Reverse cross

陰東 一華菱

第五十五話:主導者の交代

「マーナリア様。少しお話が……」
 手にした命のかけらを大切に握り締めて、急ぎ部屋に戻ろうとした所をグルータスに呼び止められ、彼を振り返った。
 真剣な表情を浮かべ、どこか思い詰めたようにも見える彼の姿に、マーナリアは静かに頷き返す。
「……分かりました」
「ありがとうございます。では、あちらで……」
 グルータスの後に続いて部屋の前にある庭園に足を踏み入れる。
 他の人に知られては困るような話なのだろうか。人気の無い庭園の奥まで歩いてくると、背を向けたまま一言も発することのなかったグルータスが、ゆっくりとマーナリアを振り返る。その顔はややこわばった印象を受けた。
「……今後の事なのですが」
 そう切り出したグルータスに、マーナリアはすぐに状況を察して静かに頷く。
「お母様の事ですね?」
「はい。エレニア様があの状況では、この国の指導者が誰もいないのも同然です。このままではあの赤き魔物がもしもこの国へ来ることがあった場合、何も出来ずに滅んでしまうだけです」
「……グルータス。その事ですが」
 マーナリアはアレアの事は伏せながらも至って真剣な表情で先程聞いた情報をグルータスに伝えると、彼は目を見開き驚きの表情を隠せない。
「な、なんと……それは真ですか? あの赤き魔物がこちらに向かっているなどと……」
「えぇ。神がそう仰っている以上、恐らく間違いはないはずです」
 あくまで、神のお告げだとそう言い含めるように話したマーナリアの言葉に、グルータスはただ愕然とする他ない。
 片手で顔を押さえ、この現実にどう立ち向かうべきかを思い悩む。
「なんと言うことだ。エレニア様やセトンヌ殿が動けない、こんな時に限って……」
「グルータス。あなたの言いたい事は分かっています。お母様に代わり、私がこの国の指導者になるべきだと、そう思っているのでしょう?」
 グルータスの考えを看破してそう言うと、彼は躊躇いがちにも頷き返した。
「は、はい。今この国で唯一頼れるのはマーナリア様しかおりません。引き受けて下さるのですか?」
「私がやらなくては、皆が困るでしょう? それに、あなたの事だもの。そのつもりでもう手を打ってあるのではないですか?」
 小さく笑いながらそう云うマーナリアに、グルータスはしばし戸惑ったような顔をして見せていたが、ペコリと頭を下げる。
「恐れを多くも、仰る通りでございます。マーナリア様……どうぞ、お願い申し上げます」
「えぇ。指導者としては不十分な私です。あなたのサポートはどうしても必要不可欠。これから先、あなたの助言で私を支えてください」
「はい。必ずやお役に立ってみせます」
 その場に膝を折り、頭を垂れるグルータスに対しマーナリアは真剣な表情のまま見下ろしていた。
 この事態をどう乗り切るか。この瞬間、それは自分の手に全てを委ねられたのだ。
「それからもう一つ、お話がございまして……」
 頭を下げたまま、グルータスは抱えていた事を口にする。
 マーナリアは不思議そうに首を傾げて彼の言葉を待っていると、グルータスはゆっくりと顔を上げて真っ直ぐに見つめてきた。
 その表情はやはり険しさと戸惑いの色が露になっている。
「実は……お話と言うのは、赤き魔物の事です」
「リガルナの?」
 思いがけない名前が出て、マーナリアは目を見開いた。
 グルータスはどう話をして良いのか悩みながらも驚いているマーナリアから目をそらし、落ち着かない様子で話を続ける。
「今更こんな事を言っても仕方が無く、もう引き返すことはできないのですが……」
「構いません。リガルナがどうしたのですか?」
 どこか言い渋るグルータスに、マーナリアはやんわりと話を続けるよう促す。
 これがエレニアであったなら、ぴしゃりと跳ね除けられていたか聞く耳をもってはくれなかっただろう。
 いつまでも自分の胸の内に押し込めておけないグルータスには、話す相手がマーナリアでほっと安堵していた。
「……セトンヌ殿が負傷する少し前に長年指名手配となっていた罪人を捕らえたのですが、その罪人が過去の事件の主犯格だったのです」
「過去の事件……?」
「はい。セトンヌ殿の実家が火事に遭い、家族が亡くなったと言う12年前のあの事件です」
 その話に、マーナリアは目を見張った。
 12年前のあの事件の事は忘れていない。エレニアの発した言葉一つで誤解が生まれ、神のお告げすら無視をして何の証拠も無い中でリガルナを追放へと追いやった。あの事があってから今日までずっと、マーナリアを苦しめ続けていた……。
「ではやはり、あの事件ではリガルナに罪はなかったと?」
「はい。当時、マーナリア様が訴えていた神のお告げが真実。捕らえた罪人はセトンヌ殿の亡くなった姉君の名を知っており、一方的な恋情を抱いていたと自白しています。自身の思い込みと身勝手さから、想いに応えてくれなかった姉君に対して逆上し、家に火を放ったとも話していました」
「……それじゃあ、リガルナは」
「彼はあの当時、誰も殺していないと言う事です。赤き魔物はその場に偶然居合わせたが故に罪を擦り付けられ、彼の容姿も相まってどんどん話が深刻な方へと向かったようです」
 何という不遇だろう。彼の人生はどれも悪い方にしか流れていかないようになっているのだろうか? 彼の見た目と周りの偏見、そして噂話などに尾ひれが付いてどんどん悪く広がり、もう引き返すことは出来ないところまで来てしまった。
 マーナリアは下唇を噛み、彼が生まれた星があまりにも不幸すぎたこと、そしてあの時どうやってでも誤解を解くことが出来ていたらと、後悔の念が胸に押し寄せた。
 しかし、もうどうすることも出来ない。もう、過去を振り返っても戻ることは出来ないのだ。
「……そうですか。報告をありがとうございます」
「マーナリア様。私は長い間エレニア様に付き従って参りました。エレニア様のお言葉に沿うよう努めてきたのです。ですがやはりあなた様と同じく、神のお告げが真実を告げているのにも関わらず、目を背けたことに疑念を抱いていました。そして今になって全ての真実が明らかにされた。奴を真の魔物に変えてしまったのは、他でもない我らだったのですね」
 自分達の犯した罪を悔いるグルータスに、マーナリアは小さく頷き返した。
「彼を追い込み、今の状況まで追い込んだのは間違いなく我々です。私達に対する憎しみと復讐を胸に力をつけた彼の前に、我々は潰えても仕方が無い立場なのかもしれません。でも、市民達は別です。彼に狙われるべきはこの国の主導者である私達なのでしょう」
 マーナリアは力なく微笑むと、ぎゅっと手を握り締めた。
「でも、自らが招いた事とは言えこのまま手を拱いて素直に命を差し出すことは出来ません。どんな理由があれ、今の彼は多くの人間達を手にかけた罪人です。それに、私達にも守らなければならないものがあります」
 覚悟を決めた眼差しで、マーナリアは凛とした態度で口を開く。
「グルータス。今すぐに階級など関係なく全ての魔術師と兵を広間に集めてください。それから騎士団長であるセトンヌに代わって、騎士団を取仕切る事を全て、あなたに一任します」
「御意」
 グルータスは新たな指導者として立ったマーナリアをその場に残すと、足早にその場を立ち去っていった。

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