Reverse cross

陰東 一華菱

第六十一話:赦されない罪

 目の前には数え切れないほどのレグリアナ軍が、律儀にも足並みを揃えてこちらへ向かってくる。
 前衛を任されている兵士達は体を覆い隠すほど大きな盾を構え、重装備状態だ。
 その後ろから続くのは軽装の兵士達。更に背後に控える魔術師達は杖を握り締めていた。
「……」
 リガルナ相手に全精力を傾けてきた彼らの姿を見てほくそえんだ。そして片腕を持ち上げて手のひらを上へ向けて差し出すと同時に、ボッとひとつの炎が生まれる。
 ゆらゆらと揺らめく炎の先には、どこか強張った顔を浮かべながらもこちらを見据える軍隊の面々が見えた。やがてボッ、ボッ、ボッと音を立て、いくつもの炎がリガルナの周りを取り囲むように幾つも生まれ来る。
 その時、ヒュッと空を裂く様な甲高い音がリガルナの耳に飛び込んできた。
 リガルナが顔を上げると、月明かりに照らされた無数の線が弧を描きながら飛んでいるのが見える。
 線は矢だ。後衛軍が先手を仕掛けるべく放った無数の矢がリガルナ目掛けて一斉に飛び掛ってきた。
 リガルナは差し出していた手をぐっと握り締め、大きくその腕を横へなぎ払う。すると呼び集められていた炎はまるで意思を持っているかのように、襲い掛かってくる矢を焼き尽くす。
 上空で燃やされる矢の消し炭と燃え上がる炎の灯りに照らされ、城下は異様な明るさを落とした。
 それを切っ掛けに、前衛部隊だった重装備の兵士達は元より、彼らの間を縫って後方に控えていた兵士達が一斉に駆け出してくる。
「うぉおおおぉぉおおっ!!」
  まるで怒涛のような雑踏が、一気にリガルナ目がけて走りこんでくる。しかし、リガルナはやはり動じた様子もなく、その場に直立不動のまま空から兵士達に目を向けた。
 大勢の兵士の剣が一斉にリガルナ目がけて突き立てられ、もしくは振り下ろされる。刹那、リガルナを中心に莫大な衝撃波が巻き起こる。
 ドォンッ! と爆発するように巻き起こったその衝撃波に、斬りかかってきた兵士の半数以上が弾き返され、辺りに建っていた民家をも巻き込んで崩壊する。
 バタバタと煽られるような激しい風が吹き、落ち着いた頃には残されていた兵士たちの一部がその場から退散しようとしている姿も見られた。だが半分の兵士達は、魔術師が咄嗟に作った防御シールドのおかげでケガもなく、吹き飛ぶこともなくその場に押し留まった。
 パラパラ……と瓦礫の上に石が落ちる音が耳に飛び込んでくる。
 しかし、果敢にもまだ立ち向かってこようとする兵士たちをリガルナは一瞥すると、斬りかかってきた兵士の攻撃よりも早く、その体を自らの腕で貫いた。
 悲鳴を上げる暇もなく急所を貫かれた兵士は、リガルナが腕を引き抜くと同時にその場に崩れ落ち動かなくなった。
「うわああああああああああっ!」
 背後から声を上げ、切りかかってくる兵士を振り返るが早いか、リガルナはその兵士の頭部をガッチリと掴み、空いている方の手に魔法を呼び起こしそれを解き放つ。
 ヒュンヒュンと音を上げ、鎌鼬かまいたちのような鋭さを秘めた炎の刃が、押さえ込んでいる兵士の体を容赦なく切り刻み、一瞬の間に真っ赤に染め上がる。
 リガルナはそれを、まるで物を捨てるかのように地面の上へと投げ捨てた。
 勇ましく刃を向けて駆けつけてきた他の兵士たちは、為す術も無く瞬殺されてしまった仲間を前に完全に怯え、それ以上襲いかかってこようとはしなくなる。
 リガルナはそんな彼らを一瞥し、フン、と鼻で笑った。
「……なるほど。噂に違わぬ強さだな」
 大半の兵士を一瞬の内に使い物にならなくさせたリガルナの前に、大鎌を手に現れたのはグルータスだった。
 肩に担いだ鎌の柄をドンと地面に置きながら、感心したように目を細める。
「……誰だ?」
 疎ましそうにリガルナが目を眇めると、グルータスは真っ直ぐに視線を向けたまま口を開いた。
「私はグルータス。この国の大臣にして、軍の総司令を任された男だ」
「ほう……。ならば以前、俺に挑んできた男は死んだか」
 口の端を引き上げて笑うリガルナに、グルータスは眉間の皺を深めた。
「生憎だが、セトンヌ殿の一命は取り留めた」
 その言葉に、意外そうな表情を浮かべたリガルナはフンと鼻を鳴らしてほくそえむ。
「致命傷を負わせたのに助かったのか。……しぶとい男だ」
「あぁそうだろうな。セトンヌ殿はお前を殺すまでは、例え地の果てまででも追いかけていくだろう」
「……で。そのセトンヌと言う死に損ないの男の代わりに、貴様が命を捨てに来たというわけか」
 グルータスは口元を歪めて笑うも、どこか寂しそうに表情を曇らせる。
 彼のその表情に、リガルナは訝しげに目を細めて見詰めた。
「随分と皮肉なものだ。さて……ここでお前のことを少し話しておこうか」
「……」
「赤き魔物……いや。リガルナ。お前には、一つ我々から詫びを入れねばなるまい」
 ピクリと表情を動かし、怪訝そうに顔を顰めてリガルナはグルータスを睨みつける。
 詫びだと? 一体何を言っているのか分からない。
 リガルナの訝しい表情を真っ直ぐに見据えたまま、グルータスは言葉を続けた。
「12年前のあの日の出来事。お前の身の潔白が証明された。お前はあの日、何もしていない。そうだろう?」
「……」
「我々が誤解をして、お前をここまで追いやった。その事について我々は詫びねばならん。……すまなかった」
 グルータスは姿勢正しく、リガルナに頭を下げる。
 そんな彼の姿を見ていたリガルナは、ふつふつと湧き上がる怒りに更に火が灯された。
 12年前の事件のことなど、今更どうでも良かった。今更そんな事を言われたところで、一体何になるというのか。謝らなければならないと一方的に感じているのは、彼らの勝手だ。別に知った事ではない。
「……」
 リガルナは無意識にもきつく握り締めた拳が微かに震える。
 グルータスは顔を挙げると、そんな彼の姿を見つめ、手にしていた大鎌を手に取り、その切っ先を彼に突きつけた。
「だがな。これまでお前が犯してきた罪状は赦されるべき物ではない。多くの命をその手で葬り去った罪は償ってもらうぞ」
「……臨む所だ」
 リガルナは近くに落ちていた、死んだ兵士の剣を拾い上げるとグルータスを鋭く見据える。

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