Reverse cross

陰東 一華菱

第三十話:すれ違う心・必要な人

 悲しむ人もいない。友人もいない……。誰も自分を必要としていないなら、いっそ……。
 アレアは胸に抱きしめたボタンを、ギュッと更にきつく握りこんだ。そしてそっと瞳を閉じる。
「私を、二人のところに導いて……」
 小さく呟くようにそう言うと、アレアはゆっくりとした動作で足を踏み出した。
 足場がなくなり、体がガクンと下に沈む。が、その瞬間右腕を掴まれた強い衝撃を受け、手にしていたボタンを取り落としてしまった。ボタンは暗闇の中に吸い込まれるように落ちて消える。
「……え?」
 死ぬ為に踏み出した一歩が意味をなさず、アレアは右手首をしっかりと掴まれたまま宙にぶら下がっている。一瞬何が起きたのか分からず、自分の腕を掴んでいるものの方へ顔を向けた。
「……何をしている」
「………っ」
 ふいにかかった言葉に、アレアは顔を強ばらせた。
 リガルナは飛び降りようとしたアレアを間一髪で助け、深いため息を吐いた。そして軽々とアレアを崖の上へ引きずり上げた。
 踏み抜いてそのまま死ぬ覚悟だったアレアは再び地面の上に舞い戻り、両手両足を着いた状態で嗚咽を漏らしながら涙を流していた。
 リガルナには、彼女が何故突然こんな真似をしようとしたのか分からなかった。
 目の前で泣き崩れるアレアは何かに絶望してしまったかのように顔をうつ伏せて、肩を震わせながらむせび泣いている。そんな姿を見て、リガルナの胸には困惑しか生まれなかった。
「どうして助けたりしたんですか……っ」
「………」
 震える声でそう言ったアレアは、地面に着いていた手をきつく土を握りこむようにして拳を作った。その地面にはポタポタと涙が滴り落ち、濡らしている。
 なぜ助けたのか。そう問われたリガルナは、上手く言葉にする事が出来ない。気付いたら動いていた。いや、そうじゃない。彼女が居なくなってしまう。そう思うと焦りが生まれ、助けなければと思ったのだ。
「もう、あなたにとっても私はただ邪魔にしかならないなら、いっそこのまま死なせてくれればいいのにっ!」
「……っ!」
 その心からの叫びに、リガルナは面食らい激しく動揺してしまった。
「あなたの近くにいさせてくれるだけで私は安心することができたのに、あなたは違うんでしょうっ!?」
 悲痛な叫びにも似た声でそう言うと、アレアは更に全身を大きく震わせて激しく泣きじゃくりだす。
「もう嫌なの! 全部、全部イヤ! 誰も私を必要としてくれない。誰も私を愛してくれない! 誰も、悲しんだり気に掛けたりしてくれない……。こんな人生、何だって言うの……! 何だって言うのよ……っ!」
 アレアはこれまで堪えてきた物を突如としてぶちまけ、地面に伏して激しく泣き出した。
 全て、自分の独りよがりな言い分だとは思う。だがしかし、それは確かに自分の正直な気持ちであり、いつも感じている物だった。
 誰かに必要とされたい。誰かに気にかけてもらいたい。愛してもらいたい……。
 それは誰にでも当然のようにある普通の要求だった。それをこれまで一度も満たしてもらえなかった心の悲痛な叫びは、リガルナの胸を鋭く貫いた。まさに、昔の自分も同じ物を求めていたのだ。
 そのどれか一つでも満足に満たっているのなら、こんなにも気持ちを爆発させる必要もないはず。では、その要求のどれかを満たしてやるにはどうすればいいのか。そう考えた時、今その役目を担わなければならないのは、ここにいる自分だと言う事に気付いた。
 ただ傍に誰かがいてくれればそれで良いと満足し、穏やかな気持ちになっていたのは自分だけだった。上辺だけの安心感。それだけではなく、心の繋がりを彼女は求めている。
 そんなむせびなくアレアを見つめていると、ずっと隠してきた本来の自分が顔を覗かせた。
「俺は……」
 突然口を開いたリガルナに、アレアは一瞬動きを止めた。そしてゆっくりと涙に濡れた顔を持ち上げる。
 どんな言葉が、彼女には届くのか。どんな風に声をかけて良いのか分からないが、リガルナは今自分の置かれている状況をポツポツと打ち明けた。
「俺は、必要とされるどころか、皆から消えて欲しいと望まれている」
「え……?」
「この世に生きる全ての人々に、消えて欲しいと……」
「……」
 アレアの涙は止まっていた。そして愕然としたように眉根を寄せている。
 初めて自分のことを話し始めたリガルナに驚いた事もさながら、そのリガルナの発言にも言葉を無くしてしまった。
 この世に生きる全ての人々から消えて欲しいと望まれている。そう言った彼の言葉はとても重たく、困惑を招いた。
 それは一体どう言う意味なのか。アレアはこの時、彼が自分の素性を語らず、人を寄せ付けない理由と何か関係があるのだと直感的に感じ取った。
 リガルナはアレアを見やりながら目を細め、そしてどこか寂しげな色をちらつかせる。
 これを打ち明ける事によって、自分はこれまで黙っていた事を明かさなければならなくなる。その時はきっと、彼女との別れを意味するのだろう。
 そう思うとチリチリと胸が痛む。
「お前は俺と違って、まだ……望まれているだろう」
 ぶっきらぼうにもボソリと呟いたその言葉に、アレアは目を見張った。
 リガルナはそんな彼女から視線を逸らし、初めて吐露する自分の気持ちを打ち明ける事に抵抗を感じていた。
「……今は俺が、お前を……必要としている」
 思いがけないその言葉に、アレアはただ言葉をなくし驚いたような表情でリガルナを見ていた。

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