Reverse cross

陰東 一華菱

第七十五話:マーナリアの真意

 雨が降っていた。
 朝から暗く、重たい雲が空を覆い隠しシトシトと音のない静かな雨を降らせている。
 窓辺に置かれていた椅子に腰を下ろしたまま外を眺めていたマーナリアは、無心に空を眺めていた。
 宮殿内も、そして城下も、皆俄な安堵の色を見せひた隠しに隠そうとしていても隠しきれ無い喜びの色を滲ませている。
 そんな彼らとは裏腹に、この雨のようにマーナリアの心は沈んでいる。そしてそれはセトンヌも同じだった。
 きちんとした軍服を着こみ、やはりどこか浮かない表情をしているセトンヌを背にしたまま、マーナリアはおもむろに口を開く。
「……いよいよですね」
 いよいよ。そう、確かにそうだ。そしてセトンヌが長い間心待ちにしていた瞬間でもあった。……少し前までは。
 それまで黙り込んでいたセトンヌが、マーナリアの真意を知りたくてぎゅっと拳を握り、その沈黙を破った。
「マリア。一つ教えて下さい。昨日あなたが賭けていると言っていた、あれは……」
 そう問われ、窓の外を見ていたマーナリアはゆっくりと彼を振り返った。
 セトンヌは少しばかり強張ったような面持ちのままで、表情の読めないような彼女の眼差しを見つめ返す。
 マーナリアはそんな彼の心を読もうとしているかのように、じっとその眼を見つめていたがやがて瞼を閉じた。
「……そうね。リガルナに対する復讐心の緩んだ今のあなたには、言ってもいいかもしれません」
 しばらくしてから、マーナリアは静かにそう答えると椅子から立ち上がった。そして部屋のドアの側に置かれていたランプを手に取り、セトンヌを振り返る。
「付いてきてください」
「……?」
 セトンヌは困惑した顔を浮かべるも、言われるままにマーナリアの後をついて歩いた。
 周りに悟られないよう注意を払いながら地下へと続く階段を降りていくマーナリアに、セトンヌは疑問を隠しきれ無い。
 地下は明り取り窓もない暗く冷たい場所。
 マーナリアは迷うことなく通路の奥へと進んでいく。そして、ある部屋の前まで来た時、足を止めセトンヌを振り返った。
「まだ、この事は誰にも口外しないで下さい」
 マーナリアにそう口止めをされ、セトンヌが頷くとマーナリアはゆっくりとノブを捻ってドアを開いた。
 中に入ると、マーナリアの手にしたランプの明かりに浮かび上がる、細やかな装飾の施されたガラス製の棺に大切に入れられているアレアの姿があった。その姿に、セトンヌは思わず目を見張る。
「……彼女は」
 愕然としたまま入り口に立ち尽くしているセトンヌに対し、マーナリアは静かに口を開いた。
「あなたはもう知っているでしょう? 彼女の事を」
「……彼女は、私の夢に出てきた……」
 驚きを隠し切れず、セトンヌは2、3歩ゆっくりと足を踏み出し、眠るアレアの側に近づく。
 固く閉ざされた瞼。まるで眠っているかのように綺麗な姿のままで眠りについているアレアの姿に、セトンヌは言葉を失う。
「彼女はリガルナの良き理解者であり、彼と心を通わせていた唯一の女性です。ある日彼女は私に助けを求めてきました。だから私が兵士に頼んでここに連れてきてもらったの」
 セトンヌの後ろから歩み寄ってきたマーナリアはわずかに表情を曇らせて、アレアを見下ろした。
「彼女からのメッセージを受け取って、すぐに彼女は元の場所へ帰すよう兵士に指示を出しましたが、リガルナの一件で港は閉ざされてしまって、帰す事が出来ず今もここに安置しているのです」
「……」
 黙り込んだセトンヌに、マーナリアは部屋の隅に立てかけてあった剣の鞘を取りそれを差し出した。
 セトンヌは血で黒ずんだその鞘を見下ろし、もう一度マーナリアを見つめる。
「これは……」
「これは、かつてレグリアナ軍にいたサルダン・ボッシュメントの鞘です。サルダンは、彼女と接触していました。そして彼はリガルナの目の前で彼女を殺してしまった……」
「……っ」
 その言葉に、セトンヌは目を見開き顔をこわばらせた。
「彼の常日頃からの横行は、グルータスもお母様も目に余っていた。あなたもそう感じていたでしょう。だからお母様はできるだけ遠い場所へ彼を遠征に出し、彼の部下についた兵士に彼を暗殺するよう指示を出していました。彼が彼女と出会ったのはその最中だったんです。彼の罪なき人間に対しての暴行、殺人……。軍人とは常に弱者に寄り添い、守る立場になければならないはずです。でも、彼は彼女を手にかけた」
「なぜ……」
 眉間に深い皺を刻んだまま、ようやく口からついて出た言葉は疑問でしかなかった。しかし、マーナリアは首をゆるゆると横に振る。
「戻ってきた兵士の話では、大雨の降る中で死山に放置してきたと言います。暗殺ではなく、手緩い方法で彼を捨て置いた事が、彼女にも我々にも、そしてリガルナにとっても運の尽きだったと言えます」
 セトンヌは握りしめていた拳を更にきつく握りこむ。
 マーナリアはそんなセトンヌの手にそっと触れ、泣き出しそうな目で彼を見上げた。
「でもね、彼女は自分を死に追いやったサルダンの事を、恨んでいないと言うの」
「え……」
「本当の意味で、彼女は慈愛に満ち溢れた人だったと言えます。相手の犯した罪を赦し、受け入れる。そんな大きな心を持った人は、そういないわ」
 マーナリアはセトンヌから視線を外し、眠るアレアへと向けた。
 触れれば冷たい氷の棺。その棺に手を添えて、マーナリアは物憂げに口を開く。
「リガルナがしてきた事とサルダンのした事に大差はないでしょう。サルダンの犯した罪は我々レグリアナが背負うべき罪でもあります」
 マーナリアはやや寂しげにそう呟くと、セトンヌはもう一度アレアを見つめる。
 リガルナが彼女をどれだけ大切にしていたか、自分たちが彼に対して更に負わせた傷が事の発端を生んだのだと言う事を理解したセトンヌは、わずかに視線を下げながらつぶやく。
「あなたの言う賭けとは、彼女ですか……?」
 マーナリアはその呟きに、深く頷き返した。

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