Reverse cross

陰東 一華菱

第十八話:誤解と追放

「お母様! 彼は、リガルナは魔物でも何でもありません! 今回のこの事件に関しても一切無関係なのです!」
 必死になって弁解しようと母に食い下がるが、エレニアの視線は非常に冷ややかだった。
「私は説明せよと申しておるのだ」
 きつく視線を投げかけ、淡々と語るエレニアにマリアはただ首を横に振るばかりだった。
「お母様! 信じて下さい! 神もまた、彼が無実である事を仰っておいでですっ!」
 少し前に頭の中に聞こえてきた言葉。それは、リガルナの無実を語る神の声だった。神は間違いなく、リガルナが今回の事件の潔白を訴えている。神の言葉はこの国を守る絶対的な物。それを切り出せば全ては丸く収まるとマリアは信じてやまなかった。
 神がそう仰っている。その言葉を聞いて瞬間的にその場は静まり返った。
 マリアはその事に僅かにホッとしながら言葉を続ける。
「彼は、今回の件には一切関係していません。それに、彼は純粋な人間です。確かにみかけは人のそれとは違うかもしれません。でも彼は……」
 マリアは懸命にリガルナの潔白を訴えかけた。だがリガルナは誰も信じられない状況に追い込まれ、彼女の言葉を遮るように声を荒らげる。
「君はそうやって俺の味方ぶっているけど、本当は違うんだろ。俺に餌を与えて油断したところを捕縛する、それが目的だったんだろっ!! そうならそうだって言えよっ!」
 リガルナのその言葉に、マリアは愕然として言葉を失った。
 どうしてそんな風に事が捩れてしまうのだろう。自分はそんなこと一つも考えていなかったのに。
 どうすれば分かってもらえるのか分からない中、マリアは必死になった。
「リガルナ! それは誤解よ! 誤解だわ! あなたがお腹を空かせていたから、だから私、ただあなたの空腹を少しでも紛らわせて欲しくて食べ物を持ってきただけ。それに、あの時言った事も……」
「哀れみだったら最初からいらないっ! これが目的なら、最初から俺を捕らえて殺せばいいんだっ!!」
「そんな、リガルナ……」
 自分の言葉がリガルナには届かない。それが分かると途端に寂しさが胸を覆った。
 リガルナはいきり立ち、マリアを睨みつけながら声を荒げていたがゆるゆると体の力を抜くと、顔を伏せポタポタと涙を流し始めた。地面には涙の染みが点々と落ち模様を描き出している。
「少しでも気を許してしまった俺が馬鹿だったんだ……。全部、全部嘘だったんだろ……そう言えよ……」
「リガルナ……」
 一連の流れを目視していたエレニアは、ようやく二人の接点を見つけ出すとクッとその顔に笑みを浮かべる。そして自分の意思とは違う方向へ転がっていく目の前の現実に愕然としたマリアをみやると、エレニアはその肩に手を置いた。
「そうか。良くやったな、マリア。……計画通りだ」
「!」
「お母様……!」
 その言葉にさらに驚愕したマリアはエレニアを見上げた。エレニアの顔はほくそえんだままリガルナを見やっている。
「この者を捕らえよ。翌朝には亡くなった人間と同じ苦しみを以って、火あぶりの処刑とする」
 兵士に連行されようとするリガルナを、マリアはリガルナの前に躍り出てそれを体を張って止めた。
「お母様! 待って下さい! 彼は本当に何も……」
「もう演じる必要などないぞ。全ては計画通りなのだからな」
 冷たくそう言い放つエレニアに、マリアは必死に食い下がり激しく首を左右に振った。
「違う! 違う違う! お母様! 万物の神が彼の無実を訴えておいでなのですよ! なのに、そのお言葉を無視するおつもりなのですかっ!」
 必死になってリガルナを庇おうとするマリアの目には、いつしか悔しさからくる涙が流れ落ちていた。
