Reverse cross

陰東 一華菱

第二十四話:脅されてもなお……

「……」
 アレアはリガルナの言葉に動揺しつつも、「消えろ」と冷たく突き放された事にそれまで感じていた喜びを飛び越えて急速に悲しくなり、こみ上げる涙を堪えるまもなくその頬にポロポロと涙をこぼした。
 何もかも拒絶するような言動が、酷く心に突き刺さる。まるで、叔母がいつも投げかけてくるような辛辣な言葉に聞こえてしまった。
 声もなく泣き出してしまったアレアの姿を目の当たりにして、驚いたのはリガルナの方だった。
 なぜ泣く必要がある? 自分の姿を見て臆さない人間などいるはずはない。だとしたら恐怖のあまり泣き出したと言うのだろうか? しかし、そんな風にも見えない……。もしや、この涙にも裏があるんじゃないだろうか?
 リガルナは酷く動揺しながらも、無意識にもそう勘ぐってしまう。
「……すみません」
 長い沈黙を守っていたアレアは顔を伏せてこぼれ落ちる涙もそのままに、口を開いた。
「一人でここを離れる事は、出来ません……」
「……」
 突き刺さるような冷たい視線を感じながら、アレアは恐怖に声を震わせてそう言った。
 ここが一体どこで、どんな場所にいるのか全く分からない状況の中に置かれていて、しかもそれを確認する術もない内から「出て行け」と言われても、出て行けるはずが無い。
 ただでさえ真っ暗な世界。知らない場所と言うだけでも怖いというのに、そんな場所に一人で放り出されて、無事でいられる保障は極めて低いはずだ。
 そこまで考えて、アレアは自分がどうしたいのか分からなくなっていた。自分は一体、生きたいのか死にたいのか。目の前の事に必死になって、後先考えず飛び出してきたのだ。その矢先に知らない人間によって知らない場所に連れてこられ、そして出て行けと突き放されて……。
 頭の中はぐちゃぐちゃで今は整理ができそうにない。だがそれでも、一人で放り出される事だけは嫌だと思った。
 ここを一人では出て行かない。そう呟いたアレアの言葉に、リガルナの表情がピクリと動いた。
 まさか、自分と一緒に下りてくれと言うのではないだろうか。この女はかつて王国の女がそうしたように、俺を罠にハメようとしている……?
 疑念の思いが湧き上がり、どうしてもアレアを疑いの目でしか見れない。
「……っ!?」
 リガルナはギロリと睨みを利かせ、胸の中に湧き上がる苛立ちのまま腕を伸ばし、勢い良くアレアの首を手で掴んだ。そして背後の岩にその体を叩きつけるように押し付ける。
「あっ……く……っ」
 無防備だったアレアは強かに背を岩にぶつけ、ギリギリと喉元を締め上げられて息苦しさを覚える。
 あまりに突然の出来事にアレアは錯乱状態だった。
 今、何が起きているのだろうか。自分の首を絞めているのは、目の前の男性の手……。
 震える手で自分の首にかかってるリガルナの腕に触れた。まるで容赦の無い締め付けに、アレアは苦しげに呻きもがく。
「……生かした状態で逃がしてやると言っているんだ。くだらない事を言っている暇があるなら、とっとと俺の前から消えろ!」
「……はっ」
 更にきつく締め上げてくるリガルナの手に、アレアはきつく目を閉じ恐怖から冷や汗を流しながら身動きが取れない。
「それとも、死にたいなら望み通りにしてやろうか……?」
 アレアはその言葉にきつく目を閉じたまま首を左右に振った。
 どうしてこんな目に遭うのか分からないまま、アレアはやはりこの時も生きることを望んだ。
 その反応を見たリガルナは彼女の首から無造作に手を離す。
 宙に浮くほど持ち上げられていたアレアは力なくドサリと地面にくず折れ、大きくむせこみながらへたり込だ。
「だったら消えろ。すぐにだ」
 喉元を押さえ、ポロポロとこぼれ落ちる涙を拭うこともせずにアレアは何度もむせ込んだ。そして悲痛な顔を浮かべたままリガルナを振り返ると、叫びにも似た声で訴えた。
「……一人じゃダメなんですっ!」
「……消えろ」
「ダメ、なんです……っ!」
「目障りだ」
「……ダメなのっ!!」
 最後は悲鳴に近い声でそう言い切った。ボロボロと零れ落ちる涙を止められず、酷く悲しくなり嗚咽を漏らしながらアレアはその場に泣き崩れた。
 どうして彼は、そんなにしてまで突き放そうとするのだろう。なぜ、この訴えを分かってくれないのだろう……。
 悔しくて、悲しくて、胸が張り裂けてしまいそうだった。
 リガルナはそんなアレアを見やり、冷たく言葉を投げかける。
「……お前たち人間など信用できない。そう言って俺を人里に連れて下り、殺すつもりなんだろう」
「……!」
 アレアには想像もしていなかったその彼の言葉に、目を見開いた。そして俯いていた顔を上げるが、当然その表情はアレアに見ることは出来ない。ただ、彼からは言いようのない焦燥感のようなものが感じ取られた。
 人里に連れ下ろして、殺す? なぜ、そんな言葉が彼の口から出たのかアレアには分からなかったが、彼にはそうなるだけの何かがあると、この一瞬で理解できた。
 だから頑なに出て行けと言い張り、突き放そうとするのだ……。
 リガルナは呆然としてしまったアレアをみやり、フンと鼻を鳴らして背を向ける。
「日の出と共に俺の前から去れ」
「……」
 リガルナはそう言い捨てるとその場から立ち去った。
 遠のく足音に、アレアは言葉をなくしたまま呆然とその方角を見つめたまま動けなかった。

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