Reverse cross

陰東 一華菱

第十九話:謎の頭痛

 日が高く昇り、チチチ……と小鳥が数羽楽しげに青空の下を旋回しながら翼をはためかせ、地上に降りてくる。バサバサと羽を大きく羽ばたかせて、音も無く差し出された人の指の上に舞い降りる。
 小鳥の口には赤い木の実が咥えられており、チョンチョンと飛ぶようにして止まり木代わりとなっている指の持ち主の前にそれをポトリと落とした。まるで、羽を休ませてくれたお礼だと言わんばかりだった。
 長い指の上でくるくると頭を動かし、すっかりリラックスした様子で毛繕いを始めた小鳥を、目を細めて見つめていたのはリガルナだった。
 自分の指の上で、何の抵抗もなく羽を休める鳥。動物である彼らは、異形の姿をしているリガルナを見ても数奇な目で見る事も、蔑む事もしない。それが、唯一今の彼には落ち着ける物だった。
 レグリアナを追われてかれこれ12年。人と触れ合う事もなく、ひっそりとただ一人で生きている。
「……」
 膝の上に落ちた赤い木の実を何気なく拾い上げると、まるで分かっているかのように鳥がチチチ、と鳴いた。
 摘み上げた木の実を何を考えるでもなく指先で弄びながら、リガルナは昨日の事を思い出す。

 昨日、リガルナはまた一つ村を消した。
 村はとても長閑で、村民達は自給自足の生活ながらも幸せに暮らしている村だった。人同士の付き合いは暖かく、まるで村全体が一つの家族だと言っても過言ではないほど暖かな村。困った時はお互い様。誰かに何かがあれば必ず誰かが助けてくれるような、笑顔の絶えない村だった。
 夜の帳が下りてからは起きている人間などほとんどなく、虫の声と時折吹く風の音が村を包み込み静寂を守っている。
 その光景を、リガルナは暗い夜空の上から冷たく見下ろしていた。これからこの村が一瞬にして消失する事など知るはずもない村民達の平和な寝息。それを想像するだけでもリガルナにとって見れば忌々しい物だった。
「……っ」
 すぐにでも消し去りたい。そう思った矢先、ズキンと頭が痛む。
「またか……っ」
 脈打つほどに強い頭痛がリガルナの頭を締め付ける。耐え難いほどのこの痛みは、一体いつから感じるようになったのか。彼自身にもよく分かってはいなかった。ただ、何か大きな事をしようとすると、時々思い出したように痛くなってくる。
「……今更、嫌悪感も何もない。偽善者ぶるのはやめろ……」
 顔を顰めながら、リガルナは片手で頭を押さえ、もう片方の手で胸元をきつく握り締めながら唸るように呟いた。
 国を追放されたあの日に、リガルナは“自分”を殺した。それまで生きてきた人生もろとも、“リガルナ”を殺してきた。ほかの人間達が、自分を魔物だ悪魔だと訳もなく忌み嫌い、罵り、蔑むのであれば、彼らの言う通り魔物そのものになり、生きていく。そうしなければ、もう生きてはいけないと思ったからだ。
 そうまでして生きる事に執着している自分が無様だと思わなくもない。だが、何もせずしておめおめと死んでしまう事は出来なかった。だからこそ弱い自分を殺して、ここまで追い詰めた人間達に復讐を誓ったのだ。だが、時折こうして痛みとなって現れるのは、まだ死に切れていない“自分”が抵抗をしているのかもしれない。そう思うと非常に腹立たしく、苛立ちを覚える。
「クソ……」
 リガルナは顔を顰めたまま舌打ちをすると、風を呼び起こす。するとそれまで静かだった風が大きくうねりを上げ、リガルナの翳した手の前で大きな塊となる。
「……散れ」
 リガルナの言葉を皮切りに、大きな塊となって力を溜めていた風は爆発した。
 大地が震えるほどの凄まじい音を上げ、弾け飛んだ風はかまいたちのような鋭さを持ったまま村に襲い掛かる。
 バキバキと音を立て家々の壁や屋根を削ぎ取られていく中、突然の事に身動きの取れない村民や外に逃げ出した村民達の悲鳴が辺りに一斉に響き渡った。
 風は、蜘蛛の子を散らすかのように逃げ惑う村民を容赦なく切り捨て、見る見るうちに亡骸が積み重なって村は血の海と化していく。
 更に逆巻く風の強力な力により家は地面から引き剥がされ、粉々に散りながら人々の悲鳴と共に空高く巻き上げ、そして村のあった場所から離れた場所に巻き上げられた全ての物が砂塵を巻き上げながら落ちていく。
 それは、ほんの一瞬の事。気付けばもうそこには家や人間達すらも一掃され、夥しい量の血痕だけを残し跡形もなくなっていた。
「……」
 リガルナは満足そうにほくそえむ。その直後、先ほど感じていた痛みよりも更に強い頭痛に頭を抱え、フラリと体をよろめかせる。
「……っく」
 脂汗を滲ませて顔を顰めたまま、痛みを振り切るように月の無い天を仰ぐとフッと暗闇の中に消えた。



