竜装の魔巧技師

夙多史

Episode3-4 鍛冶師

 中央工房から大量のミスリルを受け取り、それをアリスフィーナの魔道術空間プライベートスペースへと押し込むと、ジークは中央工房に預けてあった二輪駆動車に跨った。
「学園で見かけないと思ったらこんなところに置いてあったのね」
「パクられちゃ困るからな」
「駆動車を盗もうなんて考える人がいるのかしら? 普通の人はまともに運転なんかできないわよ。特にコレって二輪だし」
「まあ、キーがなけりゃ動かないが……フリジットみたいな奴が持ち帰って解体しそうでな」
「あー」
 超納得した顔でアリスフィーナはヘルメットを被った。昨日知り合ったばかりのジークですら魔巧機装兵エクスマキナで車体ごと担いで持ち逃げするフリジットの姿が容易に想像できてしまうから困る。
「振り落とされんなよ?」
「安全運転でお願いするわ」
 二輪駆動車は重たいエンジン音を嘶かせ、駿馬のごときスピードで中央工房を後にした。

 その様子を見送る尾行者の二人は――
「……不名誉なことを言われた気がした」
「どうしますの? 流石に徒歩では駆動車を追いかけられませんわよ?」
「……問題ない。こんな事もあろうかと上空に待機させている」
 なにを? とアルテミシアが訊ねる前に空から地鳴りのような駆動音が降ってきた。その青い装甲をした機械仕掛けの巨人を見てアルテミシアは首を傾げる。
魔巧機装兵エクスマキナ……昨日壊れていませんでしたか?」
「……『アーサー』はアリスフィーナに壊されて修理中。この子は予備機の『ペンドラゴン』。スペックは劣るけど駆動車を追うくらいなら問題ない」
 二人は魔巧機装兵『ペンドラゴン』の掌に乗り、ジークとアリスフィーナの追跡を再開する。

        †

 ジークとアリスフィーナを乗せた二輪駆動車はルサージュの街を出ると、街道を逸れて山の中腹まで駆け上った。
 こんな場所に一体なにが、と怪訝に思うアリスフィーナの視界に、民家と思しき高い煙突が見えてきた。
「こんな山の中に人が住んでるの?」
「ああ、そいつに用がある」
 やがてその民家に辿り着くと、ジークは二輪駆動車を適当な場所に止めてヘルメットを脱いだ。アリスフィーナもヘルメットを取って改めて民家を見回す。
 変わった屋敷だった。
 それほど大きくはない平屋と、例の煙突が突き出た作業場のような建物。後者からはカンカンカンと金属を打ち鳴らす音が規則的に響いており、心なしか熱気が風に乗って伝わってくる。
 ここまでの道のりが二輪駆動車で走れるほど整備されていたことを考えると、あの屋敷の人間以外にも人の出入りが多い場所だと思われる。
「変わってねえな、ここも」
 ジークが懐かしむように呟いた瞬間、作業場から聞こえていた音がピタリと止んだ。
「アリス、そこ危ないぞ」
「ふぇ?」
 シュザッ! となにかが空気を裂いてアリスフィーナの眼前を通り過ぎた。ハラリとアリスフィーナの赤毛が何本か宙を舞う。横の木に深々と突き刺さったそれは、見事な反りをした片刃の刀剣だった。
 アリスフィーナの顔がさーっと青ざめた。
「な、なななななになんなのなんでどうしてどういうこと!?」
「落ち着け、ただの挨拶だ」
「挨拶で人に刃物投げるの!?」
 どこの野蛮民族の風習だ。ジークは当たり前のような顔をしているが、アリスフィーナがおかしいわけではないはず。こんな挨拶があってたまるか。
 と――

