Reverse cross

陰東 一華菱

第七十二話:最後の審判

「赤き魔物の公開死刑は、すぐにでも執り行なうべきです」
「そもそも、こんな審議する必要などあるのですか? もう奴の死刑は確定して、皆が奴の死を望んでいる。例え後ろに伸びたとしても、奴は遅かれ早かれ死ぬ運命にある」
 数日後。
 多くの審判員を前に、リガルナに対する公開処刑日の審議が執り行なわれていた。
 しかし、この場にいる多くの裁判官のほとんどが、明日にでも処刑を行うべきだと口を揃えて言っている中で少数の人間が反論意見を述べていた。
「しかし、この事の発端を引き起こした原因は我々にあるのではないでしょうか。彼をあの姿に変えさせた原因を作った男はすでに処刑されておりますし…」
「ではそなたはトルタン大陸に住んでいた多くの市民たちの死を見て見ぬふりをせよと申すのか」
 審議会場は怒号のような声が四方から上がっている。
 半数以上がリガルナの処刑日をすぐにでもと言っている以上、その意見がまかり通るのが当然ではある。だが、反論意見もただでは引かない為、事は堂々巡りとなっていた。
 一向に話が進まない中で、頭に包帯を巻いたマーナリアがおもむろに口を開いた。
「……みなさん。静粛に」
 マーナリアの一声に、それまで飛び交っていた意見がピタリと止むと一気に会場内は静まり返った。そしてその場にいた全員がマーナリアに視線を向ける。
「彼の死刑は決まっています。これはもはや覆ることはないでしょう。この場での審議、そして全国民の望みどおり、刑は明日執行致します」
 マーナリアの決定的なその発言に、反論していた意見の者は黙りこみ賛成派は一様に深く頷き満足そうにしていた。
 マーナリアは隣に立っているセトンヌをちらりと覗きみると、セトンヌはいつものような毅然とした態度ではなく視線は下を向き、いつもの覇気が感じられない。
 彼はあれから随分と思い悩んでいた。自分がしてきたことは一体なんだったのか。目的を見失い路頭に迷う子供のように、あれからずっと頭を抱えているばかりだ。
「この審議はこれで終了とします。明日は夕刻、日の入り前に処刑場へ参列してください」
 その一言に、その場にいた全員が退席して行く。徐々に人が捌け誰もその場にいなくなった頃、その場に留まり続けていたセトンヌが口を開いた。
「マリア……」
 名を呼ばれたマーナリアがそちらを振り返ると、セトンヌはマーナリアに視線を送ることなく審議会場の一点をじっと見つめている。
「あなたはこの判決に、唯一反対していたのではないですか……?」
 その言葉に、マーナリアは一度視線を下げ再びセトンヌを見つめると浅く頷いた。
「えぇ。そうです。今も、その気持は変わっていません」
 そう答えたマーナリアの言葉に矛盾があり、セトンヌはようやく彼女を見つめ返した。
 その表情はどこか苛立にも困惑にも似た表情を浮かべている。
「では、なぜ執行するなどと……」
「その執行に、私は賭けているからです」
「賭け……?」
「……ねぇ、セトンヌ。あなたは今、どんな気持ちでいますか?」
「……私は」
 椅子に腰掛けていたマーナリアはゆっくりと立ち上がると、セトンヌと同じように会場をぐるりと見回した。そしてややあってから口を開く。
「彼が、あなたの家族を奪ったのではないと言うこの事実を、どう思っているの?」
「……分かりません」
「……」
 苦渋のように漏らした言葉が、会場内に響き渡った。
 セトンヌは自分の掌を見つめ、その手を睨みつけるように見つめる。
「ずっと、奴を討ち取る事だけを胸に今まで生きてきました。今更、違うのだと言われてもその真実を受け入れる心の準備など欠片もない……。私には、奴を恨み続ける事しか出来ない」
「……セトンヌ」
 マーナリアの表情がにわかに険しくなる中、セトンヌは見つめていた手をきつく握りしめる。
「ですが……、それでも、私の中に戸惑いが生じているのは間違いありません。あなたがこれまで言って来たように、彼を追いやったのは他でもない、我々だったのだと言う事も……」
 静かに話すその言葉に、マーナリアは視線を手元に落とし、小さく頷く。そしてもう一度セトンヌを振り返ると、彼は辛そうに顔をしかめ瞳を閉じた。
「私は今どうすれば良いのか分かりません。生きてきた目標を失い、ただ戸惑うばかりで……」
「……それでいいのです」
 辛く、苦々しい言葉を漏らした彼を認めるように、マーナリアはそう答える。その言葉に驚いたセトンヌが目を見開いて見つめ返してくると、マーナリアは真っ直ぐに彼を見上げたまま言葉を続けた。
「迷いなさい。迷って、迷って……その先に出た結果は、きっとあなたに新たな道を作ってくれるはずです。それがどのような結果でも……」
「……マリア」
 マーナリアは小さく微笑むと、きつく握り締められているセトンヌの手をそっと握り返した。
「私が今のあなたにアドバイス出来ることとすれば、それは……許してあげることです」
「許す……?」
 思いがけないその言葉に、ぴくりとセトンヌの表情が動いた。
 マーナリアは静かに微笑んだままそんなセトンヌを見上げている。
 真っ直ぐに、迷いないその眼差しは困惑し戸惑っているセトンヌに注がれていた。
「彼を許してあげることが、きっとあなたにも良い結果を生むはずです」
「……しかし」
「……そうね。すぐには難しいことでしょう。でも、どんなに時間がかかっても構わない。何年かかっても何十年かかってもいい。彼を許すことが出来たとき、あなたは救われるはずだわ」
「……」
「多くの罪を重ねた彼を、どう許せばよいのか分からないでしょう。でも、彼のありのままを見つめ、受け入れられる事が出来ればおのずと許せるはずです」
 マーナリアの言葉は、セトンヌの胸に素直に落ちた。
 それ以上の言葉が出てこず、押し黙ってしまったセトンヌに対し、マーナリアはその場に立ち上がるとそっとセトンヌを抱きしめた。
「……セトンヌ。ごめんなさい。私は、重罪を重ねた彼を許し、私の持つ力の全てを明日使い果たすつもりです。いずれは生まれるであろうわが子に受け継がれるはずの力、その力の全てを私は明日彼の為に使うわ」
「……」
「これが、私が彼に出来る唯一の罪滅し。これまで追い詰めてきた彼への償いです。何の力も持たない私が、この国に存続できるかどうか分かりません。あなたは、それでも構わないでしょうか。そんな私でも……」
 セトンヌはそんなマーナリアをしっかりと抱き寄せた。
 女王としての、巫女としての力など最初から目的としていなかった。彼女さえいれば他に何もいらないのだと。
「もちろんです。マリア。私にはあなた以外何もいらない」
「……ありがとう」
 力強く抱きしめ返してくれるセトンヌの胸に顔をうずめ、マーナリアは瞳を閉じた。

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