Reverse cross

陰東 一華菱

第七十話:伝えたい事

「……殺るなら、ちゃんと殺れよ」
 静かにそう呟いたリガルナの声が響き渡る。
 セトンヌの突き立てた剣は、リガルナの右首をすり抜け深々と壁に突き刺さっていた。
 剣を突きつけられた事でリガルナの長い髪が半分、音もなく地面の上に落ちその首には一筋の赤い線が走り抜け薄く血が伝い落ちた。
 マーナリアは口元に両手を宛てがい、驚愕した状態のままその場に凍りついている。
 剣の柄を握りしめたまま、項垂れていたセトンヌは肩で荒い息を吐きながら言葉もなくその場に立ち尽くしていた。
 ほどなくして壁から剣を引き抜くとその場に放り捨て、セトンヌはリガルナに一瞥もくれず背を向けた。そしてやや顔を傾けると力なく呟く。
「……お前の処分は、もう既に決まっている」
「……」
 セトンヌのどうしようもない葛藤がその背中から見て取れた。
 ふらふらとよろめきながら牢屋を出たセトンヌは、無理強いした体でもと来た道を戻りだす。
「セ、セトンヌ様!」
 兵士が慌てて追いかけ、セトンヌに肩を貸す。
 その時ふと、セトンヌは別の牢屋に閉じ込められたグレンデルの姿を見つけそちらに目を向けた。
 過去の事件の真犯人であるグレンデルは、鉄格子に持たれかかったまま暗闇を見詰めて、ブツブツとうわ言を呟いている。
「……お前が、グレンデル……」
 呟くように言うと、それまで虚ろな目をしたグレンデルがゆっくりとこちらを振り返り、その目にセトンヌの姿を捉えるや、落ち窪んでいた目を大きく見開いた。
「……あ、あぁ……。ニーナ……ニーナだ……」
「!」
「……ニーナ、悪い事をした……。でも、本当に愛してたんだ、愛してたんだよ……」
 骨と皮になった、異形ともとれるグレンデルの姿と、取り憑かれたように『ニーナ』の名を呟くグレンデルを見て、セトンヌは苛立ちとも動揺とも取れる表情を浮かべて顔を背けた。
 兵士はそんなセトンヌを支えながら、その場を足早に立ち去っていく。


 マーナリアはそんなセトンヌの背中を黙って見送った。
 本当は後を追いかけて行きたかったが、リガルナに話をしなければならない。
 彼の姿が見えなくなってからようやくリガルナを振り返った瞬間、マーナリアは表情を強張らせた。
「リ、リガルナ……」
「……」
 リガルナがこちらに投げかける眼差しは、憎悪の塊でしかない。その酷く凶暴な眼差しに背筋に寒ささえ覚える。
「は、話を、したいの……。構わないかしら……」
「俺はない」
 ぴしゃりと言ってのけたリガルナに、マーナリアはぐっと手を握り締め、負けじと食い下がった。
「あなたになくても、私にはあるの」
「……聞きたくもない」
 リガルナはふいっと視線をそらし、苛立ったようにため息を吐く。
 それもそうだ。彼にとって自分は裏切り者でしかない。彼を欺き、陥れた張本人なのだ。そんな人間からの話など聞きたくもないと思うのは当然だろう。
 しかしマーナリアはきゅっと唇を噛み、静かに口を開く。
「何も言わなくてもいい。私の言葉はもう、あなたに届かない事は分かっているもの……」
「……」
「でも、あなたにどうしても言わなければいけない事が私にはある。だから、聞いて?」
 震える手をぎゅっと握り締め、マーナリアは牢屋の中に足を踏み入れる。
 ゆっくりと一歩一歩リガルナに近づき、彼の前に立つと勇気を振り絞って真っ直ぐに彼の目を見詰めた。
「リガルナ。あなたがこれまでしてきた事は決して許されるべきことではありません。でも、私たちがあなたにした事も、同じように許されることではありません。だから、許して欲しいなんて言えない」
「……」
 リガルナは、話始めるマーナリアの顔を見る事もなく、聞いているのかどうかも分からない態度を崩さなかった。だが、マーナリアはそのまま話を続ける。
「私の言葉はいいの……。でも、アレアが遺した言葉は、聞きたいでしょう?」
 アレアの名が挙がった瞬間、リガルナは驚いたような眼差しでマーナリアを振り返った。
 そんな彼の眼差しを真っ直ぐに見詰め返すマーナリアの眼差しも真剣そのものだ。
「なぜ、お前がアレアの事を知ってる?」
「……彼女から、助けを求められました。だから、彼女の遺体を通してその体に残された言葉を、私があなたに口寄せするわ」
 ガシャンと大きな音を立て、繋がれた腕を動かす。
 突然感情を露わにしたリガルナに、マーナリアはびくっと体を震わせて無意識にも一歩後ろに退く。
「アレアに何をした!」
「な、何もしてないわ。ただ、彼女の遺体を少しだけ借り、て……っ!」
 そう言うが早いか、小さく何かが弾けるような音が耳に飛び込んできた。
 マーナリアが驚いてそちらに目を向けると同時に、リガルナを繋いでいた手枷が派手な音を立てて外れ、瞬時にマーナリアの喉元に手が伸びる。
 驚いて身を引こうとしたマーナリアだったが、それよりも早くリガルナが腕を掴まれ上に圧し掛かり、彼女を地面の上に押し倒す。
 湿った地面の上に叩きつけるようにして押し倒され、容赦なく首を絞めてくるリガルナにマーナリアは苦しげに眉を寄せた。
「……お前に何が分かる。俺の事も、あいつの事も、お前に分かるはずがない!」
「あ……っ、く……っ」
 ギリギリと絞め上げられ、マーナリアは息が出来ずにもがいた。
 このままでは口寄せなど出来るはずがない。でも、この状況を打破する事もできない……。
 遠退きかける意識の中でリガルナを見上げると、彼は目を見開き本気の殺意を向けている。
 彼をこんな風に変えてしまった自分たちの落ち度に、とてつもない後悔を覚えた。
 昔の彼は、こんな殺気に満ちた瞳はしていなかった……。
「……っ」
 もう駄目だ。
 マーナリアが涙を零し、そう感じた瞬間リガルナの手が緩む。
「……ア、レア……」
 先ほどまでの憎悪に満ちた眼差しから、驚愕したような目でこちらを見詰めてくる。
 マーナリアが霞む意識の中で見たのは、自分の体からすり抜けるように出た淡い光りだった。

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