「悪ぃ悪ぃ、お嬢ちゃん。この挨拶はそこの野郎に対してだけのもんだ」

 作業場の方から快活な女性の声がかけられた。
 一目でわかる美人だった。乱暴に纏めた赤みがかった茶髪は所々がくすんでおり、整った顔に強気な笑みを浮かべている。背は高く、東国の物と思しき羽織りを肩にかけ、サラシを巻いているだけの大きな胸は今にもはち切れそうだった。
 そんな女性がジークを睨むように見ると、男勝りな口調で言う。
「よう、ジーク。しばらく見ねえ間にいい男になったじゃないか」
「そっちは変わってないな。俺がガキの頃と同じ姿ってどういうことだ? ちゃんと歳取ってんのか?」
「レディーに歳の話は禁句だぜ」
「レディーって柄じゃないだろ」
 古い知り合いが久々に会った会話をしているのに、なんだか背景に地鳴りのような擬音を幻視するアリスフィーナである。
「ど、どういう知り合いなのよ……?」
 刃物を投げつけてくる挨拶といい、絶対にまともじゃない。
「なんだジーク、このお嬢ちゃんはテメエのコレか?」
「?」
 女性がどこかおやじ臭い下衆な笑みを浮かべて片手の小指を立てた。コレとはなんのことだろうか。アリスフィーナには意味がわからない。
「表現が古いな。そんなんじゃない。こいつはただの荷物運びだ」
 ジークにはしっかり伝わったようだ。なんか自分だけ蚊帳の外に締め出されたような感じがして面白くないアリスフィーナだった。
「おいおい、こんな幼気な少女に重いもん持たせてんのか?」
「こいつはアリスフィーナ・フランヴェリエ。魔道師だ」
「あー、なるほど。そりゃ便利だ。しかもフランヴェリエときた」
 魔道師と聞いて納得する女性。魔道師を便利屋扱いしていることはともかく、そろそろ教えてもらいたい。
「ていうか、誰なのよあんた」
 訊ねると、女性は思い出したようにハッとした。それから苦笑してボサボサの頭を掻き――
「ああ、悪ぃな。名乗るのが遅れた。オレはシュゼット・クーベルタン。見ての通り鍛冶師だ」
「鍛冶師?」
 鍛冶師と言えば包丁や鍋などの日常品や鍬などの農具、剣や斧などの武器も作っている職業だ。そんなところに一体なんの用事があるのか? いや竜装を作るためだということはわかる。わかるが、別にジークだけでも問題ないのではないか?
「俺は魔巧技師だ。鍛冶師じゃない。魔巧武具を作る場合、刃などは本職に任せた方ができがいいんだ」
「こいつが鍛冶まで覚えたらオレらの商売上がったりだっつの」
 アリスフィーナの疑問を悟ったようにジークとシュゼットが答えた。確かにジークが鍛冶までできたら技術者として万能過ぎる。
「で、今回はなにを打ちゃいいんだ?」
「槍だ。ラザリュス魔道学園の学園長の依頼で竜装を作ることになった」
「言っちゃっていいの!?」
「言わないと話にならんだろ」
 一応彼女は部外者だと思うのだが、こう簡単に協力者を増やして大丈夫なのだろうか? シュゼットは性格はともかく口は堅そうではあるが。
「竜装……そいつぁ大仕事だ。魔力を通すならただの鉄や鋼じゃ作れねえぜ?」
「問題ない。材料は用意した。アリス、出してくれ」
「はいはい」
 適当に生返事をし、アリスフィーナは魔道術空間に仕舞っていた大量の鉱物を取り出した。魔道術空間は術者の魔力を割いてリソースを決めている。だからあまり詰め込み過ぎると普通の魔道術が使えなくなったりするわけで、正直もうこういうことはしたくない。
 シュゼットが目を見開いた。
真銀ミスリルか! かなりの上物じゃねえか! なるほど、これだけありゃ充分だぜ!」
 なんかテンションを上げて山積みにされたミスリルを検分するシュゼット。目の色が変わっている。実に楽しそうだ。
 そんな彼女にジークが一枚のメモ用紙を渡す。
「詳しい設計はこれに書いてある。請求はラザリュス魔道学院につけといてくれ」
「あいよ。久々に腕が鳴る仕事だぜ」
 早く打ちたいと言わんばかりに目を輝かせるシュゼットは、どうやら根っからの職人気質なようだった。その辺はなんかいつもやる気なさそうなジークも見習えばいいのではなかろうか。
 ふと、シュゼットが空を見上げた。
「ところでよ、ジーク」
「なんだ?」
「アレもお前のお友達か?」
 アリスフィーナもシュゼットが見ている方向に目をやると、そこには一機の魔巧機装兵エクスマキナが浮遊していた。
 目のいいアリスフィーナには見えた。乗っているのはフリジットとアルテミシアだ。
「……まあ、そういうことになるな」
 どうも最初から気づいていたらしいジークは、苦笑混じりにそう答えるのだった。

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