Reverse cross

陰東 一華菱

第二十三話:信用できない相手

 アレアは、暗い闇の中を手探りに歩き続ける。一筋の光すら見えなくて漆黒のような闇だけが自分の周りに纏わりついていた。
 伸ばした自分の手さえも見えなくて、果たして自分は今どこにいて、立っているのか座っているのかさえ分からない。暗闇にはすっかり慣れているはずなのに、どうしてこんなにも恐怖を感じてしまうのだろうか。
 誰でも構わないから、この手を掴んで欲しい。今、ここにいてもいいのだと言う確信が欲しい。
 アレアは無意識にもこぼれる涙を流しながら、真っ暗な闇の中をずっと歩き続けていた。
 寒い……。
 思わずぎゅっと体を抱き寄せる。自分の体を自分で抱きしめても、暖かくなどない。満たされもしない。ただ、寂しさだけがこみ上げて仕方が無かった。
「……お父さん……お母さん……」
 はぁ……と深い息を吐きながら、もうここにはいない両親を求めて呼びかける。
 こんなに寒くて寂しい思いをしているのに、なぜ二人はここにいてくれないのだろうか。
 生きたい。そう思って新たな一歩を踏み出したのに、もう自分は元の自分に戻りつつある。
「私を、迎えに来て……」
 そう呟いた瞬間、アレアは現実に引き戻された。
 意識を取り戻して、ゆっくりと瞼を押し上げてもアレアには映る世界がない。ただ、意識だけが確実に目覚めたのだという感覚だけが、彼女と現実を結び付ける。
 遠くに響く風笛。背中に当たる冷たく硬い石。遠くから吹き付けてくる風はとても冷たくて、アレアは思わず震えた。
「ここは……」
 確か自分は、朽葉の絨毯が敷き詰められた森の中に倒れたはず。なのに、今いるここは酷く寒くて居心地が悪い。
 ヒュウと鳴る風笛の音が耳を過ぎる。その風笛の中にボボボっと揺らめく炎の音を聞きつけた。
 ひんやりとした空気に無機質な空間をアレアは肌に感じると、倒れる前に自分の側で見下ろしていた誰かが助けてくれたのだと思った。
「……誰かが、助けて……?」
 もう一度、考え付いたことを口にすると少しだけ嬉しさがこみ上げてきた。こんな自分を助けてくれる人が本当にいたのだと。しかし、そのすぐ後には表情が強張った。もし、助けてくれていたのが叔父か叔母だったなら……。そう考えるとゾッとする。
「!」
 体を引き起こそうとして地面に手を着くと、ズキリとした痛みが腕を襲う。あまりの痛さにアレアは顔を顰め、傷んだ腕に手を当てた。
「……あ」
 指に触れる布の感覚。そっとその布を擦るようにしながらゆっくりと手を動かすと、それは自分の右腕の傷を守るために巻かれた包帯だと言う事が分かった。
「……っ」
 こんな風に傷を負って手当てをしてもらった事など、これまであっただろうか。きっちりと巻かれた包帯の感触に、アレアはポロポロと涙が溢れ出る。
 嬉しかった。ただ、単純に嬉しかった。これを施してくれた相手がただの気まぐれでしてくれた事だったとしても、それだけで胸は喜びで一杯になる。
 アレアはこぼれる涙を何度も拭っていると、ふと人の気配に気付いて顔を上げた。
「……」
「……」
 リガルナは突如こちらに顔を向けたアレアを見て、思い切り不機嫌な顔を浮かべ冷ややかに睨みつけた。
 所詮、この女も他の人間と変わりはない。自分を恐れない訳がないのだ。
 アレアはこちらを見つめる冷ややかな視線を感じ、言葉を無くす。そしてそこにいるのが男性であると認識した。アレアには性別がなんとなくだが匂いと雰囲気で相手の性別が分かるのだ。特に相手が男性ならば、無意識にも警戒する。
 目が見えない事がバレたら何をされるか分からない……。
 互いに思うところがあり、凍りついたかのように長い沈黙が二人の間に落ちる。
 双方が相手を信用出来ない状況に置かれ、言葉などあるはずもない。しかし、先にその沈黙を破ったのはアレアの方だった。
「あ、の……」
「……」
「……た、助けて頂いて、あ、ありがとうございました」
 リガルナから顔を逸らしながらも、努めて自分は目が見えているのだと装いながらそう呟くと、リガルナの表情が更に険しくなった。
 アレアが目を逸らした。それはつまり、リガルナにとって見れば決して好ましい行動だとはいえないものだった。
 やはり彼女も、この姿に怯えている。そう思うと先ほどまで以上に、ここへ連れてきてしまった自分の行動の浅はかさに苛立ち、後悔の念を強くする。
 リガルナはジロリとアレアを鋭く睨みつけると、吐き捨てるように言葉を吐いた。
「……消えろ」
「え……」
 突然の言葉にアレアはピクリと肩を震わせ、僅かに顔を上げる。
 なぜ、相手の男性はこんなにも敵意をむき出しにしているのだろう。この腕の手当ては、彼がしてくれたのではないのだろうか? しかし、だからと言ってこんなにも攻撃的は反応が返ってくるとは思っても見なかっただけに、酷く動揺してしまう。
 何と答えて良いのか分からず、ただ顔を俯けたままでぎゅっとスカートを握り締めた。
「目が覚めたなら、俺の前から消えろ」
「……っ」
 一向に動く事も喋る事もしないアレアに、リガルナの言葉はより語尾を強める。
 迂闊だった。彼女には姿を見られないようにして消えてもらうつもりでいたのに、少し様子を見にきてみればこれだ。もう引き下がる事ができない。もしもここで騒ぎ立てるなら、その命を奪うだけだ。
 しかし、アレアは騒ぐ事も泣き叫ぶ事もなく、ただじっと小刻みに震えながら自分の手元を見つめている。そんな様子に、リガルナは目を眇めた。
 何故彼女は何も喋らない? なぜ何の反応も示さない? いっそこのまま騒ぎ立ててくれた方がよほどマシだと言うのに。
 押し黙ったままの彼女の様子に、次第にリガルナは困惑し始める。
 何かが変だ。そう感じるのに時間はあまりかからなかった。

「Reverse cross」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く