Reverse cross

陰東 一華菱

第六十七話:告げる必要のない真実

『……その後、フローラはワシのところへは来なくなった。後の事は風の噂で、彼女は無事子を授かり、望んでいた男児を産むことが出来たのだと言う事を知ったのだ』
 ルインは寂しげに呟くと、静かに話を聞いていたマーナリアは膝の上に置いていた手をぎゅっと握り締めた。
「……会いに行こうとは思わなかったのですか?」
『あぁ、行かなかった。いや……、正確には行けなかったのだ。フローラがあいつを産んだすぐ後に、ワシはこの世を去ったからな』
 力なく微笑む彼女を見て、ドクリとマーナリアの胸が鳴った。
 彼女の事を思うと、最後の望みを託した子を人に授け、その子を見る事もなくこの世を去ってしまった。こんなにも切なく、悲しい事があるだろうか。
 ぎゅっと胸が締め付けられて仕方がない……。
 マーナリアの瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。そんな彼女を見やり、ルインは驚いたような顔を浮かべるも、ふっと微笑む。
『そなたはどこまでも優しい心を持った人間なのだな。ワシの為にまでも、泣いてくれるか』
「……っ」
 あふれ出る涙が止められず、言葉も出てこない。
 マーナリアは何度も涙を拭いながら顔を俯けた。
『だが、案ずるな。ワシは体を失った事であいつを見守る事が出来た。心配せずとも、ちゃんとあいつに会いに行く事も出来たのだよ』
 慰めるようにそっと頭に触れてくるルインの手の感触は分からない。それでも彼女の優しさはマーナリアにもしっかり伝わってきた。
 こぼれる涙を拭いもう一度顔を上げると、ルインは静かに口を開く。
『産まれたばかりのあいつは本当に可愛らしかった。フローラに授ける前にかけたまじないもきちんとかかっていて、人としての姿をしていた事に僅かばかり寂しくもあったが、それでも、これでエルフの血は密かに受け継いでいけると安心もしていた。だが年を重ねるにつれ、まじないの効果が切れ始めてエルフそのものの姿になり始めた時になって、ワシは思い出したのだ。ワシらエルフのまじないは、かけた者が生き続ける限り効果がある。ワシは、あいつが産まれてすぐに死んでしまった。だから徐々に効果が切れ始め、結果的にあいつには辛い思いをさせる事になってしまった……』
 ルインは酷くそれを悔やんでいるようだった。
 辛そうに俯けた顔は、苦悶に歪んでいる。
 大切にしていた者たちがどんどん自分の思い描いた幸せから掛け離れていくのを見て、当時のルインは酷く後悔していた。
『……ワシがしてしまった事で、フローラもあいつも、どちらも不幸になった。長年一族の長として生きてきた者としてあるまじき事。あの時のワシは浅はかだったのだよ……』
「ルイン……」
『あいつを見捨てたフローラも、国を追われたあいつも、ワシにはどうすることもできなかった。出来る事はただ、こうして見守る事だけ。だからワシは、まだ子供だったあいつの傍に寄り添う事にしたのだ』
 国を追われた。その言葉を聞いた瞬間、マーナリアは目を閉じて頭を下げた。
「ごめんなさい。私に力がなかったばかりにあんな事になってしまって……」
『そなたが謝る必要はない。ワシは、周りに味方のいなかったあいつを理解しようとしてくれたそなたに、感謝しておるのだ』
「でも……!」
 ずっと心の奥で後悔を抱き続けていたマーナリアが言葉を続けようとすると、ルインは静かに首を横に振りその言葉を制する。
 マーナリアはそれ以上何も言えなくなり、ぐっと口を噤んだ。
『思念体となったワシは狼に姿を変え、あいつの後を追った。ワシに出来るせめてもの償いは傍で見守る事しか出来なかったからな。ワシの姿は死を強く意識した者と、そなたのような稀なる力を持った者にしか見えぬのだが、その中であの娘が現れたのだ』
「……アレアですね」
『あぁ。あの娘の生き様も壮絶だった。体が弱く全盲の中で、肉親からの精神的、肉体的虐待は日常茶飯事。性的虐待も当たり前のように受けていた。天涯孤独と言う点、生き様はどこかあいつにも似ているところがあった。だからワシはあいつと引き合わせてみたのだ。同じような境遇で生きた者同士、分かり合えるのではと思ってな。そして、それはワシの思惑通りになった。共に生きる内に、あの娘はあいつを心から慕い、あいつも娘を慕い、互いになくてはならない存在にまでなった』
 互いに互いを必要とし求め合う二人の姿を見ていると、ルインは心から安心感を覚えたという。
 しかし、アレアが亡くなるあの事件以降のリガルナの様子は見ていられなかった。
 唯一の心の支えをようやく見つけたと思ったのに、目の前でその命を手折られた衝撃はとても耐えられるものではなかっただろう。
 ルインがどんな言葉をかけようとも、彼の耳には届かない。それは言わずとも分かった事だった。だから、マーナリアの元へ助けを求めに来たのだという。
『今のあいつには誰の言葉も届かない。唯一届くとすれば、あの娘の言葉以外はな。あの娘もあいつに言い残した事があり、その体に精神は留まり続けているのをそなたも分かったであろう? その言葉を言霊として伝える事が出来るのは、そなたしかおらぬ』
 マーナリアはきゅっと口を引き結ぶと、こくりと頷いた。
 実の母であるルインの想いと、アレアの想い。二人の想いはよく分かった。そして何より、リガルナは本当の意味で孤独などではなかったという事も。
「……あの。一つ聞いても構いませんか?」
『何だ?』
「あなたの事は、リガルナには……」
 その言葉に、ルインはゆっくりと首を横に振り微笑んだ。
『あいつが本当は何者で、ワシが実の母親であると言う事は、言う必要はない。第一、本当のことを教えてしまえば、あいつは本当の意味で狂うであろう。今も尚、自分を人だと信じておるのだからな。だから、このままこの事は言わずにいて欲しい』
 そう告げたルインは、酷く寂しそうな目をしていた。

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