Reverse cross

陰東 一華菱

第四十四話:憎き再会

「ひ、ひぃっ!」
 恐怖に歪んだ顔で、腰の抜けた男が地面に尻をこすりつけるようにしながら後ずさりをする。
 暗い夜に赤い月から降り注ぐ冷たい月明かりが、不気味さを更に倍増させていた。
「た、助けてくれ! 頼む!」
 自分にゆっくりと近づいてくるリガルナを恐怖の眼差しで見上げ、無駄だと知りながらも助けを乞う。だが、リガルナは冷酷できつい眼差しを男に向けたままたった一言も発することなく追い詰めるかのようにジリジリと男に迫った。
「な、何でもする! だから、い、命だけは……!」
「……黙れ」
 唸るように一言呟いたリガルナは、スッと手のひらを男の顔面に突きつける。
 浅ましい命乞い。彼がもし今の自分と同じ立場だったなら、やはりその願いを聞き入れたりはしないだろう。
 目を細め口元で俄にほくそ笑むと同時に、リガルナの手のひらにはとても重々しい重力が集まり始める。そしてそれは見る見るうちに膨らみ、そして次の瞬間にはドォンッ! と爆音を立て、砂塵と衝撃はを残して目の前の男の上半身が木っ端微塵に飛び散った。
「……ふん」
 下半身だけとなった体がゆっくりと傾いで地面に倒れこみ、多くの血を地面に流しながらしばらくの間と痙攣していたが、次第に動かなくなった。
 リガルナはその遺体に背を向けると風を呼ぶ。音もなく、フワっとリガルナの足元が浮かび上がりスーっと空高く舞い上がる。
 あちらこちらから火の手が上がり、街の至る所に人間たちの死体の山が転がっている。その光景はまるで地獄絵図のようだった。
 リガルナはくっと意地悪くほくそ笑むと、その手に印を結び呪文を唱える。
 それまで無風だったこの場所に、リガルナの呪文に呼応して風が集まり始め、やがてそれはゴゥと唸りを上げて竜巻が巻き起こった。
 火の粉と共に渦巻く巨大な竜巻は人々の遺体と瓦礫を巻き上げ、竜巻自身がまるで意志を持っているかのような動きを見せて、うねりながら街の中を暴走した。
「……くっくくく」
 目の前で破壊されていく光景を見つめながら、リガルナはこみ上げる笑いを堪えきれずにいた。
 ひとしきり街の中を駆けずり回った竜巻は、リガルナがパチンと指を鳴らすと一瞬にしてその存在を消す。
 街があったと言う痕跡だけを残し、家も何もない広い空き地と化した土地の中心に再び舞い降りてきたリガルナは、ただ静かに満足そうにほくそえんでいた。
「浅ましい人間ども……ざまあない」
 ザリッと地面を踏みしめ立ち去ろうとしたリガルナの視界の端に、瓦礫と土に埋もれ、竜巻に巻き込まれなかった人間の手が一つ、突き出ているのを見つけた。
 リガルナは冷たくそれを睨みつけてフンと鼻を鳴すと、背を向けてその場から立ち去っていった。


