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竜装の魔巧技師

夙多史

Episode3-6 伐採作業

 斧やら籠やらの準備を一通り整えると、ジークたちは鍛冶工房の裏手からお世辞にも整備されているとは言えない獣道を登って目的の場所へと移動した。
 良質の松の群生地帯と聞いていた通り、そこには背の高い針葉樹が見渡す限り鬱蒼と生い茂っている。松の木から作られる炭は火を起こし易く、出てくる灰の量も少ない。さらにふいごによる火力調整も容易とあって鍛冶場では定番となる燃料だ。
「なんで……魔道師のわたしが……木こりの真似事をしなきゃ……なんないのよッ!!」
 アリスフィーナが手近な松の木に持ってきた斧を何度も叩きつける。木の伐倒なんてやったことないだろうお嬢様だ。振るう斧は正確に同じ場所へと打ち込まれるはずがなく、申し訳程度の切り込みしか刻められていない。
 長剣を握って魔獣と戦えるアリスフィーナである。細腕だが、腕力が足りていないわけではないだろう。拳銃で正確な場所を撃ち抜けるから器用さもあるだろう。ただ、斧と剣では重量も使い勝手もだいぶ違い、拳銃の照準と斧での狙い方も当然違う。要するに初心者丸出しだった。
「……ううぅ、重い」
「これは、思っていた以上に重労働ですわね」
 見ればフリジットなんかは斧をまともに振ることすらできず、アルテミシアもせいぜいアリスフィーナよりはマシという程度だ。
「あーあー、見てらんねえな!」
「ひゃっ!?」
 ぐいっとアリスフィーナの肩が引っ張られた。入れ替わりに松の木の前に立ったシュゼットは――身の丈ほどもある大戦斧の真っ赤に彩られた柄を握っていた。
「オレが手本を見せてやるよ」
 余裕な笑みを貼りつけてシュゼットはそう告げると、本来は両手で持つはずの大戦斧を片手で軽々と持ち上げた。大きな胸元がゆさりと弾む。
 振り被る姿勢も一瞬。
 残像を引いて一閃された大戦斧の刃がぶれることなく松の木へと吸い込まれる。斬るというよりは砕くと言える豪快な一撃は――ボガン!! と爆発じみた音と共にアリスフィーナが掠り傷しかつけられなかった立派な松の木を冗談みたいに両断した。
 地響きにも似た轟音を上げて他の木々に引っかかりながら伐倒される松の木。その様子を満足そうに眺め、シュゼットはアリスフィーナへと向き直った。
「やってみろ」
「できるかぁあッ!!」
 目の前で起こった超怪力アクションシーンにアリスフィーナは悲鳴を上げていた。そんな様子を大変楽しく観賞していたジークはやれやれと肩を落とす。
「その脳筋女の手本は手本にならねえよ。アリスお嬢様、別に木を倒すのに斧なんて使わなくていいだろ」
 そう言うとジークは腰の剣を鞘から抜いた。機械仕掛けの漆黒剣は刃と鍔の連結部分から蒸気を噴き出し、その片刃の剣身に黒い輝きを纏う。
 ゆっくりと腰を落とし、流れるような自然な動作で魔巧剣を左肩上がりに振り被る。
 そして――一閃。
 衝突の音はなかった。ただビュッと空気を薙いだ短い音だけが響いた。
 キン! ジークは魔巧剣を鞘に戻す。するとたった今切断されたことに気がついたかのように松の大木に切り込みが入り、ぐらりとずれ落ちて倒木する。
「な?」
「な? じゃないわよ!? だからそんなのできるのはあんたらだけでしょうがッ!?」
 ジークの言いたかったことは、残念ながら犬歯を剥いて吠えるアリスお嬢様には伝わらなかったようだ。
「……なるほど」
「ああ、そういうことですの。流石はジーク様ですわ」
 だがフリジットとアルテミシアにはしっかり伝わったようで、彼女たちは持っていた斧をその辺に放り投げた。
「……〈ペンドラゴン〉」
 フリジットが腕輪を嵌めた右手を天に翳す。すると、上空から駆動音を轟かせて魔巧機装兵エクスマキナが降下してきた。
「……もぎとって」
 呟くようにフリジットが指示を出すと、魔巧機装兵エクスマキナ――〈ペンドラゴン〉が機械の腕を動かし、その巨大な手で松の木を鷲掴みにした。
 まるで雑草を取るように根元からブチブチと引き抜かれる松の木。
「ではわたくしも――〈ゲイレルル〉」
 その様子を微笑みながら眺めていたアルテミシアも、異空間から一本の緑色をした槍を引き抜いた。竜装〈ゲイレルル〉――疑似緑竜核エルルーン・レプリカから鍛え上げられたシュレッサー家の至宝である。
 ヒュオッと風を穂先に纏わせ、至高の槍は少しの抵抗もなく硬そうな松の木を斬断。ジークと同じくらい綺麗な切断面をつけて薙ぎ倒した。
「……」
「つまり、木を倒すくらい自分の得意分野でやればいいって話だ」
 沈黙するアリスフィーナにジークが答えを教えた。本当は準備段階で言えばよかったのだが、そこは面白そうだから黙っていたジークである。
「わ、わわわわかってたわよそんなこと!?」
 高速赤面術を披露して慌てて取り繕ったアリスお嬢様は、まるでまだ持っていることが恥だとでも言うような勢いで斧を放り棄てた。
「こんな木くらいわたしの魔道術で焼き切ってやるわよ! ――灼炎の剣よ、貫け!」
「あ、馬鹿!?」
 嫌な予感がしたジークが止めに入るも遅く、アリスフィーナの周囲に六つの魔法陣が展開し、それぞれから剣の形をした炎が射出された。
 それらは松の木を容易く貫き――

