Reverse cross

陰東 一華菱

第六十話:レグリアナ軍 vs リガルナ

 空風が吹いた。
 防護壁が打ち砕かれたレグリアナ王国は、不気味なほどに静まり返っている。
 行く手を阻むものがなくなったリガルナは、風に煽られながら一歩足を踏み入れた。
 大通りを挟んだ両脇に立ち並ぶ店。小さな小道の先には民家がひしめき合う様に建っている。
 リガルナが元々済んでいた家は、南門から入って左側の小道を入ったところにあったはずだった。
 今となってはどうでも良い思いでではあるのだが……。
「……」
 周りに細心の注意を払いながらゆっくりと歩みを進めるリガルナに、懐かしさに浸る余裕などない。いや、むしろ浸りたくもなかった。今すぐここで全てを消し去りたい衝動にさえ駆られる。
 だが、誰もいない、まるで廃墟のようなこの場所を消し去っても面白くも何ともないのだ。
 人々が逃げ惑い、怯え、許しを乞う。恐怖に顔を引きつらせ、涙を流す。
 いつもは自分勝手な事をしている人間が、いざ、自分が追い込まれた時の手のひらを返したかのような無様な姿を見るのが、リガルナにとって殺し甲斐があるというもの……。
 地面を踏みしめ、真っ直ぐに宮殿を目指して歩いていると、背後からヒュッと空気を切るような微かな音が響いてくる。
 リガルナはそれを物ともせず、その場に足を止めて瞳を閉じ、顔を僅かに右横へ傾けた。
 後ろから飛んできたそれはリガルナに当たる事もなく飛び去り、そして消えた。
 静かに立ったままゆっくりと顔を戻すと同時に、背後から数十名のレグリアナ軍が一斉に飛び出してきた。
「うおぉおぉぉぉぉぉーっ!」
 自らの士気を高めるかのように全員が声を張り上げ、手にした武器を振りかざして背を向けたままのリガルナに切りかかる。
 リガルナは迫り来るレグリアナ軍に、やはりギリギリまで身動きせずその場に佇んでいた。
 兵士達は、リガルナに全くの隙がない事を知りながらも臆して怯むわけにはいかないと、彼への恨みや恐怖心で自分の気持ちを駆り立て剣を振りかざした。
 真後ろに付き、勢いよく剣を振り下ろした兵士に対してリガルナは身を僅かに低くしながら素早く振り返ると、兵士が握る剣の手を掴んで横へ受け流し、空いている方の手で彼の腹部を突き上げる。
「うぐっ……」
 短い呻き声と共に、兵士の体がリガルナの突き上げと同時に宙に浮く。同時に、真っ赤な血飛沫を上げて兵士の体をリガルナの手が貫いた。
 何の抵抗も出来ないまま、即死状態になった兵士を目の当たりにした他の兵士達も瞬間的に怯む。だが、それでも気持ちを奮い立たせて襲い掛かってくる彼らに、リガルナは真っ赤な血を頭から浴びた状態で彼らをギロリと睨みつけ、死んだ兵士の体を彼らに投げつけた。
「うわぁっ!」
 兵士の亡骸をまともに受け止めた何人かは、勢いに押されてその場に崩れ落ちる。しかしそれを乗り越えて他の兵士達が押し寄せてきた。
 向かい来る敵を相手に、リガルナはその身を軽く翻しながら避けて行く。
 真っ向から向かってくる兵士をギリギリで避け、剣を握る腕を腕で固定し、その横面を思い切り殴りつける。
 背後から襲ってきた兵士をしゃがんで避けると同時にその手を掴み、彼が走りこんでくる勢いをそのままに背負い投げを繰り出した。地面に叩きつけられ呻く兵士の顔面に手を翳すと、悲鳴を上げる余裕さえも与えず、その頭部を吹き飛ばした。
 延々と続くかのように思われた肉弾戦に、リガルナはきゅっと目を細める。
 あぁ、煩わしい……。
 一人一人を相手取る事ほど面倒な事はない。
「フン」
 真っ赤に血塗られたリガルナは、兵士達から距離を置くために後方へ飛びのき、その手中に風を呼んで大きくその手を横へなぎ払う。すると目に見えない大きな衝撃波に、リガルナを取り囲むように飛び掛ってきた兵士達が一掃される。
 後方へ吹き飛ばされた兵士達は、更に後ろにいる兵士達を引き連れ、雪崩れ込むように血飛沫を上げながら吹き飛ばされた。
 リガルナの放った衝撃波にはカマイタチのような鋭さを秘めている。まともに食らった兵士達はかなり深い傷を負い、瀕死の状態にまで追い込まれる。巻き添えを食らった兵士達も次々と倒れていく。そして周りにあった家々までもが派手な音を立てて崩れ落ちていった。

 そして気づけば、リガルナの周りには倒れた兵士達の山が積みあがっていた。
「……フン。他愛もない」
 たかが一般兵士にやられるほど、自分は落ちぶれていない。
 リガルナにとっては、これまで自分がやってきた事を思えばこれはほんの戯れでしかないのだ。
 返り血を浴びた姿のまま、リガルナはくるりと向きを変えて先へ進もうと足を運びかけると、目の前に更なる兵士達の群が行く手を阻んでいた。しかもその背後には呪術師たちも控えている。
「これ以上先へは一歩も通さんっ! 全体、前へっ!」
 兵士達を束ねる男が一人、声高らかに宣言する。同時に斧や剣を槍などを手にした兵士達が先ほどの倍以上となって近づいてくる。
 呪術師たちも、自分達が持てる最大級の力を使い、リガルナに襲い掛かろうとしている。
 兵士達の前に見えない防護壁を作る者、追撃に備えている者、回復に徹する者。うまくバランスの考えられたフォーメーションを取られている。
 これらは一体誰が考えたのか。彼ら全体を執り仕切っていたはずのセトンヌは致命的な深手を負わせたはずだが……?
 圧倒的な数のレグリアナ軍を前に、リガルナは冷静にそんな事を考えていた。
 彼の前に何十人、何百人、何千人と人が集まろうと、結果は同じ。それを分かっているだけの余裕だろうか。
 リガルナはくっと口元を歪めてほくそえむ。
「地獄を見せてやろう……。全ての人間達に報復と、恐怖と言う名の地獄を与えてやる」
 そう呟くと、宮殿にいるはずのマーナリアをギロリと睨みつけた。

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