 リガルナにどんな誤解をされても、自分がこの国の王女である以上それはどう弁解しても理解してもらうのに相当な時間を要してしまう。ならば、今はもうそこにこだわっていられない。せめて、彼の命だけは救わなければ……。そう思ったマリアは体を張ってでもこの場からリガルナを逃がす事を優先した。
「……マリア。そなた本気でそんな事を申しておるのか? この罪人を目の前にして」
「彼は罪人ではありません! お願いお母様! 彼を、彼をこのまま逃がしてあげて下さい!」
 予想もしなかったマリアのその言葉に、その場にいた全員が言葉をなくした。
 魔物であるリガルナを、処刑する事もなくこのまま野に放てと、いくらマリアの訴えであってもそんな言い分がまさか通るはずも無い。そう確信していた一同はエレニアに視線を向けた。
 エレニアは眉間に皺を寄せ、長い沈黙を守ると静かに口を開く。
「この者を野に放てば、これ以上の災厄が降りかかる事になるやもしれん。それを分かって申しておるのか」
 その問いかけに、マリアはぐっと唇を噛み締め一度大きく頷いた。
「彼は何もしません。私は、そう信じます」
「……」
 一寸の迷いもなくそう言いきったマリアの言葉に、エレニアは苦々しい顔を浮かべつつもリガルナを捕らえている兵士達を見やった。
「その者を離せ」
「なっ!?」
「エレニア様!?」
 思いがけないその言葉に、グルータスもセトンヌも、そして兵士達も皆愕然とした表情を浮かべエレニアを見た。
「ほ、本気でそう仰っておられるのですか?! 今この者を解き放てば更なる災厄が……」
「構わぬ。所詮この国は女王たる私の言葉など無に等しい。全ての言葉の権限は巫女であるマリアの発言にある」
「そんな、しかしそれでは……」
 エレニアは憮然とした表情を浮かべたまま、冷たくリガルナを見下ろし吐き捨てるように呟いた。
「命拾いしたな。赤き魔物よ。今回殺されずに済んだのはマリアのおかげだ。せいぜい感謝するがいい」
 そう投げかけたエレニアの言葉が終わるが早いか、エレニアの脇をすり抜けリガルナの胸倉を掴み上げると勢い良く頬を殴りつけたセトンヌの姿があった。
「人を殺したお前が、なぜ命拾いをする!? このまま死ねばいいものをっ!」
「セトンヌ!」
 マリアが止めるのも聞かず、セトンヌは首を締め上げるかのようにきつくリガルナの胸倉を締め上げ、凄まじい形相でリガルナを睨み付けた。
「言っておくが、俺はお前が死に絶えるまでお前を恨み命を狙う。地の果てまでも追い詰めて、その息の根をこの俺が止めてやるからな!」
 口の端からポタポタと血を流しながら、真っ向から投げかけられる言葉の数々。それらはリガルナの心を冷たく凝固させる最後の言葉だった。
 もう誰も、いや、最初から味方なんていなかった。一縷の望みなど求めるだけ無駄だった。この目に届くはずも無い希望と言う名の光など、最初から自分に差してなどいなかった……。見えないのにただそれだけを求めて抗っていた自分が馬鹿らしい……。
「やめよ、セトンヌ。今のそなたには何も出来まい。早くこやつを国の外に捨て置けっ!」
 エレニアがそう声を荒げると、兵士たちはリガルナを連れレグリアナ王国から追い出した。
 乱暴に放り捨てるようにしてリガルナの体を門の外に投げると、リガルナは砂煙を巻き上げながら地面に転がった。
「さっさと消えろ。小僧。もう二度と戻ってくるんじゃねぇぜ」
「……」
 小馬鹿にされたかのようなその言葉を受けて、リガルナは兵士とレグリアナ王国に背を向け歩き出した。
 絶対的な復讐をその胸に誓って……。

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