Reverse cross

陰東 一華菱

第五十八話:進撃

 しっかりと地面を踏みしめ、一歩一歩この丘の先にあるレグリアナを目指す。
 フルムーンの甘美な香りが辺りに充満し、遠くからは海の漣がとめどなく聞こえてくる。
 丘の頂上に辿り着くと、目の前には懐かしくも憎らしい故郷――レグリアナ王国が広がった。
 様々な栄光を手に入れた、輝かしいまでの聖なる国家。だが、誰もが憧れる聖地として知れ渡っているこの国の素性はそうではなかった。他と、何も変わりない偽善王国だ。

 人々を守り、慈しみ、愛する。あらゆる民を受け入れ、皆が住み良い国を目指す。
 誰もが抱く理想郷。
 まったく誤解も甚だしい……。

 レグリアナが掲げる国のテーマであるそれらはすべて詭弁でしかない。
 そのレグリアナ宮殿の一角を睨みつけるようにしながらリガルナはきつく拳を握りしめた。
 無造作に出した足は、一輪のフルムーンを踏み潰した。
 踏まれたフルムーンはふわりと花弁を撒き散らし、淡く光を失いながらゆっくりと枯れていく。
 自分の足元で失われた小さな命。リガルナはちらりとそちらを一瞥して、そのまま歩き去った。
 丘を下りるとレグリアナに続く街道が見えてくる。道なりに沿って真っ直ぐ歩けば、すぐにレグリアナの南門の前に辿り着いた。
「……」
 門の前に立ち止まったリガルナは怪訝そうに辺りを見回す。
 門番も、人も誰もいない。真夜中だから当然と言えば当然だが、それにしてはあまりにも無防備すぎるほどに大きく開け放たれている門を前に、リガルナは更に訝しげな表情を浮かべた。
 おかしい。門が開いていると言うのに門番の兵士がいないこともそうだが、まるで水を打ったかのようなこの静寂。わざとそうしているかのような雰囲気に、こちらが来ることを既に察知している……?
 人の気配はまるで感じられない。いや、生き物の気配そのものがないと言った方が正しいだろうか。
 注意深く辺りを見回していたリガルナが、門の先に見えるレグリアナ宮殿を見据えた。
「フン……。面白い」
 口の端を引き上げてほくそえむ。
 これは相手からの挑戦状に違いない。
 そう悟ったリガルナが門をくぐろうとした時、背後から声がかけられた。
『ようやく来たか』
「……」
 リガルナはその声に振り返る事もせず、その場に立ち止まった。
「……何の用だ?」
 不機嫌な表情を露に、真正面を向いたままぶっきらぼうな口調でそう訊ねる。
『相変わらずだな。今のお前のその雰囲気。まったく魔物そのものだ』
「何が言いたい」
 僅かに顔だけを動かして、睨むように背後にいる銀狼を睨みつけた。
 リガルナの背後に座っていた銀狼もまた目を細め、フンと鼻を鳴らす。
『これがお前の選んだ道。行く手を阻む敵は多いぞ。このゲートを抜ければ、お前がこれまでその手を染めてきた以上の血の雨が降る、まさに“戦争”が始まるだろう。この王国の精鋭部隊を筆頭とした何千人もの人間に対し、お前は一人でこの戦いに臨む事になる』
「……フン、今更だろう。そんな事を忠告しにわざわざ来たのか?」
 その言葉に銀狼が笑った。
『ハハハ。なるほど。お前は命を捨てたのだな』
「俺の命など、最初からあって無いようなものだ」
『……そうか。ならばワシは待っているとしよう。お前が辿り着くであろう、最終地点でな』
 リガルナが後ろを振り返るのと同時に、銀狼は姿を消した。
 一体、あの狼は何だというのだろうか。こちらを焚き付けに来たのか、冷やかしに来たのか。
 再び顔を前に向け、リガルナはニヤリと笑った。
「臨むところだ」
 リガルナは、すっと手を差し出す。するとバチバチバチッ! と激しい火花を散らしながら一瞬明るく光りが放たれ、差し出した手には分厚いゴムに押し返されるような感触が伝わってくる。
 一瞬手を引いたリガルナの動きに合わせるように、目に見えない壁は小さくと火花を散らして光りが収まる。
 リガルナはその火花に手に傷を負い、指には赤い血が流れ落ちた。
「防護壁か……。やはり気づいていたようだな」
 どのようにしてこちらの行動を見破ったのか気になりはするが、リガルナは指の血をおもむろに舐め、不敵な笑みを浮かべる。
 一度瞼を閉じ、ゆっくりと開くともう一度手を差し出す。
 バチバチと眩い閃光が発せられて光り輝き、あたり一面が朝のような明るさを帯びる。
 バタバタと巻き上げる爆風と腕や指を容赦なく傷つけてくる火花に臆することなく、リガルナは片手を前につき出したまま動かない。
 ピッと顔に傷が走り抜け、長い赤髪が風に更に大きくなびく。
 リガルナはレグリアナに張られている防護壁を、片腕だけで壊すつもりでいた。
 真っ直ぐに突出された手が、強い反発感を伝えてくる防護壁をゆっくりと確実に押し始めながら一歩一歩、地面を踏みしめて前進する。
「………っ」
 ぐぐぐ…っと腕に力を込め、広げていた手をゆっくりと握り込むと更にそれを強く前へと捻り込んだ。
 激しくショートするかのように派手な火花を上げ、それまで眼に見えていなかった結界がリガルナが拳を捻り込む事で僅かな歪が生まれ、薄く眼に見えるようになる。
 相変わらず押し返そうとする力は強く、リガルナ自身足をしっかり地面に付けていなければ容易に弾き返されそうなほどだ。
 眩い光は更に光の強さを増し、強引に割入ろうとするリガルナを照らし出した。

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