Reverse cross

陰東 一華菱

第六十五話:一族の存亡をかけて

『そうだな。どこから話せば良いだろうか……』
 ルインはしばし考え、自分達エルフの事から順を追って話すべきだろうと思った。
『先ほどそなたが言った、エルフ族は絶滅したと言う言葉。あれはほぼ当たっていると言って良い。
 この世界にはかつて何千と言うエルフが存在していた……』
 昔を思い返すように、ルインは遠い目をしながら語り始めた。


                   *****


 大昔。この世界には人間とエルフの2種族が存在していたと言う。
 2つの種族は互いに関わる事が無く、当時はただ、その存在を認識している程度にしか留めていなかった。
 互いに関わらないと言う事は、素性が分からない為にあらゆる可能性を無限に考え出せるというもの。それが良きにしろ悪しきにしろである。
 エルフ族の命の糧は、この世に生きる全てのものたちの生気。
 草木であったり花であったり、動物などから得る生気がエルフ達の食料であった。しかし彼らは、むやみやたらに生きているものから奪っていたわけではなかった。
 命が尽きそうになったもの、もしくは尽き果ててさほど時間が経っていないものを選び、そこからほんの僅かに残ったものを頂く。その獲物の中にはもちろん、人間も含まれていた。
 ある時、森の中で遭難し命果ててしまった人間から、その体にわずかに残った生気を食べていたエルフが、偶然その場に遭遇してしまった数人の人間達と鉢合わせになったのだと言う。
「ひ、人を食ってる!?」
「ひ……ひぃっ! ば、化け物っ!」
 人間達はそう叫ぶと、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した。
 その場にいたエルフと言うのがルイン一族の一人であり、赤い髪と赤い瞳を持っていた事が原因で、命からがら逃げ帰った人間達により“魔物”と呼ばれるようになったのだ。
『その後、人間達は後世にまでこの事を伝承として語り継いでいるようだな。“赤は魔を象徴する色である”と』
 ルインは自嘲したように口元を歪めて笑うと、マーナリアは眉根を寄せて唇を噛んだ。
「私は、リガルナやあなたの持つ赤を昔から怖いと思った事はありませんでした。とても綺麗だと、素直に感じていたんです」
 嘘偽りない彼女の言葉に、ルインはふっと微笑みかけた。
『……全ての人間がそなたのような感性を持っていたなら、このような事態にはならなかっただろうな。だが、人間と言うのは悪い印象にばかり捉われがちだ。だからこそ、赤かったはずの火の理を捻じ曲げてまで、緑や青の炎を創り出した』
 間違えてはいないだろう?
 そう言いたそうにルインが見据えると、マーナリアはただ頷く事しか出来なかった。
 人は第一印象で物事を判断しがちだ。物事の本質を見抜くにはかなりの時間がかかる。それが悪い印象であった場合、そして周りがそれを当然だと言う振る舞いをし続けていた場合は、もはや見定める事は不可能になる。見定めようとすれば異端者だと数奇な目を向けられ、世の道理を覆す者と迫害さえ受けかねない。中にはそうでない者もいるのだろうが、余程のことが無い限りは前者となる。
『その後、エルフを魔物と信じて疑わなかった人間達に、我々種族は次々と命を狙われ、狩られ、命を落としていった。それも驚異的な速さでな。気付けば、数千といたはずのエルフ族はほんの一握りしか存在しなくなってしまっていた。これが、人の数えで言う所の今から約220年前の話だ』
 ルインは一呼吸置いて、話を続ける。
『生き残ったエルフは2種族。ワシが長として統治していた赤のルインと青のヴァイン。だが、ヴァイン一族も100年ほど前に絶滅してしまった。それもはやり、人の手によってな』
「……」
『最後の生き残りとなったワシ達は、何とか生き残る術を見つけなければならないと思った。どんな手を使ってもエルフの血を存続させたいと。だが、何の不幸か、ある日を境に我々一族の間で男児が生まれなくなってしまったのだ』
 力なくうなだれるルインを見て、マーナリアは心配そうな眼差しを向ける。
 一族の消失。生まれない男児。そうなればエルフ族が途絶えるのも時間の問題だと頷けた。
 長として君臨していたルインの事を思うと居た堪れない。
「なぜ、男児が生まれなくなったのですか?」
 そう訊ねてみるも、ルインはゆるゆると首を横に振るだけだった。
『分からぬ。これは憶測だが、おそらく血が濃すぎたのだろう。他のエルフ族との交わりが出来なくなり、同じ種族感での交わりが続いていたからな。どんなに女達が子供を産んでも、一向に男児が生まれなかった。やがてワシらの一族は女ばかりが増え、男は数を減らし、子孫を遺す事は難しくなってしまったのだ』
 このままでは本当にエルフと言う存在自体がこの世からいなくなってしまう。
 長として自分に何か出来る事はないのかと、毎日焦燥感に狩られていたルインは、ある日一大決心をしたのだ。
『もはや手段を選んではおれぬと判断したワシは、人間との交わりに望みを託した。同じ種族間での交わりには、もはや打つ手はないと思ったのだ。姿かたちを変えたとしても、ワシらの生きた証としてこの血が細く長く息づいてくれればそれでいいと望んだ。だからワシは自ら里を離れ、人の姿にこの身を変えて人の世界に紛れ込んだのだ』
 真剣な眼差しのルインに、マーナリアはただ静かに頷いた。

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