Reverse cross

陰東 一華菱

第四十七話:疑問

「エレニア様」
 地下牢から戻ったグルータスは、真っ直ぐにエレニアの元へと急いだ。
 王の間にて一人、暇を持て余していたエレニアは険しい表情で戻ってきたグルータスを見て眉根を寄せる。
「どうした? 何かあったのか?」
「実は、先ほど兵士が捕らえたと言う罪人なのですが……。彼は何やら過去の事件と関わりがあるようです」
「過去の事件?」
「はい。セトンヌ殿のことです」
 その言葉を聞いたエレニアは表情を険しい者に変える。
 セトンヌの事件。それは紛れもない、彼の家族が殺され家を燃やされた12年前のあの事件の事だ。
「あれは、赤き魔物の仕業であろう?」
「……そうだと私も認識しております。ですが、関与を仄めかすような発言があり……」
「捕らえた男の罪状や現段階における状況は全て聞いている。薬をやっているのだろう? そんな妄想や空想、幻覚が見えているような男の戯言を信じよと、お前は申すのか?」
 きゅっと目を細め、グルータスを見据える。
 そんなエレニアの姿を見て、彼は萎縮したように頭を下げた。
「さようでございますね……。私がどうかしておりました」
「無論だ」
 それ以上聞く耳を持たないと言わんばかりに、エレニアは顔を背けた。
 頭を下げていたグルータスもまた、それ以上の言葉を言えるはずもなくそのままの姿勢で床を見つめていた。
 確かに薬をやっていて泥酔している男の発言など、何の確証もない。それでもグレンデルの言った言葉を思わず信じてしまいそうになってしまった自分がいた。
 それもこれも、長い間マーナリアが訴えている「リガルナは無実である」と言う言葉が、どこか引っかかっているせいかもしれない。
 この国は、女王よりも王女の紡ぐ神の言葉の方が力を持つのだ。今までもずっとそうだった。
 自らの中にある信教は、例えどのような立場であっても変わらない……。
「失礼致します」
 グルータスはエレニアの御前から立ち去り、自室へと向かう廊下を歩きながら考えた。
 もう少し時間を置いて、必要ならば拷問も与えてあの男に話を聞いてみるべきかもしれないと。


                  *****


 セトンヌとの交戦で、思いがけず深手を負ったリガルナは再び死山に戻ってきていた。
 ランダモーネは崩壊したが、抹消までは至らない。おそらく兵士達が生き残ったように、王も生き延びていることだろう。自分にしては手緩いやり方で終わってしまった。
「……はぁ、はぁ」
 リガルナは背中に走り抜ける激痛に息を荒げ、苦しげに顔を顰める。
 黒く残ったままの血痕が残る奥の部屋へと戻ってくると、崩れるようにその場にしゃがみこみ、アレアの横たわる石に手を着いて項垂れたまま激痛に耐えていた。
「……アレア」
 氷浸けにされて眠るアレアを見つめる。
 こうしておく事で、いつまでも現世に縛り付ける事になる。それはどんなにか残酷なのかもしれない。ただ未練がましいと言われてしまえばそうなのだろうが、リガルナはアレアが完全に自分の目で見えなくなることに酷く怯えている。
 冷たい氷に包まれ、まるで眠っているかのように横たわるアレアの頬に手を伸ばし、その顔をじっと見つめた。
 背中全体が焼け焦げた相当な深手。激痛は何度も意識を飛ばそうとしてくる。
「……っ」
 朦朧とし始める意識の中で激痛に滲む脂汗が頬を伝い落ちるのを感じながら、リガルナはギリギリのところで保っていた意識を失って、地面の上にくず折れた。

 今ここで息絶えたなら、お前の所に逝けるのだろうか……。もしそうならそれで構わない。現世に未練も何も無いのだから……。

 そう思っていたリガルナの頬に、ふわっと暖かな風が吹き抜けた。その感触に目が覚め、閉じていた瞼を押し開く。
 ゆっくりと顔を上げ辺りに視線を投げかけた時、リガルナの目が一点で動きを止めた。
 リガルナの倒れていた頭元には、アレアが座り込み悲しそうにリガルナを見つめている。
「アレア……」
『傷を、治さないんですか……?』
 ふとそう問いかけられたリガルナは、見開いた瞳を力なく伏せ視線をそらした。
「俺の手は……人を殺すためにある。傷を治す力は、お前のためだけに使うものだ……」
 そう言った言葉に、アレアはその口元に力なく笑みを浮かべるも寂しげに瞼を伏せてゆるゆると首を横に振る。
『……リガルナさん。生きて下さい』
「……!」
『私、あなたの傍から離れませんから……。ずっと一緒にいます。だから生きる事を諦めないで下さい』
 つい今しがた、死を望んだ自分の気持ちを知ったアレアのその言葉にリガルナは驚いた表情を見せる。
「いくらお前がそれを望んだところで、どちらにしても俺に待っているのは死だけだ」
『……悲しいことを言わないで下さい。私は、あなたに生きて欲しい』
「……!」


 ハッと意識を取り戻した。
 視界は真っ暗。どれだけの時間意識を失っていたのか分からないが、ここへ戻ってきてからかなり時間が経っていることだけはわかった。
 まるで幻想に包まれていたかのような感覚に陥り、目が覚めたこの世界が現世なのかどうかさえ分からなくなる。だが、目の前に横たわる冷たいアレアの体を見た瞬間、ここが現世なのだと気がつく。
 短い息を吐き、石段にもたれかかるようにして意識を失っていたリガルナは体を引き起こすと、今だ痛む傷を庇うようにしながら近くの壁にもたれかかるよう態勢を変えた。
 生きていて欲しい。そう夢の中で呟いていたアレアの言葉が耳に残る。
 ふぅ、と深い息を吐きながら閉じていた瞼を薄く開くと、リガルナは暗い洞窟の闇を見つめた。
 生きていたところで、変わらない。俺の運命はもう決められている。子供の時に起きた、あの日の事件から自分の末路は決まっていた。
「……アレア。お前は俺に、生きる事をどうして望むんだ」
 呟くような問いかけに、当然返事があるはずもなかった。

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