Reverse cross

陰東 一華菱

第六十八章:困惑



――そなたがあやつを……リガルナをどう裁こうとも、ワシは口出しはしない。


 ルインと別れ、部屋に戻ってきたマーナリアの頭にその言葉が残る。
 そっとドアを閉めると、そのドアに額を押し当てて瞳を閉じ、深いため息を吐いた。
 これまで見えていなかった部分が見えた。全ては誤解と相手を想うが故の損失と言える。
「私に出来る事は、アレアの言葉をリガルナに口寄せするだけしか出来ないのかしら……」
 小さく呟いた言葉に、ハッとなって目を開き顔を上げた。
 口寄せするだけじゃない。まだ自分にはやらなければならないこと、出来る事はある。
 マーナリアはくるりと踵を返すと、今一番大事なことを伝えるべき相手であるセトンヌの元へ向かった。
 寝室の扉を開くと、休んでいたはずの彼は半身だけを起こし、じっと自分の手を見詰めていた。
「セトンヌ……?」
「マリア……」
 神妙な顔つきのセトンヌに不思議そうに声をかけると、セトンヌはゆっくりとこちらを見詰めてくる。その表情は何か複雑な事を考えているかのような、そんな表情だった。
「夢を見たんです……。とても暖かくて、とても悲しい夢だった」
「夢?」
 マーナリアはセトンヌの傍に歩み寄り、椅子に腰を下ろす。
 セトンヌは再び視線を自分の手元に落とし、ゆっくりと何度も握ったり開いたりを繰り返しながらぽつぽつと語りだす。
「夢に少女がいたんです。深い緑色の髪で、暖かなオレンジ色の眼差しをした少女でした」
「……!」
 その特徴に、マーナリアは驚いたように目を見開く。
 深い緑色の髪にオレンジの瞳……それはアレアの事だと、マーナリアはすぐに感づいた。
 夢枕に立ったアレアが、セトンヌに対して何かを訴えようとしていたのだろう。
「……その、少女は何か伝えようとしていましたか?」
 探るようにそう聞き返すと、セトンヌは眉根を寄せどちらともつかぬ頷きを返す。
「少女は何も話そうとせず、微笑んでいるばかりで……。ただ、どうしてか心がとても温かくなりました。リガルナに対する感情も、絆されていくようで……」
「そう、ですか……」
 セトンヌは、見詰めていた手をぎゅっと握り締めると、瞳を閉じて大きなため息を一つ吐く。
 思い悩んでいるかのような様子にマーナリアが顔を覗き込むと、閉じていた瞳を開き突然マーナリアの肩を掴んできた。
 あまりの事に驚き、思わず身を引いてしまったマーナリアだったが、セトンヌの手はガッチリと掴んだまま離れない。
「……私は長年、奴への恨みだけで生きてきた。奴が生きているなら私が奴の命を奪うまで、地の果てまでも追い詰めて、この手で仕留める。そう思ってここまで来ました。しかし、今夢から目覚めた時、ある疑問が浮かんできて頭から離れないんです。私は何か見落としているんじゃないかと……」
 セトンヌの、言う疑問。
 その言葉に、マーナリアは先ほど自分が伝えようと思った言葉を口にした。
「セトンヌ。私の話を、聞いてくれますか?」
 これまでの彼なら、こちらの話など一切聞く耳を持つ事無く突っぱねてきた事だろう。だが、先ほど見たアレアの夢がきっかけで、多少なりとも聞く耳を持ってくれたのか、静かに頷き返した。
 マーナリアは彼を出来る限り刺激しないよう、静かに目を見て話し始める。
 リガルナの12年前の罪状は全て潔白であった事。
 12年前の真犯人は、セトンヌが倒れている間に捕まり現在牢屋に捕らえている事。
 その真犯人が運悪く居合わせたリガルナを利用したこと。そして、その証拠を証言していること。
 そして何より、セトンヌの命の危機を最終的に救ったのは、先ほど夢で見たと言うアレアであること。
 アレアとリガルナは互いに心を通わせていた仲だったこと……。
 それらの話を聞いたセトンヌは、驚いたように目を見開いた。
「……」
「セトンヌ?」
 黙り込んでしまったセトンヌを心配し、マーナリアが顔を覗き込む。するとセトンヌは眉間に深い皺を刻み、睨みつけるような眼差しを向けてくる。
「……嘘だ」
「セトンヌ……」
「そんな話、信じるわけがないでしょう……。そんな、都合のいい話……」
 これまでリガルナへの恨みだけで生きてきた。だから突然違うと言われてすぐに納得できるはずもない。自分を納得させる事が出来ず、どうしてよいのか分からないままに動揺しているのがあからさまに分かった。
「セトンヌ、落ち着いてください。体に障ります」
「落ち着けるはずがないでしょう! それが本当だったとして、あいつへの憎しみだけを抱えてきたこれまでの私は一体なんだと言うんです!?」
「……あなたの気持ちは分かります。でも、これは事実で……」
 そう言った瞬間、セトンヌは覗き込むマーナリアの体を押しのけた。そして、まだ痛みの残る体を無理やりに動かしてベッドから降りると、入り口に向かって歩き出した。
「ど、どこへ行くんですか?」
「……決まってるでしょう。奴のところへですよ……」
 寝室の入り口へいくだけでも、呼吸が上がってしまうセトンヌを気に掛けてマーナリアが支えようと手を差し伸べると、彼はその手を取る事もなくドアノブを握り締めた。そして、逆手には壁に立てかけてあった自身の長剣を握り締める。
「私は……絶対に認めない……絶対にだ……」
 セトンヌはうわ言のように呟きながら、長剣を杖代わりによろよろと部屋を出て行った。
 マーナリアもまた、そんな彼の後を追いかけ、部屋を後にする。
  

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