 リガルナの暴走は止まらない。
 見つけ次第、手当たり次第街や村、国までも消滅させていく。
 セトンヌがエレニアの命を受けランダモーネに辿り着くまでの2週間の間にトルタン大陸に存在していた村も街も、皆無に等しいほど何もなくなっていた。
 そして今、暗い夜の闇に紛れ満月を背に眼下に広がるランダモーネの城の上空にリガルナがいた。
「赤き魔物です!」
 見張り塔の上にいた兵士が、上空にいてこちらを睨み下ろしているリガルナの存在に気付き慌てて警鐘を鳴らした。その警鐘の音に城は一斉に慌しくなり、皆の表情に緊張の色が走る。
「シーマク王、ここは一度避難された方が良いでしょう。あの赤き魔物相手では何があるかわかりません」
 ランダモーネ国王であるシーマクは、すでに城にてリガルナを迎え撃つために待機していたセトンヌにそう促され、大きく頷いた。
「わかった。セトンヌ、頼んだぞ。ここの兵の指揮は全てそなたに任せる」
「御意」
 数人の召使いと兵士に付き添われ、シーマクは部屋を後にした。
 彼が部屋を出たことを確認すると、セトンヌはすぐに城の屋上に向かう。
 長い間恨み続けた赤き魔物が目の前にいる。エレニアからの命ももちろんあるが、それ以上にやっとの事でリガルナを消すことが出来る事がセトンヌの気持ちを急き立てた。
 屋上に駆け上がると、大きな赤い満月の中心でこちらを見ているリガルナの姿がある。セトンヌはその姿を見た瞬間ニッとほくそ笑んだ。
「ようやく会えた……」
 セトンヌは脇に携えていた剣の柄を握り締め、月光にキラリと光る剣を引き抜いた。
 それを見ていたリガルナの表情がピクリと動く。
 遥か昔に一度だけ出会っただけの人間の姿がある。忘れることなど出来ないほどに強烈な憎悪を向けてきた、セトンヌの姿……。
 その姿を見つけた瞬間、リガルナもまたニィッと不気味にほくそ笑んだ。
 彼の姿があると言う事は、これまでのことはやはり偽善者ぶったあの女の差金だった。そう確信を得る事が出来た瞬間だった。
 目をキュッと細め、ほくそ笑んでいた顔を真顔に変えてセトンヌを睨み下ろす。
 互いの視線がかち合い、セトンヌは手にしていた剣の柄をきつく握り締めた。
「久し振りだなリガルナ。よくも今まで生きてこられたものだ」
「……レグリアナの犬か」
 せせら笑うかのようにそうあしらうリガルナに、セトンヌはますます苛立ちを露にする。
 剣を握る手に更に力が篭り、ギチ……と皮の擦れる音が聞こえてくる。
「12年もの間、お前に対する憎悪は消えるどころか燃え上がるばかりだった。罪のない多くの人々をその手に掛け続けた所業。断じて許すことは出来ない。今ここで、お前の命を12年前の宣告通り取ってやる」
 憎しみに満ちた瞳を向けてくるセトンヌの言葉に、リガルナの心はますます冷めて行く。
 正義ぶったその口上が何とも白々しい。所詮、自分達に害なす物はその正義の中には勘定されず、排他されていることが当たり前になっていると言うのに。
「ならばお前達のした事は何だ? 罪のない人間を殺した俺が憎まれるのなら、お前達も同様だろう」
「何……?」
 リガルナは、懐に手を入れ、サルダンの軍服についていたレグリアナのピンバッチをセトンヌの足元に投げ捨てた。
 足元に転がってきたそれを拾い上げたセトンヌは眉間に皺を寄せる。
「レグリアナの、紋章……?」
 セトンヌはピンバッチの裏を見ると、そこには小さな刻印で「サルダン・ボッシュメント」の文字が刻まれており、その名に思わず目を見張った。
「お前達が寄越したその男は、お前達の言う“罪のない人間”を殺した。俺のしていることと同じだろう。俺が裁かれ、同じ事をしているお前達が裁かれないのは、お前とあの女の掲げる“正義”とやらの影に巧妙に隠しているからか? 全く、正義と言うのは便利なものだな」
 フッと鼻先で笑いながら嘲笑するリガルナに、セトンヌの険しい表情がますます厳しいものになる。
「……奴には、いずれ我々の法に則った裁きを与えるつもりだった。同僚だからと特別な扱いなどない。我々の国は、どんな人間だろうと決して罪人を許すような場所ではない!」
「……」
「そして、お前が如きが奴を殺す権利もないっ!」
 まるで気持ちを奮い立たせるかのように、セトンヌはそう声を張り上げる。
「俺のこの肩に圧し掛かったままの荷も、ようやく下ろす事が出来る。今こそ、家族の仇を取らせてもらうぞ! リガルナっ!」
 固い表情で口元を歪めるセトンヌに対し、リガルナは冷め切った眼差しで見下ろした。
「フン。随分ご立派な言い分だ……」
 吐き捨てたその言葉にカッとなったセトンヌは、手にしていた剣を大きく上空に振り上げ、戦闘配置についていた兵士たちに合図を送った。それに習い、それまで二人の状況を臨戦態勢で見守っていた兵士達が一同に上空にいるリガルナ目掛けて武器を構える。
「かかれっ!」
 セトンヌの言葉を合図に、兵士達は手にしていた弓を引き放ち、魔術師達は詠唱を始め一斉攻撃が始まる。
「……」
 リガルナはくっと笑うと、応戦するように短い詠唱を唱え大きく手を横になぎ払う。すると飛び掛る無数の矢が一挙に炎に焼かれ消失し、消し炭になった矢の屑が地上に降り注ぐ。
 魔術師の放った術は、鋭いカマイタチとなり襲い掛かるも、それ以上のつむじ風を操るリガルナに打ち消され、炎には氷、氷には炎と素早く術を切り替えて対応するリガルナを前に、彼を傷つけられるものはなかった。

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