Reverse cross

陰東 一華菱

第五十二話:12年越しの真実

 リガルナが船に乗り込み、トルタン大陸を離れて一週間目。セトンヌが傷に臥せって早くもひと月が経とうとしていた。
「なぜだ……なぜ奴はまた騒動を起こさぬ」
 またも急激に騒ぎが静まったこの空白の時間を、エレニアは恐れていた。
 ランダモーネ崩落の報告を聞き、シーマク王が助かった事はともかく、すぐに別の恐怖と立ち向かわなければならないことに苛立を隠しきれ無い。
「奴は何をしでかそうとしておる! またしてもこの静寂。どうなっておるのだ! 何でも良い! 情報はないのか!」
 手にした扇がへし折られてしまいそうなほどきつく握り締めながら苛立っているエレニアの怒号は、このところ毎日のように続いている。
「エレニア様。落ち着いてくだされ。このような状況だからこそ冷静にならなくては、ご判断を誤りまするぞ」
「グルータス! そなたも何をしておる! セトンヌが倒れてこちら、騎士団を仕切るものがおらぬようになって皆バラバラ状態になっておる! そなたも昔軍を統べた者であるなら、セトンヌに代わってきちんと指揮せいっ!」
「は、はは! 申し訳ございません」
「全く、どうなっておるのだ! こんな状況ではおちおち休んでもおられぬ!」
 苛立を隠しきれ無いエレニアは一人怒号を飛ばしながらその場を足早に立ち去っていく。その後をビクビクしながら召使たちが追いかけていった。


 謁見の間に残ったグルータスと見張りの兵士は、エレニアが立ち去っていった事に溜息を零した。
「困ったものだ……。エレニア様のお気持ちが分からない訳ではないが、こうも情報がないようではこちらとしてもどう対処して良いのかさっぱりですぞ……」
 薄くなり始めている頭を撫で付けながら、グルータスはため息混じりそう呟いた。
 そこへ足早に駆け込んできた兵士がグルータスにこっそり耳打ちをする。
「グルータス様。地下牢に入れている罪人の件ですが……」
「おお。どうした。やつの禁断症状の具合は?」
「落ち着き始めてはいるのですがまだ完全ではありません。ですが、以前よりはまともな会話が出来る状況だと思います」
 兵士の話を聞き、グルータスは兵士と共に地下牢へと向かう。
 グレンデルは捕まって以来、地下牢に放置されいた。夜な夜な奇妙な雄たけびを上げて激しく暴れまわる音が響き渡っていたものの、近頃はその声もあまり聞こえてこない。
 ランプを手にゆっくりと地下へ続く螺旋階段を下りていくと、鎖で檻を弱弱しく叩いている音が響いてくる。
「出してくれよぉ……。頼む、出してくれよぉ……」
 暗闇から聞こえてくるか細いその声は、不気味以外の何ものでもない。
 靴音を鳴らしてグレンデルの牢の前まで行くと、彼はこちらの気配に気づき音を立て勢いよく檻を掴み身を乗り出してくる。
「おい! 俺を一体いつまでここに閉じ込めておくつもりだ! 早く出してくれよ!」
 グレンデルの肌は黒く目は落ち窪み、食事をまともに摂れていないせいかかなり痩せこけ、ここへ来た当初とはまるで別人のように変わり果てていた。
 そんな彼を冷たく一瞥ながら、グルータスは冷たく言い放つ。
「残念だがお前を解放する余地は無い。これまで犯した罪状でここから出られると思う方が間違えているぞ。いずれお前も、今世間を騒がせている赤き魔物も極刑を課せられる運命だ」
「赤き魔物だと……?」
 ピクリと表情を変えたグレンデルは、さらに身を乗り出してグルータスに迫った。
「奴は今どうしてるんだ? えぇ? 人間どもを襲ってるんだよな?」
「……だからどうした」
「は、ははは……。そうか、だろうな。自分を陥れた人間達に報復するのは当然だ。俺だってそうだ。お前らみたいな人間に報復してやりてぇよ!」
 檻を強く揺すぶり、痩せ細った体のどこからそんな声が出るのか、大きな声でそう叫んだ。
「ははははは! そうか、そいつぁ良かった! お前らも俺も奴に殺されればいいんだ!」
 気が触れたように声を上げて笑い出したグレンデルに、グルータスも兵士も不愉快そうに顔を歪める。
 檻の中でゲラゲラと笑い転げていたグレンデルは、次の瞬間動きを止めて怯えたような眼差しで周りをキョロキョロと見回し、きつく自分の体を抱きしめた。
「い、嫌だ……。来るな……来るなよっ! やめろ……やめろぉおおぉっ!!」
 体を小刻みに震わせながら、手足をばたつかせる彼の様子を見ていた兵士が口を開いた。
「幻覚症状です。以前に比べて回数は減ってきていますが、まだ……」
「……」
 グルータスはため息を吐き、こちらに背を向けて怯えているグレンデルに声をかける。
「……12年前、この国の南地区の一角で起きた火事。あれは、赤き魔物の仕業で間違いないな?」
「……嫌だ……嫌だよぉ……」
 ボロボロと涙を流しながら震えているグレンデルに、そう質問を投げかけると彼は首を横に振った。
「……ち、違う。あれは俺がやった」
「何……?」
「レヴィス家の娘だ。ニーナ……ニーナ・レヴィス。俺はあいつに心底本気だったんだ……。本気だったのに、俺を拒絶するから火をつけた」
 頭を抱えながらポツポツと語るその言葉に、グルータスは目を見開いた。
 ニーナ・レヴィス……。彼の口から間違いなくその名前が出た。
 グレンデルはそのまま、まるでうわ言のように話を続けていく。
「そうだよ。あの時、女を殺して俺も死ぬつもりだった。でも、怖くなって逃げた。そしたらあいつに……赤き魔物にぶつかって……逃げた」
「……他に何か知っていることは?」
「し、知らない……知らない……」
 グレンデルは頭を抱え込み、恐怖に打ち震えながら「知らない」を繰り返す。
 彼の証言で確信を得た。かつてマーナリアが言っていた言葉はすべて真実だったのだと。
「全ては我々の判断が間違えていたと言う事か……。あの時真実を告げていた神の言葉に耳を貸さなかった我々が、今のこの状況を自ら招き寄せた。そう言うことなのか?」
 愕然とした表情のまま、グルータスは力なくそう呟いた。

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