Reverse cross

陰東 一華菱

第三十八話:見放された男

「おいおい、何なんだよこの雨は!」
 苛立った口調で、濃い霧に包まれた道のりを歩く数人の男たちがいた。ぬかるんだあぜ道にはいくつもの水溜りが出来、足を一歩踏み出す度に泥が跳ね上がって男達の足元を汚していく。
 彼らはこのいつ止むとも分からない雨で水分をたっぷり含み重たくなった軍服を着込んでいる。その襟には、レグリアナ王国のシルバーピンが光っていた。
 べっとりとまとわりつく衣服の不快感は言い知れない。身体の芯は冷えているのに暖かくなっている表皮の熱で、かすかに湯気が上がっている。
「くそっ、ムカつくぜ!」
 一人悪態を吐いているのは、先陣を切って歩くいかにもガラの悪く目つきも悪い茶色の短髪の男性だ。
「本当だったらもうとっくの昔に街に着いてるはずだろ。ったく、道間違えやがって。おまけにこんな酷い雨に見舞われるし、お前らほんと最悪だぜ……」
 文句を言わずにはおられないのだろう。彼の後に続いて歩いている3人の男たちもまた、前を一人歩く男のその言葉に苛立った様子で睨んでいる。
「サルダン。仕方がないだろう。そもそもこっちの話も聞かずに一人で突っ走ったお前が原因でもあるんだぞ。大体、こんな雨が降るなんて、神でもなけりゃわかるはずがない」
「あぁあぁ、そうだろうよ。もうそんな台詞は聞き飽きたぜ。とにかく街はまだなのかよ!」
 まるで人の話など聞き入れる様子もないかのように、サルダンと呼ばれた男は男達を振り返る事もせずにあしらいながら、水しぶきが上がるほど地面を強く踏みながら前を歩いていた。
 その行動を見つめていた男たちは、とても不愉快そうに顔を歪めて小さく舌打ちをする。しかしそれは雨の音に掻き消されサルダンの耳に届くことはない。
「あんなヤツ、さっさとくたばっちまえばいいのに……」
 3人の内の一人がボソリと呟くが、やはりそれもサルダンの耳には入らない。だが、隣を歩いていた男の耳にはハッキリと届いて聞こえている。
「そもそも、グルータス様からあいつの事は捨て置くように言われてるんだ。いつまでも付き合ってやる必要はねぇよ」
 その言葉に、他の二人は目を見合わせると頷きあった。
「この先には確か、死山と呼ばれる山があったな?」
 その問い掛けにもう一人の男がチラリと視線を合わせると、誰からともなくニヤリとほくそえむ。
 雨は誤算のうちではあったが、今となっては良い味方になっているといってもいい。この視界の悪さは、サルダンを煙に巻くには好都合だ。
 男達は命令に従って、サルダンをこの雨に紛れてこの場に捨て置くつもりでいた。
「おい、サルダン! この先に険しい山があるんだが、その山を越えたところに村がある。今日はそこまで行こう」
 大きな声でサルダンにそう声を掛けると、サルダンはうんざりしたような顔で後ろを振り返った。その表情は不満たっぷりと言わんばかりだった。
「あぁ? 山を越えるだ? その前に街があるはずだっただろうが」
「悪い。この雨で街へ行く為の街道を見失っちまって……。今調べたら、その道からもうだいぶ来ちまったみたいなんだ。今から引き返すよりも山を越えた方が近いんだよ」
 その言葉にサルダンは露骨に舌打ちをして男たちを睨みつけると、プイッと前を向いた。
「ったく、冗談でだって笑えねぇ。何でこんな時に俺が山越えなんかしなきゃなんねぇんだ。くそっ、マジで使えない奴らだぜ……」
 一人ブツブツと文句を言うその言葉一つ一つは後ろを歩く男達の耳には届かない。しかし、やがて観念したように声を上げた。
「わぁったよ! 山を越えりゃいいんだろ! 山を! 今度はしっかり案内しろよな!」
 サルダンはブチブチと文句を言い、土砂降りの雨に冷えた体を抱きすくめている。
 どれだけの悪態を吐いても早く暖かな布団に入りたいと思う気持ちが勝ってか、これが自分を陥れる為の策略だと言う事に気付く事無く了解したサルダンに、男達はお互い目配せをしながらニタリとほくそえ、歩みを止めた。
 そんな事に気付きもせず、一人歩いて行くサルダンの後姿を見送りながら男達は呟く。
「このまま死山に一人で乗り込めば、間違いなく奴は野垂れ死ぬ」
「死山は人が寄り付かない変わりに野犬が多く蔓延っていると聞くし、いずれ食い散らかされて終わりか。惨めな最期だよな」
「自業自得……いや、因果応報だ。自分がこれまでどれだけの事をしてきたか、最後の最期で悔いればいいさ。ま、奴はそれすらもしないだろうがな」
 自ら調べる事も面倒がってしないことから地図を持たず、食料も持たないサルダン。その山に踏み入れれば生きて帰ってこれる保障はない事を知らずにどんどん先に進んでいく。
「何でもかんでも人任せにしてると、迷って当然だぜ。おぼっちゃん」
 濃い霧の先に歩いて行き、姿がすっかり見えなくなってしまったサルダンを見送りながら男たちは笑い、元来た道を戻り始めた。

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