Reverse cross

陰東 一華菱

第三十一話:相手を求める欲望

 人間とは、貪欲な生き物だ。一つの事に満足すれば更にそれ以上の物を欲しがってしまう。
 傍にいられれば幸せだ。満たされる。そう思っていても、今目の前に居るアレアは然り、リガルナもまた心のどこかでそれ以上の繋がりを求めていないとは言い切れなかった。
 傍にいたいだけでは足りない。相手の考えている事を知りたい。名前も心も知りたい。触れて、暖かさに包まれて確かめたい……。
 そう望んでしまうのは、当然の感情という物だ。
「……それって、どういう事……?」
 アレアはリガルナの言った“皆から消えて欲しいと望まれている”と言う言葉に引っかかりを感じ問いかけた。
 言ってしまえば楽になる。不安も消えて心が軽くなるに違いない。ただ、それを言えば彼女も消えてなくなる……。
 そう考えるとリガルナは迂闊に離せなくなり、立ち上がってアレアに背を向けると、遠くを見ていた瞳を伏せた。
 まだ彼女を失いたくない。まだ、この手にかけるのは早い……。
 リガルナはアレアを手に掛ける自分の姿を想像すると、空恐ろしくなり目を背けたくて仕方が無かった。
 あぁ、なるほど。やはり自分も彼女を強く求めている。傍にいるだけでは満足できてなどいなかった……。
 それを自覚しながら、呟くように言う。
「お前は知らなくていい……」
「……ま、待って! 待って下さい!」
 リガルナは呼び止めるアレアを振り返ることもなくその場から立ち去った。
 知らなくていい……。いや、そうじゃない。知られたくない。もし自分の正体が分かれば、きっとアレアも他の人間たちと同じように恐怖し、罵声を浴びせてくるに違いないのだ。
 リガルナは洞窟からだいぶ離れた場所で足を止め、何の気なく空を見上げる。
 こんな風に恐怖と隣り合わせに生きる事を遠ざけていたのに、なぜまた今になってこんな気持ちになるのだろう。なぜ、そうなると分かっていながら、彼女に安息を求めたりしたのだろう……。もう二度と、裏切られるのは嫌だと思っていたのに……。
 リガルナの零した溜息は、吹抜けて行く風に流されて行った。


 洞窟に残され自ら死を望みながらも生かされたアレアは、一人その場に座り込んだまま動けずにいた。
 何だろう。あの人が今見せた酷く哀しい雰囲気は……。でも、あれは自分も知っているもの。つい先程まで自分が感じていた孤独感と似ている。いや、それ以上の……。
 アレアは涙を拭い葛藤しているリガルナの事を考えた。
 自分の事は何も語らず、しかし傍にいる事を受け入れ二度も命を救ってくれた。いつの間にか二人の距離は最初に比べて縮まった事で、彼も同じように近くに誰かいる事に安心をしていたに違いない。そうでなければ今も最初の頃と同じになっているはずだ。
 傍にいる事を受け入れ、安心感を抱いていても何も語らないのはどうしてなのか。
 そう考えると、先ほどの彼の言葉からある程度推測できるものがあった。
「もしかして……何も話してくれないのは、私のため?」
 そうかもしれない。でも、違うかもしれない。それは、一人で考えていても出てくる答えではない。相手に話を聞かなければ出てこないものだ。
 そう考えると、アレアはぐっと拳を握り締めてゆっくり立ち上がり、リガルナが歩いていったであろう形跡を辿りながら後を追いかけ始めた。
 互いの傷を舐めあう為に動くのじゃない。リガルナがそうであるように、自分もどこかで助けてくれたリガルナに縋りたかった。これから先もその存在にひたすら縋って、甘えて、満たされていたかった。どんなに突き放されても、どんな事情があったとしても、自分にはもう彼しかいないのだ。
 両手を一杯に広げ探るようにしながら、崖から足を滑らせないように細心の注意を払い一歩一歩後を追いかけた。
 どこへ行ったのかは分からない。それでも吹く風に乗って流れてくるリガルナのかすかな香りを辿って柔らかな地面を踏み、一歩ずつゆっくりと追いかける。
「待って、待って下さい。お願い、待って……」
 おぼつかない足取りで後を追いかけてきたアレアの声が、その場から動けず一人考え込んでいたりガルナの耳に届く。
 まさか追いかけてくるなどと思いもしなかったリガルナは、僅かに驚いた顔を見せアレアを振り返る。
 アレアは目の前に人がいて、それがリガルナである事を雰囲気で察知した。
 そこに彼が待っている。そう思うと胸にこみ上げる思いに歯止めが利かず両手を前に差し出して、歩みを速めた。
 山の斜面を頼りなく歩いてくるアレアの体がよろりとよろめいて傾ぎ、そのまま滑り落ちそうになる姿を見て、リガルナは咄嗟に手を差し延べ、自分に向かって差し出されていた手を掴んで引き寄せた。
 呼吸を荒らげながらリガルナの前に立たされたアレアは、顔を俯けたまま息を整える。
「私……。きっと、あなたと同じだったんだと思います……」
「……」
「傍にいられるだけで凄く心が満たされて、安心して……」
「……」
 リガルナが見下ろす前で、アレアはポロポロと涙が零れおちた。
 涙をそっと拭い、小さく微笑みながら俯けていた顔をリガルナに向ける。
「自暴自棄になっていたけど、本当は助けてもらえて……嬉しかった」

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