 昨晩の事を思い出しながらリガルナは浅く溜息を吐く。するとそれに反応して鳥達は再び空へと舞い上がった。
 空の彼方へ飛び去った鳥達を見送ったリガルナは、とても疲れていた。
「俺の中の俺は、まだ死に切れていないんだな……」
 ボソッと呟きながら手にしていた木の実を落とし、何気なく手を頭に当てる。
 昨日のような強い頭痛は今まで一度もなかった。一体いつからこんなに頻繁に頭痛を感じるようになったのだろう……。
 今は特別何も感じない。あの痛みは、リガルナが人を殺めようとする時にだけ起こるもの。それも、規模が大きければ大きいほど、その痛みは強まる。そうなると、やはり過去の自分が抵抗をしているとしか考えられなかった。
 リガルナはふっと目を閉じる。すると、ある言葉が脳裏を過ぎった。
『お前のように死に急ぐ人間が近頃後を絶たない。大した努力をするわけでもなく、自分で勝手に限界を決めて何もせずおめおめと死ぬと言うのか? お前の中にあるこれまでの人生。どんな人生を歩んできたかは知らぬが、その胸の中に渦巻く闇を解き放たない限り、お前はここで死のうとも決して救われる事はない。それでも死を選ぶと言うのならそれも良かろう』
 記憶の彼方に、冷たくもそう言っていた奴がいた。
 白銀煌く長い毛並みをした銀狼。2尾の尾を持ったその狼は、当時生きる事を諦めようとしていたリガルナにそう人の言葉で語りかけてきた。
 では、救われるように死ぬにはどうすれば良いのか。そう問い返すと、彼はぶっきらぼうに突き放してくる。
『闇を解き放つ方法は自分で考えろ。ワシが答えるのは簡単だ。他人が導き出した答えにぶら下がるばかりでは、お前の為にはならん。ただ、助言はやろう。失敗は幾らでもするがいい。何が正解で何が不正解なのかは生きてみなければ分からない事だ。そうして生きた先に見出す何かがあるかもしれないが……。さて、お前が導き出す闇を解き放つ方法。それが例え悪しき方法であったとしても、それはお前の人生。ワシがどうこう言う筋合いはない。なぜなら、お前とワシは赤の他人なのだからな』
 鼻先で笑うようにそう言った銀狼は、それっきり姿を現さなかった。
 自分の死について考えようとすると、決まって奴の言葉が思い出される。
 誰の言葉も耳に入らなかったあの時、人間ではない彼の言葉だからこそすんなりと聞けたのかもしれない。そして自ら考え辿り着いた答えが、今のリガルナの生き方だった。
「俺が生きる意味は、全てに対して復讐することだ。それ以外、生きる意味などどこにもない」
 記憶の彼方で背を向けて歩き出す銀狼の背に向かってそう呟くと、リガルナは閉じていた目を開いた。そしてゆっくりとその場に立ち上がると、くるりと踵を返してその場を後にした。

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