Reverse cross

陰東 一華菱

第四十三話:動き出す報復の嵐

 しばらく忘れていたはずの頭痛が止まない。ズキズキと執拗なほどに痛んで神経を逆撫でてくる。
 あぁ……鬱陶しい。この頭痛も、この世界に生きる、平気で人を蔑み奪い取る人間達も……。
 今は多くの人間達の血で全身が赤く染め上がろうとも、もうどうでもいい。どうでも良かった。

 ふらりとよろめくように身体を揺らしながら、頭の先から血にまみれたリガルナが洞窟へと戻ってくる。
 今しがた、頭部と手のなくなったサルダンの遺体を崖下に投げ捨ててきたところだ。彼の遺体はいずれ野犬に食われて無残な姿を晒す事になるだろう。近頃の野犬は飢えで気性が荒い。
 ゆっくりともたげた視線の先には、まるで眠っているかのように両手を胸の上で組んだアレアの遺体が、石段の上に横たわっている。
 リガルナは重たい身体を引きずるように、静かに眠る彼女の傍に歩み寄ってその傍らに膝を着き、そっと彼女の頬に触れた。
 まだ、微かに暖かい。だからつい、もう一度目を開いてくれるのではないかと期待したくなってしまう。
 それでも、硬直の始まったその姿を見ると、それは叶わないのだと現実を見せ付けられた。
「アレア……」
 目を細め、掠れる声でアレアに声をかける。
「弱い俺を……許してくれ……」
 リガルナは顔を歪めると、瞬間的に口をつぐんで俯いた。
 ぐっと歯を食いしばり、彼女の前でしか見せなかった本当の自分。その自分にもう一度仮面を被り、冷酷で非情な“魔物”として再び立ち上がらなければ、もう自分を保てない。
 リガルナはその場に立ち上がると、アレアに手をかざした。足元から頭に向けてゆっくり手をスライドさせていくと、手の動きに合わせて彼女の身体に霜が降り始めパキパキと音を立てながらどこからともなく現れた氷が、彼女の身体を覆い始めた。
 アレアの身体が分厚い氷に包まれると、元々肌寒かった洞窟内は一層寒くなる。
 リガルナがその彼女を静かに見下ろしていると、ひた、と誰かが背後に立った事に気付き、僅かに顔をそちらに向ける。
 白銀の毛並みをした、いつかの銀狼だ。
『……逝ったのだな』
「……」
『その娘はいずれこうなる運命だった。娘が自ら選んだ選択肢の結果、お前と言う存在に出会い心通わせる事が出来た。彼女自身が望んだことだ。そして……お前もな』
「こうなる事を、彼女が望んだと?」
『あぁ、そうだ。お前も幸せだったろう? 彼女と共にある時間が。さて……これから先、お前はどう生きる? 死に急ぐのか? それとも、腹の底に生まれた復讐と言う闇を全ての人間達に向けるのか……』
「アレアも俺も、こんな事を望んでなどいないっ!」
 そう声を上げて勢いよく背後を振り返ると、銀狼の姿はそこにはなかった。
 ぐっと拳を固く握り締めたリガルナは、暗い闇を睨みつける。
「……今あるのは、復讐だ」
 低く唸る彼の声は、洞窟の中に響き渡った。


                 *****  


 血に染まったかのような、赤く不気味な満月。冷たい雨の混じった強い風が吹き、一層不気味さを漂わせていた。
「……リガルナ?」
 胸騒ぎが止められず、真夜中にベッドを抜け出して窓越しに外を見つめていたマーナリアは、胸元を押さえたまま不安げにリガルナの名を呟いた。
 何か、良くないことが起きようとしている。今までのような生半可な事ではなく、もっと冷酷でもっと残酷な何か……。
 ぎゅっと手を握り締めマーナリアは瞳を閉じて顔を伏せた。
 どうか、どうかこの胸騒ぎが気のせいであるように……。
 無意識にも身体が小刻みに震える。それを堪えるようにぎゅっと自らの身体を抱きしめると、不意に後ろから腕が伸びてくる。
「セトンヌ……」
 背中から抱き寄せられ、月灯りの下に浮かび上がる白いマーナリアの首筋にセトンヌは唇を寄せた。
「眠れませんか……?」
「……えぇ。胸騒ぎがするんです」
「奴の事で、ですか……?」
 マーナリアは再び瞼を伏せ、小さく頷いた。
「何か、良くない事が起きる前触れではないかと……」
「近頃、赤き魔物は何の動きもない状態が続いていますからね。いつ動き出してもおかしくはないでしょう」
「……セトンヌ」
 セトンヌを振り返ったマーナリアの唇は、それ以上の言葉を紡がせないよう深く塞がれた。
「心配いりません。私が、必ず奴を仕留めてみせます」
 唇が離れた瞬間、そう答えるセトンヌの言葉にマーナリアの胸は痛んだ。
 どうして同じ人間でありながら殺しあわなければならないのか……。
 その時、トントンとドアがノックされどこか緊迫感のある声が掛けられた。
「お休みのところ失礼いたします。セトンヌ様、エレニア様がお呼びです」
「分かった。すぐに向かう」
 短く返事を返したセトンヌは、すぐさま近くにおいてあった軍服に袖を通し始める。その姿を不安げに見つめていたマーナリアの視線に、セトンヌはきちんと服を正すと再びキスを送る。
「行って参ります」
「えぇ……」
 セトンヌは部屋を出るとすぐにエレニアの待つ会議室へと足を向けた。


 暗い廊下を抜けて謁見の間の扉を開き中に入ると、青ざめた険しい表情のエレニアとグルータス、そして数人の兵士たちの視線がこちらに向けられた。
「エレニア様。お呼びでしょうか?」
「とんでもない事が起きたぞ。セトンヌ……」
「とんでもないこと?」
「奴の暴走が始まった。この夜の間にかなりの速度で次から次へと街や村が消失しておる」
「!」
 エレニアの言葉に、セトンヌの表情が瞬間的に固くなった。
「エレニア様! トルタン大陸の街、村の半分が消失しています! 今だその暴走は止まらず、現在も尚次々に消されています!」
 リガルナが住処にしていたのは、レグリアナ大陸から東に海を渡ったトルタン大陸。そのトルタン大陸の半数の村や街が一気に消失したなど考えられない。だが、実際にそれは起きていた。
 新たに入った情報に、エレニアはすっかり頭を抱え込んでしまった。
 このままでは、この国に危害が及ぶのも現実味を帯びて時間の問題だ。そう思った瞬間、エレニアは弾かれるように顔を上げた。
「セトンヌ。すぐにトルタン大陸へ向かうのだ。せめてランダモーネだけでも何としてでも守れ」
 ランダモーネ王国とは、このレグリアナ王国の第二都市と呼んでもいい兄弟国家だった。この国の王は他ならぬエレニアの実兄だ。肉親がいると分かって、みすみす見殺しにする事が出来ないのは当然だと言える。
 唐突なその命令ではあったが、セトンヌにはすでに心の準備が出来ていたのだろう。真っ直ぐにエレニアを見つめ返し、その命令を受諾した。
「かしこまりました。直ちにランダモーネへと向かいます」
 セトンヌは颯爽とその場を立ち去るとすぐに兵を引き連れレグリアナを出発した。

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