Reverse cross

陰東 一華菱

第七十七話:運命の日

 曇り空は変わらず、ただ雨は止んでいた。
 何千人と入ることの出来る円形状の巨大な処刑場には、リガルナの死を望む者たちが彼の死に様を一目見ようと押しかけている。
 会場内に入れなかった者は会場外に群がり、その時を祈るようにして待っていた。
 薄暗い天候に、屋外に設置された処刑場は暗い影を落としている。
 半円を描くように席の設けられた会場には空席などなく多くの市民たちが詰めかけている。その席の対称にはマーナリアや裁判官が座る席が設けられ、その周りには多くの兵士や魔術師たちが列に並んで物々しい雰囲気をかもしだしている。
 マーナリアが席に着くと、その会場内は賑わっている。
「いよいよあの赤き魔物もお終いか」
「この瞬間が見れるなんて嬉しいよ。奴が死んだ瞬間から世界は平和になるんだから」
「これでやっと安心して暮らすことが出来ると思うと、気持ちが晴れるね」
 この瞬間を待っていた人々の思い思いの言葉があちらこちらで飛び交っている。
 その言葉を耳にしたマーナリアは胸を痛め、視線を下げてしまった。
「マリア……」
 隣に立っていたセトンヌがそう声をかけると、マーナリアはすぐに顔を上げ小さく笑みを返す。
「大丈夫です。これが皆の普通の反応ですから」
 分かっていても、あまりにも多いその反応に正直、マーナリアは悔しさに泣きそうになってしまう。
 相手を良く知ろうともせず、噂だけに流されそれを信じて疑わない人々。だが、それが真っ当な反応であることは確かなことだった。悪い噂や話ほどよく広まり、浸透していくものだ。
 マーナリアはきつく膝の上に置かれていた手を握り締め、人々のその思いを変えられる事を強く望んだ。
 すぐでなくてもいい。少しずつでも構わないから、どうか、彼を受け入れてくれますように……。そう祈る思いでその場に座っていた。
 明るいような、重いような、複雑な空気の立ち込める中でリガルナの刑の執行が始められようとしていた。
 会場席の設けられている中央部分は大きく開け、中央には正方形の石台が一つあるばかり。その石台の上はどんなに洗っても取れない黒ずんだシミが無数にも残っており、それは過去にこの場で公開処刑された人間たちの血の跡だった。
 太く、大きな鉄格子がガラガラと鈍い音を立てて開くと、その暗がりから兵士によって後ろ手に結ばれたリガルナの姿が現れる。
 その姿が公の場にさらけ出されると同時に、周りの観衆たちはリガルナに向かって一斉に罵声を浴びせかけた。
「人殺し!」
「悪魔!」
「魔物なんざさっさとくたばれっ!」
 飛び交う容赦のない言葉の数々に、リガルナは反応を示さなかった。いや、実際にはその閉じられた唇の奥でギリギリと歯を食いしばっていた。
「おら、さっさと歩け!」
 一瞬歩調の緩んだリガルナに対し、彼を連れて出てきた兵士が乱暴に体をどつくと、フラフラっと数歩前に踏み出した。
「……」
 マーナリアはそんな彼の姿を見ていられず、瞬間的に目をそらしてしまう。だが、ここで目を背けてはいつかと同じこと。
 唇をかみしめ、もう一度顔を上げて彼の姿をじっと見つめる。
 そんな彼女の様子を見つめていたセトンヌは、やるせない眼差しを一度伏せ浅いため息を一つ吐く。
「マリア。私はこれで……」
「えぇ。頼みましたよ」
 執行人としての任を果たすべく、セトンヌは浮かない表情のままその場から立ち去った。そんな彼と入れ違いに現れたのはルインだった。
 真っ直ぐに前を向いて座るマーナリアの傍らまで歩いてくると、ルインはその場に座る。
『巫女殿……。今回の事、感謝する』
 ルインも真っ直ぐに前を向いたままそう言うと、マーナリアもまた振り返る事もなく口を開いた。
「いいえ。でも、この私の賭けが上手くいかなかった時の事を考えると、少し怖いです」
『そうだな。そなたの賭けが失敗すれば、そなた自身も全てを失い兼ねないのだからな』
 ふんと鼻を鳴らし、そしてルインはちらりとマーナリアを見上げる。
『だが巫女殿。心配は要らぬ。そなたの賭けは成功だ』
「え……?」
 驚いたように見下ろすマーナリアに、ルインは目を細めてまた鼻で笑った。
『ワシは少し先の未来を読む事ができる。そなたの行動一つでいかようにも変わる未来ではあるが、今のままならば間違いなく、成功だ。安心するといい』
 鼻先を持ち上げて得意げに口の橋を引き上げ笑うルインの毛並みが、ふわりと風に揺れた。
『自信を持て。巫女殿。不安になる瞬間もあるだろうが、今から進む道に間違いはなく、今度こそそなたの思い通りに開けていく。もう過去のような過ちは繰り返さないと、ワシが約束しよう』
「ルイン……」
 ルインは椅子に座っているマーナリアの手に鼻先を擦り付ける。
『……巫女殿。本当にありがとう。またどこかで逢えることを願っているよ』
「……はい」
 柔らかな体を摺り寄せ、ルインもまたその場を立ち去っていく。
 これで彼女に会うこともないだろう。彼女もまた、本当の意味で未練を断ち切ることが出来るのだ。
 マーナリアはすっと息を吸い込むと真っ直ぐに前を向く。
 ルインの遺した助言を信じ、これから自分が成そうと思っている事へ自信を持って臨もうと、気を引き締めた。

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