶師に打ってもらったんだ?」
「東の島国でちょっとな」
 受け答えしつつ、ジークは次々と飛来してくる風亜竜を片っ端から斬り落としていく。向こうではシュゼットが大戦斧を振り回し、風亜竜の巨体を鱗の上から叩き砕いていた。
 そうして第一陣が終わると、ジークたちの周囲には風亜竜の死体が山積みになっていた。
「丁度いい。これだけ亜竜がいれば当分の素材には困らないな」
「全部持って行くなよジーク。山分けにしろ。亜竜の牙や鱗からはそこそこ上等な刃物を鍛えられるんだ」
「あんたらいい根性し過ぎよ!?」
 亜竜とはいえドラゴンに限りなく近い魔獣である。その群れを相手に余裕綽々な二人へツッコミを入れながら、アリスフィーナは第二陣が突撃を開始した空を睨んだ。
 魔力を練り上げ、詠唱する。
「――灼炎の剣よ、貫け!」
 射出された六つの炎剣が迫る風亜竜に直撃。しかし炎は風亜竜の身体を貫くことはなく、僅かに動きを鈍らせる程度の効果しかなかった。
 だが、それで充分だ。
 ジークが動く分には。
「いいぞアリス、その調子で援護頼む」
 高く飛び上がったジークは黒剣を連続で振るう。狙いは翼。付け根のぎりぎりを巧みに斬断して一度に数体の風亜竜を地面に落とす。
 そこへ――
「うぉおおおおおおおらあああああああああああああああッッッ!!」
 裂帛の気合いと共にシュゼットが豪快に大戦斧を薙いだ。豪快な一撃は風亜竜を絡め取るようにしてヒットし、人間の腕力とは思えない威力で打ち飛ばした。
「二人とも下がれ!」
 ジークはそう指示すると自分も大きく後ろへ飛んだ。一瞬の後、先程まで立っていた場所にいくつもの風の刃が降り注いだ。
 風亜竜の魔道術だ。奴らはドラゴンに近いだけ賢い。接近戦はこちらが有利だと学習して魔道術に切り替えたのだろう。
 ――こいつら、俺らを狙っちゃいるが……別に操られているわけじゃなさそうだ。
 ただ単に見つけた餌に群がってきたという様子だ。妙に興奮しているなど不自然な点は多いが、野生なら稀にそういうこともあるのかもしれない。
 風の刃が止む。
 攻撃が終わった――わけではない。
「気をつけろ! ブレスが来るぞ!」
 ジークは上空の風亜竜たちが鎌首をもたげている状態を見てそう判断した。群れを作り、知恵の回る魔獣なだけに連携が取れている。まだ数十体はいるだろう風亜竜たちの一斉ブレスは、この辺り一帯を更地にするだけの威力はあるだろう。
「任せて!」
 ジークがなにかをする前にアリスフィーナが前に出た。その手には紅い拳銃が握られており、風亜竜たちに照準を合わせている。
 シュゼットが目を見開いた。
「そいつは……竜装か?」
「凄いでしょ」
 ふふん、と自慢げにアリスフィーナが鼻息を鳴らした直後、風亜竜たちのブレスが一斉に放射された。
 数十の渦巻く暴風が頭上から降ってくる。
 それらを、アリスフィーナの拳銃から放たれた巨大な熱光線が呑み込んだ。熱光線は無数に分岐し、上空を飛翔する風亜竜を十体単位で消し炭に変えた。
 落ちてくるのはただの灰だけ。
 ジークは片眉がピクつくのを禁じ得なかった。
「おいこらポンコツアリス! 消し飛ばしちまったら素材にできねえだろうが!」
「ポンコ……ッ!? なによ一体ずつ相手にしてたら切りがないでしょ!?」
 実に勿体ない。とはいえ、既に地上で倒した分だけでもかなりの収穫である。これを全て持ち帰るとなると、多少シュゼットに譲ったとしてもアリスフィーナの魔道術空間プライベートスペースはパンクするだろう。
「今ので逃げてったな」
 シュゼットが名残惜しそうに大戦斧を肩に担いだ。見上げれば、生き残った数体が這々の体で飛び去って行くのが見えた。流石に竜装の一撃を見せつけられれば亜竜と言えども戦意が消失してしまうのは当然だ。
「予定外のトラブルだったが……臨時収入と思えば上々か」
 ジークも魔巧剣の汚れを払い、鞘に納める。すると、木々の間から誰かが駆けてくる足音が聞こえた。
「……ジーク、無事?」
「皆さん、大丈夫ですの!?」
 フリジットとアルテミシアだった。別々の方角から息を切らして現れた二人も特に怪我などはしていない。しかし戦闘はあったようで、フリジットは『ペンドラゴン』に守られながら、アルテミシアは竜装〈ゲイレルル〉を装備した状態である。
 少なくとも親馬鹿ヴィクトランがブチ切れることはなさそうだ。

「ああ、こっちは問題ない。お前らも大丈夫なら素材の回収を手伝ってくれ」

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