 一気に松の木を、その周囲ごと炎上させた。

「ひゃあああああっ!? なんかめちゃくちゃ引火したぁあああああああああッ!?」
「当たり前だ! 火属性の魔道術を使うならもっと気を配った術にしろ! 山火事起こす気か!」
 なんとかフリジットの氷の魔道術で鎮火できたため参事にはならなかったが、アリスフィーナの倒した松は既に黒い塊と化してプスプスと焦げ臭い煙を噴いていた。だがこれは木炭ではなくただの燃え滓だ。木炭にするには生木を空気が入らないように蒸し焼きにしなければならない。
 要するに一本無駄にしたわけだ。
「だはははははっ! フランヴェリエのお嬢様のくせに火加減も知らねえポンコツ具合おもしれーっ!」
「うっさいわねそこ笑うな!?」
 自分の倒した松に腰を下ろして大爆笑するシュゼットを、アリスフィーナは真っ赤な顔の涙目で睨みつけるのだった。
 シュゼットはひとしきり笑うと、腹を押さえながら全員を見回す。
「あー腹痛ぇ……えーとだな、もう木の伐採はこのくらいでいいぞ。あんまり切り過ぎちゃ自然破壊になっちまうからな。あとは小さい枝とかを適当に集めてくれや」
「適当ってどのくらいよ?」
「んー、その背負ってる籠が埋まるくらい?」
 がっつり大人一人が余裕で入れるほどの籠である。
「多過ぎるわ!? 日が暮れちゃうわよ!?」
「そんじゃあ、オレは倒した木を切り分けてるから後よろしくな」
「届きなさいよわたしの抗議!?」
 さっきからぎゃーぎゃーと喚きっぱなしのアリスフィーナもついに疲れたのか、息を切らしてへたり込んでしまった。
「ま、諦めろ。これも仕事だ」
「……うぅ」
 ジークはポンと蹲ったアリスフィーナの頭に手を乗せた。ジークも幼少期に何度も芝刈りをさせられた経験があるため気持ちはよくわかる。はっきり言って面倒だ。仕事じゃなかったら絶対にやらない。
「えっと、それでは手分けして集めましょうか」
 苦微笑するアルテミシアが軽く手を叩いて場を纏めた。するとフリジットがなにかを思いついたようにとてとてとアリスフィーナに駆け寄ってくる。
「……アリスフィーナ、そういえば昨日の決闘の決着がまだついてない」
「? だからなによ?」
「……どっちが先に籠いっぱい集められるか勝負」
「むむ? いいわよ。そういうことならやってやろうじゃない!」
 急にやる気を見せてアリスフィーナは立ち上がった。別に二人とも勝負がしたいわけではないだろうが、面倒なことならせめて勝負事にでもして楽しまなければやっていられないと言ったところか。
「おーい、あんまり奥に行くなよー。遭難しても助けねえからなー」
 散開して群生地帯の奥へと消えていく三人にシュゼットが大声で注意する。ちゃんと聞こえたようで返事はあった。心配はいらないだろう。
 ジークもさっさと集めて来ようとその場を動こうとした時――
「さてと、少女たちが行っちまったからちょっと真面目な話をしようぜ、ジーク」
 シュゼットがなにやら真剣な面持ちでジークに話しかけてきた。
 竜装のことだろうか、とジークは返した踵を戻してシュゼットと向き合う。金額の話ならヴィクトランに投げるよう言ってあるから、技術面、もしくは材料が不足しているのかもしれない。
 自分の用意にミスがなかったかどうかを脳内で確認するジークに、シュゼットは誰にも聞かれるはずがないのに小声でこう訊ねてきた。
「で、どの娘が本命だ?」
「しばくぞ?」
 危うく剣を抜きかけたジークだった。

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